山本高史の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

山本高史のプロフィール

山本高史、やまもと・たかし。日本のクリエイティブ・ディレクター。京都出身。大阪大学文学部卒業後、大手広告代理店「電通」に入社。数多くのキャンペーン広告を手がけ、TCC最高賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞などを受賞。その後、株式会社コトバを設立。そのほか、関西大学社会学部教授などを務めた。

発想とはコミュニケーションである。評価されなければないのも同じ。


受け手が喜ばない発想は、個人の我執にすぎない。


成否のすべてを握るのが受け手。


人に評価される発想とは、「なるほどね、そういう見方もあったね」と言わせる種類のアウトプットだったりするもの。


雑談にせよ広告にせよ、コミュニケーションは小手先の技ではないというのが僕の基本的なフォームです。


僕の言う「経験」とは、何か新しいことに取り組むというのとは少し意味が違って、「脳に情報を覚えさせること」だと考えています。本や新聞で読んだ情報もそうですし、酔っ払って階段から落ちて骨を折った、といったことも、脳に叩きこむことによって貴重な経験になる。それが「脳内データベース」となって自分のなかに溜まっていき、雑談や発想のもとになるわけです。そして一番楽で正しい経験の積み方は何か。それは「考えること」です。


新卒で広告代理店に入り、最初に任されたのは肉料理用の調味料のコピーを書く仕事でした。ところが何も書けないのです。新人ですから、技術的に書けないのは当たり前です。それは自分でも覚悟していた。ショックだったのは「自分には表現するべきものが何もない」と気づいたこと。この絶望感といったらないですよ。何も天下国家について語れと言われたわけではない。肉料理の調味料についてさえ何も知らない、自分で料理したこともなければ、料理する人と話したこともない……自分は単なるものを知らない人間に過ぎないと気づいた。それが23歳のときです。要は中身がなければ何も出てこないということ。


自分がいて、離れたところに他者がいる。このあいだを線で結ぶのがコミュニケーションだと思っている人は多いのですが、それでは相手に「当たる」話ができません。そうではなく、経験が増えることで自分が膨らんでいき、他者の一部と自分の一部が重なるようになる。経験が増えてもっと膨らめば、他者を飲み込めるようになる。これがコミュニケーションの姿だと僕は思います。


雑談が苦手な人のなかには、「底の浅い人間だと思われないか」「退屈だと思われないか」といった他者への恐れを抱いている人もいると思います。でも、自分と他者の経験が重なり合った「共有エリア」ができていれば、自分の好きなことは他者の好きなことになり、自分が興味のあることは他者も興味があることになる。そうなれば、恐れを抱く必要はなくなります。


もし雑談が上手になりたいのであれば、まずは自分と相手の経験を重ね合わせることを意識することです。そうすれば徐々に話題が相手にヒットすることも増えて、アプローチするのが苦ではなくなっていくはずです。


ベテランも時には若い人たちに競合プレゼンで負けたりもする。発想において、これまでのキャリアや実績は全く意味がない。常に自分をアップデートしていかないと。要は経験の蓄積と更新である。


コミュニケーションだと言うと、コミュニケーションを生業としている人のためのものと思われがちだが、どんな職業人もコミュニケーションしながら仕事をしている。


もし自分のビジネス上の成功などの目論みをかなえたいならば、受け手を自分の望む方向へ動かしたいと願うのであれば、受け手に喜んでもらうしかない。


広告の世界ではすべての人が大成するわけがない。ただ考えることを楽しめればその長い道のりも苦にならないし、仮に広告という狭い世界に固執しなくても何らかのものを得ることができる。


フォームの定まらないトップアスリートなどいない。日々の素振りを重ねるのだ。そうしているうちに自分の考え方の向き不向きや好き嫌いが体感できるようになる。人間は自分にふさわしいようにしか動けないものだ。


受け手のキーワードは「ベネフィット」である。受け手は提示された発想に自分にとってのベネフィットがあると感じればうなずくし、そうじゃなければそうしない。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ