島津綱貴の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

島津綱貴のプロフィール

島津綱貴、しまづ・つなたか。島津氏第20代当主。薩摩藩三代目藩主。天災や財政難など多くの問題が起こったが、なんとか乗り切った。元禄時代に書かれた各藩の政治・経済情勢を取り扱った『土芥寇讎記』で「領民や藩士から慕われる殿様」と高い評価を得ている

志は諸道の根本である。大本が立たなければ、万事を遂げることはできぬ。だから、まず、志を堅固に持つことが肝要である。


並の心がけでは、かえって諸人の笑いを招き、先祖の名をはずかしめるもとである。


国人を穏やかに治めてゆくには、才だけではできないことである。遠き周の世においても、周公は聖徳をもって成王を補佐して天下を治め、近き我が家においては、日新公(島津忠良)は聖徳をもって陸奥守貴久(島津貴久)を助け、島津正統中興の主となした。これらはすべて聖徳のなすところである。


臣を見てその君を知り、官をもってその人を察する、ということがあるのだから、臣下の善悪を知らないのは、暗将というべきである。だから、まず、よく近くの家臣の邪正を弁じて、正直の者に対しては、これを賞し、不道徳な者に対しては、これを教え導いて正道に帰すというのが、君子の道であることが肝要である。


よく他者からの忠告を聞き入れれば、必ず良将となることができる、とは、三略(中国の兵法書)にある言葉である。よく諫言を受けいれ、それについて、よく熟考せよ。


忠孝と愛敬は人間の持つ自然の性質である。これに従えば栄え、これに逆えば滅ぶ。慎んでその性質に従うことが大切である。


物に執着しすぎると志を失う、とは、聖人の格言である。まして、遊興をうつつをぬかし、勝負事を好み、酒色にふけるなどとは、もっての外のことである。


一国の守護として、また、一郡の主として、国政を行ない、士民を撫育するには、文武の道を知らなくてはできないことである。文武は車の両輪、烏の両翼のごとく、ひとつとして欠くことのできないものである。


一日といえども、むなしく過ごしてはならぬ。少壮の年に学ばなかったならば、老大にして後悔しても追い付かぬ。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ