川北博の名言 一覧

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川北博のプロフィール

川北博、かわきた・ひろし。日本の公認会計士、陸軍軍人、会計学者。日本公認会計士協会会長。専門は監査論。石川県生まれ。陸軍士官学校卒業後、陸軍少尉で太平洋戦争終戦を迎える。戦後は中央大学商学部に入学し、博士号(会計学)を取得。試験に合格し公認会計士として開業。山梨学院大学教授、東亜大学大学院総合学術研究科教授、静岡県立大学経営情報学部客員教授、中国人民大学客員教授などを務めた。商法に外部監査制度を導入することに尽力した人物。

企業も含め、どんな組織でも同じだと思いますが、集団では誰かが率先して嫌なことや難しいことをやらなければならないのです。誰も水の中に飛び込もうとしない集団は弱い集団です。


士官学校時代に上陸用舟艇で演習していたときのことです。スパイラルスクリューに縄が絡むと、真冬なのに「俺がやる」と言って、真っ先に水の中へ飛び込んで縄を外す。それが若い私たちの男の美学だったのです。


陸軍士官学校卒業の私にとっては「人生意気に感ず」が染みついていたのです。個人的な損得抜きにして世の中のために頑張るということです。


77歳のいままで走り続けてきたのですが、まったく後悔していません。本格的に自分自身の時間を持つのは80歳になってからにしようと思っています。「斃れて後已む」ということになるかもしれませんが、それはそれでいいのではないかと思っています。
【覚書き|斃れて後已む(たおれてのちやむ)=死ぬまで懸命に努力し続けるという意味】


強く記憶に残っているのは、16歳で仙台陸軍幼年学校を卒業するときに、同校訓育部長で後に硫黄島で戦死された千田貞季少将から受けたこの言葉です。「お前たちはいずれ下級指揮官になって剣電弾雨の中で戦う。そのときに任務を忘れるな。進んで難に当たれ」ということでした。


振り返ってみれば、私は若い時分から脇目も振らずに突っ走ってきました。現在も女房からは「好きな絵を描くとか一緒に老後を楽しむはずだったのにね」と言われています。
【覚書き|76歳で生涯を費やしてきた専門分野の会計についての書籍『会計情報監査制度の研究』を出版した頃の発言】


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