山田義仁の名言 一覧

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山田義仁のプロフィール

山田義仁、やまだ・よしひと。日本の経営者。オムロンの社長。大阪出身。同志社大学経済学部卒業後、立石電機(のちのオムロン)に入社。健康機器事業部で営業とマーケティングを経験したのち、ヘルスケアビジネスカンパニー商品企画課長、米国オムロンヘルスケア・インク副社長、オムロンヘルスケア・ヨーロッパ社長、オムロン執行役員経営統括部長、オムロンヘルスケア社長、オムロングループ戦略室長などを経て社長に就任した。

僕らしかできない所に行こうと思って、ずっと活動してきたら、気がつくと成長領域にいた。


志があって、準備ができている人にはチャンスが与えられる会社でありたい。


しっかりと時代の変化に対応していけば、必ずチャンスに変えることができる。


我々はもっと成長できるし、成長することで、世の中に対して更なる価値の提供につながる。


成長できているということは、お客様に選んでもらっているということ。


小さくてもいいから、キラリと光る事業の集合体になろう。


事業が広がり過ぎじゃないかという意見も投資家の方からいただくんですけれど、技術の根っこは一緒なんです。


高い目標を達成するには、常識的なことばかりやっていてはダメだ。


営業部門は生産部門に比べ保守的になりやすい。生産部門は日々改善活動に取り組んでいるので積極的に新しいことを取り入れようとするが、営業は過去のやり方を守ろうとする。


よその会社ができることであればそれはよその会社に任せよう。自分たちにしかできないことをやろう。


営業の課題は営業だけでは解決できない。開発や生産が一緒になって協力してくれないと解決できない。逆もまた真。


理想は社員と事業、そして会社の成長が重なり合うことです。成長しないとチャレンジする領域が広がりませんし、役職も増えない。結果として活力は確実に落ちていきます。


製造業はスピードと巨大な設備投資の勝負となり、以前のように2位、3位では生きていけなくなっているのが現状です。


グローバルで戦い勝ち抜くためにはもっと強くならなければならない。オムロンは「誠実でいい会社」だと評価を頂いていますが、もっと強い会社に変えていかなくてはなりません。


オムロンでは以前から各事業部に権限委譲して独立性を高めていますが、どうしても縦割りの弊害が出てしまいます。自分の事業のことだけを考え、ほかの事業部と効率的に動く考えが欠けてしまいがちになります。社長に就任してからは「チームオムロン」を掲げ求心力を高め、総合力で変化に対応していくことを社員に求めるようにしました。


ベトナムでは2輪車のことを「ホンダ」、貼り薬のことを「サロンパス(久光製薬)」と呼んでいます。世界で血圧計のことを「オムロン」と呼ばれるように社員にはハッパをかけています。ヘルスケア事業は社業に占める割合は低いですが、血圧計は世界シェア50%を占めます。ブランド力向上と社会貢献を示すうえで消費者に分かりやすく、重要な役割を担っています。


ロシアの血圧計シェアを上げるにあたり、まず考えたのは病院ではなく自宅などで血圧を自分で測る文化です。ロシア人男性は酒量が多く、辛いものが好きな傾向があり、気候が寒冷なことから血圧が高くなりがちです。心臓発作や脳卒中の危険が高いと判|析しました。だから血圧を測って健康管理しましょうと、チームでキャンペーンしたのです。「ロシア人男性の寿命を延ばす」ことがスローガンでした。これは社会的な意味があるので相手にも受け入れてもらえました。さらには、開業医や薬剤師、看護師など医療従事者へのブランド認知度向上と製品の推奨度を上げる活動が欠かせません。患者に対して「血圧計はオムロン製がお薦めだ」と言ってもらえるようにするのです。ロシアでやったような活動を、いまはインドとブラジルで展開しています。
【覚書き|この施策でオムロンのロシアでの血圧計シェアは15%から50%へ上昇した】


ヘルスケア事業の欧州子会社の社長をしていた時、ロシアで血圧計のマーケットシェアを15%から50%に伸ばした経験があります。オムロンは基本的に代理店ビジネスをしていますので、シェア拡大にはパートナーとの関係構築が欠かせません。


新興国で重要なのはブランドの認知度を上げ、消費者に信頼してもらうことです。当社では、ヘルスケア事業が先兵役を務めます。新興国では中間層が育って、健康意識が高まっていますので、まずそこに入るのです。病院でオムロンの製品を見かけたり、血圧計を使ったりすることで親しみとハイテクのイメージを持ってもらう。これが制御機器の販売に結びついていきます。


将来、日本の製造業が復権する可能性があるとすれば、節電技術がキーになるでしょう。原発事故以来、工場での節電はかなり進みました。京都府綾部市にある我々のモデル工場では、電力使用量が以前に比べ半減できました。いまは人手に頼っている部分が多いのですが、電力を自動制御することでさらに節電レベルは上がります。節電は世界共通の課題です。日本がこの分野で先行すれば競争力が高まります。


製造ラインでは、その生産物がしっかり作れる信頼性が求められます。安かろう悪かろうではダメなんですよ。もし何か事故が起こったときのマイナスのダメージが大きいですから、入れ替えるラインの制御の設備を安いものに変えるということに対しては、現地企業もすごく慎重です。


海外事業で重視しているのは企業理念の共有です。創業以来、オムロンには「企業は社会の公器である」という理念があります。事業を通じて社会に貢献する。その実践例を研修で共有して、いまの立場で何ができるかを発表し、議論します。こうしたオムロンの哲学を理解して実践できる外国人を育て一緒に事業を拡大していきたいと考えています。


私自身そうでしたが、海外子会社の社長を日本人がやっているようではグローバル企業にはほど遠い。時間がかかりスピード感に欠けます。日本人が海外に駐在して、現地をまず理解して、そして組織を運営するやり方では、絶対に競争に勝てません。


海外の幹部社員の登用率を上げる、あるいはマネジメントチームを多様化していくという発想は、10年単位でイメージしないと出てきません。3年程度の計画だと、次の代でやればいいと先送りする可能性があるからです。今回の10年計画では、こうした課題を最初の3年間で解決してしまおうと考えています。


10年という長期の計画をつくっても変化の激しい時代にはそぐわない、という考えも一理あります。経営環境の前提が変わってきますから。ただ、実際に策定してみて、10年という長期間で考えないと解決できない課題が見えてきたのも事実です。例えば人材育成や人事処遇制度などです。これらは過去20年間、基本的に同じで改定を繰り返してきました。建物で言えば建て増し、建て増しで対応してきたわけです。しかし、次の10年を考えた時、やはり根本的に変えないとダメだろうという発想になりました。


年上の方を部下に持つことに、やりづらさはあまり感じません。欧州子会社の社長に就任したのは41歳のときでしたし、海外の販売会社では若手を抜擢することも多いですから。社内では若手がトップになることに対して違和感は少ないですね。


社長に就任する前の1年間、戦略室長として10年長期計画の策定を任されました。作田(久男)前社長に「なぜ私が10年プランを策定するのでしょうか」と冗談半分で尋ねたら「年齢を考えれば、君は10年後もこの会社にいるだろう。プランというのは作って途中で渡すのはダメなんだ」と返されました。10年たってもまだ60歳になっていない。計画を最後まで見届けなくてはいけない。そういう切実感、切迫感が必要だということです。「自分たちの10年ビジョンをお飾りじゃなくて、血となり、肉となったものに仕上げてほしい」とも言われました。私が10年間、社長を続けるかどうかは分かりませんが、次の10年間に最後まで責任を持つということです。


現状に対する危機意識は作田(久男)前社長ら前経営陣にもありました。現状を「よし」とはしていないのです。だから当時49歳だった私を社長に据え、トップマネジメント層を同時に若返りさせました。執行役員の4割が50歳以下になりました。


「着実な運営だがイノベーションが少ない」「話題性が減り、おとなしくなってしまった」。私は社長就任後の会見で自社に対する否定的な評判をあえて口に出しました。現状を否定する覚悟を外部に示すことで、社内に対してのブーメラン効果を狙ったものです。


利益はそこそこ出してきたので、社内に危機感が薄い。経営環境の変化はどんどん激しくなっています。乗り遅れると、いつどうなるか分かりません。そこでもう一度、高い目標を掲げてチャレンジし、意識改革を進めたい。これが10年ビジョンに込めた思いです。


会社は営業だけでは成り立ちませんし、開発がいいモノをつくっても、それが売れるとは限らない。お客様に使っていただいて、ご愛顧いただいて初めて価値が出る。


当社はどんどん新規事業にトライしていきます。しかし、闇雲に手を拡げるとリソースが分散してしまい、逆に強い事業に悪影響を与えてしまう可能性がある。新規事業の全てが成功するわけではないので、きちんとマネージメントする必要があります。


これまでに終息(撤退)した事業もありますが、終息した事業の全てを失敗と捉えているわけではありません。その経験を活かして新しい別の事業になる場合もあれば、終息に至る過程から学ぶこともある。それぞれの社員もこうした経験を生かして次の活躍につなげてくれています。


事業が一本足でなくいろいろな事業を持っているということは人財活用という観点からもいい。


往々にして組織の壁に陥りやすいんですが、それを乗り越えようという意思が会社の中にはあるし、それを引き出すのが僕の役割ではないかと思います。


ある事業が一定のダメージを受ける、あるいは調子が悪くなるというのは今までもありましたし、これからもあると思いますが、何か一つの事業がダメージを受けたらオムロン全体が傾いてしまうような事業構造ではありません。どこかが悪くても別のどこかが支えるような事業構造ができているのです。


当社は創業以来、たとえニッチでもいい。マーケットも小さくていいから、グローバルに技術が活かせる領域にこだわってきました。たとえ小さいマーケットであっても独占的というか、優位なポジションを築きたいと思ってやってきました。


本人たちは当たり前と思っているやり方が、実は成長を妨げているという部分は、制御機器部門以外にも会社の中にまだまだあると思っている。


社歴が長くなる中で、事業部ごとの縦割り意識が強くなり、部分最適になっていた。オムロン全体が、環境が急激に変化しているのに気付かない「ゆで蛙状態」になりつつあると危機感を持っている。だからこれからも、従来、社内の常識とされていたことに対して積極的にメスを入れようと思っている。


私はオムロン社内で健康事業が長く、制御機器業界に詳しいわけではない。だから、宮永IAB社長から新製品をやめたいと最初に言われた時は、さすがに多少は驚いた。だが、制御機器のことをよく知らない分、そこで常識とされてきたことを疑う感覚には少し自信がある。


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