島野喜三の名言 一覧

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島野喜三のプロフィール

島野喜三、しまの・よしぞう。日本の経営者。自転車・釣り具メーカーのシマノの会長。大阪府生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、父・庄三郎が創業したシマノに入社。取締役、シマノ・アメリカ社長、シマノ・ヨーロッパ社長、本社専務を経て社長・会長。海外進出を担当し、同社を自転車分野でトップブランドへと成長させた人物。

メーカーが顧客を満足させる製品を作るのは当たり前です。でも、消費者の嗜好に焦点を合わせた製品でなければ、それは本当の需要ではありません。「こういうものが欲しかった」と思わせない限り、お客様がポケットからお金を取り出すことはないでしょう。


おかげさまでいまでは自転車部品の海外販売比率は9割に達し、欧米でもトップブランドの地位を確立することができました。顧客の声を聞き、その厳しい要求に応じていくことで、当社の技術レベルも引き上げられたのです。


シマノはいまではグループ社員の7割超が日本語以外の母国語を話します。管理職など約200人が世界から参加する年二回の会議では、日本は全体の半分で、英語を公用語として活発に議論しています。どの地域でも市場の声を聞き、お客様の求める製品を提供しようとした姿勢があったから今日の姿があるのでしょう。


米国で変速機(ギア)メーカーとしての地位を確立した余勢を駆って、欧州でも本格的な売り込みを始めました。ところが自転車競技の伝統を持つ欧州では、新参メーカーがいくら努力しても食い込めません。そこでプロ用市場で知名度を高め、その実績を一般消費者市場にも広げていこうという兄・敬三の発想で、専門部署を設けました。そこからベルギーやオランダチームに部品を供給したことがシェア獲得につながりました。


実際に自動車を買う小売店や量販店を訪問し、地に足が付いたマーケティングをしたからこそ、我々は販売を伸ばせたのです。
【覚書き|シマノ米国販売会社の立ち上げが成功したことについて語った言葉】


量販店に営業に行くとバイヤーは必ず聞いてきます。「ホワッツ・ニュー?(何か新しいものがあるかい?)」新しいアイデア、技術を持っていかないと、受け入れてもらえません。
【覚書き|シマノの米国販売会社立ち上げ当時の営業について語った言葉】


米国販売会社の初代社長として、米国に赴任しました。わずか4人の小所帯でした。8社あった米自転車メーカーにギアや変速機などを売り込んだのですが、当初はなかなか受注につながりません。理由を聞いてみると、「部品をテストしたら、きちんと性能を満たしているし、値段も手ごろだ。だが、シマノの部品を取り付けてくれとは誰も言ってこない」。要するに需要づくりをしろ、というアドバイスだったのです。


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