平松庚三の名言 一覧

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平松庚三のプロフィール

平松庚三、ひらまつ・こうぞう。日本の経営者。北海道出身。早稲田大学中退後、米国アメリカン大学コミュニケーション学部ジャーナリズム学科卒業。卒業後、米国ソニーに入社。ソニー本社勤務を経てアメリカン・エキスプレス日本法人に移籍し、パブリッシングディレクター、副社長などを務める。その後、IDGコミュニケーションズジャパン社長、AOL日本法人社長、AOL米国本社副社長、インテュイット日本法人社長、インテュイット米国本社副社長などを務める。インテュイットが日本撤退を決めたことをきっかけに日本法人をMBO(経営陣による自社株買い)で独立させ、弥生株式会社を設立。社長に就任。弥生がライブドア傘下に入った後、ライブドア副社長を務める。ライブドア事件後、経営立て直しのために社長に就任。その後、小僧.comの会長を務めた。

正直、ライブドア社長を退任するまでの2年間を振り返ると、肉体的にも精神的にも非常にハードな時間を過ごしたと思う。しかしその分、僕は経営者として大きく成長したと感じている。ハーバード大学のビジネススクールでも教えてくれない、しびれるような仕事を、授業料も払わずに経験することができたのだから。若い社員たちも事情は同じ。いや、それまでに何社もの社長をつとめてきた、すれっからしの僕でさえ伸びたのだ。若い人の場合は、もっと劇的だったに違いない。
【覚書き|堀江貴文社長の逮捕後に社長となり、ライブドア立て直しに尽力した当時を振り返っての発言】


私は、確固とした自分があって、人生上の目的や夢を実現するために、会社という仕組みを使ってやろうと考えるタイプだ。自分の夢を叶えるために、何度も会社を移り、違った組織を率いてきた。僕なりの忠誠心はあるが、それは会社に対するものというより、仕事や職業に対するものなのだ。


世界中どの国でも同じだが、サラリーマンには2つの種族がいる。ひとつは、会社と自分の人生とを重ね合わせている人たちだ。いうまでもなく、日本にはこのタイプが多いと思う。もうひとつは、確固とした自分があって、人生上の目的や夢を実現するために、会社という仕組みを使ってやろうと考える人たちだ。


以前、元ライブドア社員たちの同窓会に出席した。ライブドアOBは、いまや社会のいろんなところで活躍している。びっくりしたのは、150人ぐらい集まった中で、「社長」の名刺を持っている者が30人もいたことだ。だから、僕は思う。ちょっと品のない表現になるが許してほしい。会社に残ろうが外に出ようが、そんなことは関係ない。あのころのライブドアには、「タマを抜かれた奴」は一人もいなかった。一時でも会社を預かった者にとって、こんなにうれしいことはない。


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