工藤公康の名言 一覧

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工藤公康のプロフィール

工藤公康、くどう・きみやす。日本のプロ野球選手、監督。愛知県出身。名古屋電気高等学校(のちの愛知工業大学名電高等学校)時代、甲子園で史上18人目のノーヒットノーランを達成。高校卒業後は西武ライオンズに入団しチームの要となった。その後、ダイエー、巨人、横浜と渡り歩き多くのタイトルを残した。通算29年間にもわたる長期間現役を続け、41歳で200勝を達成し、当時の史上最年長記録を更新した。引退後、福岡ソフトバンクホークスで監督を務めた。

勝負なので確かに結果は大事です。だけど結果よりも、自分たちがどういう準備をしたのかという過程を大事にしています。


誰にでも可能性があるし、やればできると思ってほしい。でも、甘えていたり、すねている選手にはがつんと言いますよ。


プレッシャーがあるのは当たり前で、あとはそれを楽しむのか、押しつぶされるか。


40才を超えてプロの第一線で投げていると、試合の前後の過ごし方などを考えていかないと身体が持たないようになってきました。「やり続けることが維持すること」で、トレーニングし続けないとそれだけ力が落ちてきますね。


失敗やミスをした選手を怒ることはありません。失敗をしない選手はいないし、エラーしない選手もいない。僕だってホームランを打たれましたが、ほとんどが失投ですから。


不満を外に発信することは逃げ場を求めているだけで、何の解決にもなりません。矛先を自分に向けるべきなんです。そうすることで、自分の置かれた状況を正確に知ることができ、次に何をすべきかが見えてきます。


もっと野球がやりたかった。そう言って引退していく若い選手を見てきました。彼らはそのときに気づくんです。最初からもっとトレーニングをやっておけばよかった、と。


能力はあるのに気持ちが弱いために期待通りの働きができない若い選手が少なくありません。ほとんどの場合、具体的な目標を設定せずに、ただ言われた練習メニューを漫然とこなしているだけなのです。「自分は何をすればいいか、そうすることでどうなるのか」という問題意識がないために結果を残せず、どうしていいかわからず悩み、いずれ気力も失せてプロを去っていくのです。


子供のころ、僕のうちは貧乏で、洋服はもちろん、学校で使う習字道具から絵具箱に至るまで兄貴のお古でした。玩具を買い与えられたわけでなく、おやつもあるわけでなし。食卓で牛肉にありついた記憶は、ほとんどありません。しかし、貧乏だったことで、うちにこもってゲームに興じることなく野山を駆け回り、粗食が頑丈な肉体をる繰り上げました。そんな生活が気持ちを強くさせ、それを根本にこれまで頑張ることができたんだと思います。


僕には若いときに作った体力の貯金があります。入団当初、それこそいつ体が壊れてもおかしくないくらいの厳しい練習が課されました。また監督の方針で、キャンプも遠征先も玄米食。この時期があったからこそ、体力面で大きな容量を持つことができたんです。


「やめます」というのは簡単です。これからも、「続けます」ということを大事にしていきたいと思います。


たとえ現役が終わっても次の目標があり、叶えたい夢があるんです。それは、子供たちを育成するアカデミーの設立です。野球に限らない、いわば遊びの塾みたいなものです。きっと僕が積み上げてきた野球の経験を生かせるはずです。僕はいま、その夢に向かって、自分の体を実験台にして試しているといってもいいのかもしれません。


この年齢になると、心の部分だけが突出し、何が起こっても折れなくなりました。戦力外通告を受けても「ヨッシャー、次行くぞ!」って。単なる強がりや気合いではなく、周りが見えるようになったんだと思います。自分の状態もそれぞれの人や立場や考え方も冷静に見つめ判断し、よりよい行動に移せる。気力で体力を補うことができるということです。


限界ギリギリの練習を続けているときに、普段どんな食事をとっているかで差が出てくる。それはあると思います。


僕の場合、ランニングをしながら「今日何をやらなければいけないか」を考え、キャッチボールをしているときも実戦を想定しながら一球一球の感触をチェックし、どうすればいいかを考え、その都度修正しながら汗を流します。もう一度、一軍のマウンドで投げたいという気持ちがそうさせるのです。


振り返ると、這い上がるためのヒントは必ずあります。二軍に落ちたからクビだと思うのか、もう一度這い上がってやるぞと思うのか、どっちに考えるかで方向性も全然違ってくるということを知ることが大切です。


誰もが「一軍で活躍したい」「ゆくゆくはメジャーのマウンドでも投げてみたい」といった大きな目標を持っているはずですが、いきなりそこへ向かって進んでいくのは無理があります。まずは身近な目標をひとつひとつクリアして真の目標に近づいていく。そうすることがやる気をさらに起こし、目標を達成するプロセスになっていくんです。


きつい練習をするとき、やる前から「嫌だなあ」と思って臨んだら体は絶対については来ません。たとえきつくても覚悟を決めてやり続けることで、体力も自然とついてきて「嫌だ」という部分が消えていきます。さらに続けると体力の限界が近づいてきます。そこで心の葛藤が起こるはずです。葛藤に打ち勝ち、その壁を乗り越えられるかどうかが、その人がそこで終わるかさらにステップアップするかの試練なんです。ここで問われるのが気力です。


気持ちや気力ばかりが先行してもいけません。「心技体」という言葉がありますが、この3つのバランスを保ってはじめて納得のいくパフォーマンスにつながるんです。


子供のころ、父とのキャッチボールは嫌いでした。それを理由にやめてしまうのは簡単です。でも、自分には野球しかない。頭がいいわけではないし、ほかにこれといった特技があるわけでもない。野球の中に目的を設けて追い込んでいくしかなかったんです。


教えることなんてできません。本人にその気がなければ、何を言っても同じですから。
【覚書き:巨人軍時代の発言。ダイエー時代のように若手に指導しているのかと問われて】


ミスした選手にミスしていることを指摘しても嫌がられるだけですよね。失投して「今のは甘かったな」とピッチャー自身が思っている時に、監督やコーチが「甘いんじゃないのか」と言ったら、ピッチャーは「分かってるよ」と思うだけ。「さあ、しっかり切り替えよう。もうこの回は返ってこないんだから、またいくぞ」と言ってあげる方が大事ですよ。


狙ったところに到達するために邪魔をしている部分があれば、取り除いてやることが大事なんです。色々なパターンが選手にはあるんですよ。それをしっかり見つけてやることです。


自分がずっと言っていたのは、「短期」「中期」「長期」の目標を持とうということ。きちんと目標設定しておけば、選手は今やらなきやいけないことが明確に分かるようになります。


大事なのが説明です。技術がない選手の中には、体力がないから技術向上に結び付かない場合もあります。それを分かった上で練習してもらいたいんですね。


自然にやる気を出させるのがいいとも限りません。ある程度は、やらせることも大事なんですね。技術や体力で足りないところがあれば、練習量を増やして補わなきゃいけない。


必要な時は怒ります。だけど見放すのではなくて、ちゃんと話をして、怒った後のケアをするよう心掛けていますね。そうするとその選手は「うわ、怒られた。どうしよう」と思うだけじゃなくて、一生懸命変わろうと努力してくれます。シーズン中もそういう選手は何人かいましたね。


大事なのは、選手を変えるのにモチベーションがいかに役に立つかを知ること。


自分には「監督とはこうするもの」という概念がありません。そもそも自分自身をリーダーだと思っていないので、リーダー論もないんです。「相談しやすいお兄ちゃんでもお父さんでも、その辺のおじさんでも何でもいい。選手に「調子はどう? コーチはこう言っていたけど」と聞いたら、「少し感じがよくなっています」と返ってくる。そしたら「じゃあ、それを続けていこうか」と。そんな対話を続けるだけです。


大事なのは、選手一人ひとりと話をして、理解すること。練習中でも「これどう思う?」と声を掛けたりしています。


一番やってはいけないのは、監督が連覇ばかり考えて、選手が見えなくなること。ですから監督に就任して取り掛かったのは、とにかく選手を理解することです。


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