岡倉天心の名言 一覧

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岡倉天心のプロフィール

岡倉天心、おかくら・てんしん。明治時代の思想家、文人、哲学者。東京藝術大学の前身である東京美術学校設立に尽力。日本美術院の創設者。ボストン美術館東洋部長。貿易商の福井藩士の家庭に生まれ、東京開成所(現:東京大学)に入学。政治学、理財学を学ぶ。幼少期から英語に親しんでいたのをきっかけに東京開成所在学中に講師のアーネスト・フェノロサの助手となり、美術品収集と日本美術の調査を行い美術の道に入る。

歴史の中に未来の秘密がある。我々は、我々の歴史の中に、我々の未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る。変化こそ唯一の永遠である。


美しく生きてきた者だけが美しく死ぬことができる。


内からの勝利か、さもなくば外からの圧倒的な死か。


古いものが解体されて初めて、再創造は可能となる。


どんな木も、もともとその種に含まれた力以上に大きくなることはできない。生きるということは常に自分自身に立ち戻るということなのだ。


ある時代なり流派なりの凡庸な産物をいくらたくさん集めるよりも、ただひとつの傑作に接する方がより多くのことを教えてくれる。


日々の暮らしぶり、そのなにげない仕草のうちに、内心の動きはあらわれる。


偉大な思想で簡単に説くことのできるものなどありはしない。


自分で偉大だとうぬぼれているものが実はちっぽけなものにすぎないことがわからない者は、ちっぽけと軽んじている他人のものが実は偉大なものであることを見過ごしがちである。


宗教は未来を後ろ盾としているが、芸術では現在こそが永遠なのである。


強力な思想というものは同時代の思想を論破するとともに、これに続く時代の動きを支配するものだ。


面白いのは行為そのものではなくて、その行為にいたる経過だ。


絵に良い絵と悪い絵があるように茶にも良い茶と悪い茶があるのだ。しかし、完璧な茶をたてる唯一これだけというやりかたがあるわけではない。


人生にせよ、芸術にせよ、これからさらに成長していく可能性があればこそ生き生きしたものとなるのだ。


本当に重要なのは完成そのものではなく、完成することだ。


昔の賢者たちは決して体系的な形で教えを語ったりしなかった。彼らは好んで逆説的な言い方をしたが、それは生半可な理解を恐れたからである。また、わざと愚か者のように語ることによって、聞く者に悟らせるようにしむけたりもした。


どの時代をとってみても、芸術が最終的に完成した型としてあらわれるというようなことはない。芸術とは絶えざる成長であり、年代ごとに区分できるようなものではないのだ。


原始人は、思いを寄せる乙女に初めて花束を捧げた時、獣でなくなったのだ。自然界の粗野な本能性を脱して人間となったのである。無用なものの微妙な有用性を知った時、彼は芸術家となった。


同時代の芸術こそは、真に私たちの芸術なのであり、私たち自身の反映なのだ。それを断罪することは、私たち自身を断罪することにほかならない。私たちは、今の時代には芸術が存在しないと嘆くが、そうだとすれば、その責任は誰にあるのか。


自己中心的な虚栄というものは、芸術家、鑑賞者いずれの側であっても、共感を育むうえで致命的な障害となるのである。


現代の芸術家は、技術に溺れるあまり、滅多に自身を超えるということがない。


洋の東西を問わず、巨匠たちは、観客を自分の秘密にひきずりこむ手段として暗示の価値を忘れることはなかった。それに比べ、今日あふれている凡作のよそよそしいことはどうだ。傑作には、人の心の温かな流れが感じられるのに対して、凡作には、ただ、形ばかりの表現しか見当たらない。


芸術鑑賞に必要なのは心と心が共感し、通い合うことだが、そのためには、たがいに謙譲の気持ちを持ち合わねばならない。鑑賞者は作者の言わんとするところを受け止めるのにふさわしい態度を養わねばならないし、作者の方は自分のメッセージをどう伝えるのか心得ていなければならない。


私たちの心は、芸術家によって彩られるカンバスであり、その絵の具となるのが私たちの感情で、明暗となるのが私たちの喜びの光であったり、悲しみの影であったりするのだ。傑作は私たち自身であり、私たち自身は傑作であるのだ。


私たちは大抵の場合、あまりにでしゃばり過ぎであり、いくらうぬぼれが強いといっても、これ以上自分を眺めて悦に入るというのは単調退屈でしかない。


いくつもの音楽を同時にきくことができないように、美というものは、なんらかの中心となる要素に集中して初めて本当に理解することができるのだ。


伝統や定式につき従っているだけでは、建築における個人性の表現に足かせをはめてしまうことになる。ギリシャ人が偉大であったのは、けっして昔に頼ろうとしなかったからだと言われているではないか。


芸術は、その時代の暮らしにぴったりとしたものであって初めて本当に理解されるものなのだ。けっして後世の評価を無視してよいというわけではないが、それよりまず現在を十分に楽しまねばならない。


永遠とは、物質ではなく、精神にしか見出すことのできないものであって、こうした簡素な建物(茶室、数寄屋)はその精神のあらわれなのであり、そうであればこそ、洗練をきわめたほのかな輝きを帯びて、かくも美しいのだ。


物事のバランスを保ち、自分の位置は確保しながら他人にも譲るというのがこの世のドラマを成功させる秘訣なのだ。自分の役割を的確に演じるためにはドラマの全体を知っていなければならない。個人ということを考える時には、この全体のことを決して見失わないようにしなければいけないのだ。


道教は儒教や仏教とはちがって、なげかわしいこの世の暮らしのうちにも美を見出そうとするのだ。酢の味見をする3人の者という宋のたとえ話は、見事に、これら3つの思想の特質を浮き彫りにしている。釈迦と孔子と老子の3人が酢の壺――人生の象徴――の前に立って、それぞれ指を浸しては味見していたが、実際家の孔子は酸っぱいと言い、仏陀は苦いと言い、老子ひとりが甘いと言ったというのである。


教育とは、強固な幻想を維持するために一種の無知を奨励するものにほかならない。人は真に徳のある人間として教育されるのではなく、ただ、きまりに外れないよう振る舞うことを教えられるだけなのである。


孔子は言っている、「人は隠したりするものだろうか」と。私たちには隠さねばならないような偉大なものなどないので、些細な事柄にも自分をあらわにしがちになるのだろう。


日本がこの平和でおだやかな(茶道という)技芸にふけっていた間は、西洋人は日本のことを野蛮な未開国だとみなしてきたものである。それが、近頃になって日本が満州を戦場にして敵の皆殺しに乗り出すと(日露戦争)、日本は文明国になったというのである。近年、侍の掟――日本の武士が進んで自分の命を捧げる「死の術」――については盛んに論じられるようになってきたが、「生の術」を説く茶道についてはほとんど注意が払われていない。無理解もはなはだしいが、やむをえない。戦争という恐ろしい栄光によらねば文明国と認められないというのであれば、甘んじて野蛮国にとどまることにしよう。


日本は鎖国によって長く世界から孤立してきた結果、その分、深く自国の文化をかえりみることになり、これが茶道の発達を大きく促すことになった。私たち日本人の住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、そして文学にいたるまで、すべて茶道の影響を受けていないものはない。日本文化を学ぼうとするなら茶道の存在を知らずにはすまされない。


茶道の本質は、不完全ということの崇拝――物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある。不可能を宿命とする人生のただ中にあって、それでもなにかしら可能なものをなし遂げようとする心やさしい試象が茶道なのである。


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