平林岳の名言 一覧

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平林岳のプロフィール

平林岳、ひらばやし・たけし。日本人初の米国プロ野球審判員。兵庫県出身。國學院大學卒業後、日本プロ野球審判員試験を受験するも、視力不足で不合格になる。渡米し、ジム・エバンス審判学校で学び、日本人初の米国プロ野球審判員になる。その後、日米で審判員を務めた。

守りに入ったら進歩しない。それは審判の技術も同じ。


夢を持っているなら、何とか方法を見つけてチャレンジしてほしい。投げ捨ててしまったら終わってしまう夢も、本当に無理だったのかどうかは、とにかくやってみなければ分からない。


メジャーの選手たちは競争が激しい世界にいるのに、楽しんでいますよね。だから良いパフォーマンスが出せるんだな、と思いました。楽しんで野球をやっている人たちが競っているから、見ている人たちも楽しい。


うちの家族は、私がメジャーの審判になることはもちろんですが、ハワイに住まいを持つという夢も共有しています。メジャーの審判をしながら、オフは日本とハワイを往復する。そんな生活を目標として、家族全員で頑張っています。


1度目は途中で諦めて帰ったわけですが、それは一人だったからではないかと思うんです。自分だけのことだったから、何でもできたわけですし、逃げ出すこともできた。でも今は、家族という一番大切な存在を日本に残しているから、励みにもなるし、ここで強く踏ん張らなくてはいけないとも思う。家族がいるからこそ、挑戦できているんです。


球場のファンに「今日のベースボールは楽しかった」と思ってもらえるような、コンダクター(指揮者)の役割を担うこと。それが理想の審判。


今振り返ると、僕が何より評価されたのは、やる気だったと思います。要は、審判にどれだけ情熱を持って取り組んでいるかという部分。確かに英語は不得意で、僕自身もそこがネックだと考えていたんですけど、メジャーの審判になるまで通常10年はかかるわけで、学校側は、やる気さえあれば、その間に英語は上達していくだろうと見ていたようです。


僕にとって審判という職業は、お金を稼ぐためだけの仕事ではないんです。好きなことであり、趣味、生きがいなんです。お金が目的なら米国のマイナーリーグに戻る理由など何もありませんでしたが、我慢してやりたくないことをやっているよりは、やりたい審判をしたかった。


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