島津貴久の名言 一覧

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島津貴久のプロフィール

島津貴久、しまづ・たかひさ。戦国時代の武将。島津氏第15代当主。島津中興の祖と呼ばれた島津忠良の子として生まれる。第15代当主島津勝久の養子となり、15代当主となる。父とともに家督相続争いに勝ち抜き薩摩を平定。島津の英主とたたえられた。

領地をたくさんもっている者は、とくに七書を習い、人数の駈引き、太鼓の合図や、作法などを、つねに訓練せよ。
【覚書き|七書とは代表的な七冊の兵法書『孫子』『呉子』『尉繚子』『六韜』『三略』『司馬法』『李衛公問対』のこと】


もし私たち父子が邪悪な事をしたのを見聞きしたならば、誰でもかまわずに諫言を勧めてほしい。
【覚書き|私たち父子とは、当時島津氏の中心的役割を果たしていた貴久本人と、父の島津忠良(日新斎)のこと】


地頭・領主・奉行・頭人などが、下々の訴訟を公開しないで、勝手に取り裁くような事があったならば、取り次ぎには及ばないから、この貴久父子に、直接に申し出てほしい。


侍どもの中で、番狩・普請やその他の役務の間の日には、ただぶらぶらしておらずに、主人・家の子・女までも、朝早くから農業にいそしんでほしい。


陣中で、30日の間は、食料の配給もないのであるから、軍役や出物などが遅れたり、とどこおったりする場合には、所帯(官職や領地)を没収するであろう。


若侍たちは、武芸・角力(すもう)・水練・山坂歩行などに励んで、普段から手足をならしておかねばならぬ。


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