山本博(アーチェリー)の名言 一覧

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山本博(アーチェリー)のプロフィール

山本博、やまもと・ひろし。日本を代表するアーチェリー選手。神奈川県出身。中学生時代アーチェリーを開始し、高校生時代インターハイ3連覇を達成。日本体育大学体育学部健康学科に入学。大学3年時にロサンゼルス五輪に出場し個人銅メダルを獲得。全日本学生選手権(インカレ)個人4連覇。大学卒業後、教員免許を取得し、日体大助手、大宮開成高校保健体育教諭などを務めながら選手生活を続ける。その後、41歳でアテネオリンピックで銀メダルを獲得した。

20年かけて銅から銀へとなりました。これから20年かけて金を目指します。


なんか一生懸命やっていたら、気づかないうちにポケットに入っていた……。僕がこれから金メダルを獲るとしたら、そんなふうでありたいですね。成功というのは勝ち取るものではなく、訪れるものではないでしょうか。それは他の競技だって仕事だって、きっと同じじゃないかと思うのです。


僕は自分が自分の人生の主役であり続けるためにも、周りがなんと言おうとアーチェリーを続けようと決めたのです。


周囲からは引退しろと散々言われました。でも、僕は子供のころから何かで負けたまま引き下がるのが大嫌いなんです。それに、人から言われて決めたのでは自分の人生ではなくなってしまうじゃないですか。


シドニー・オリンピックに落選してからは、金メダルを意識することはなくなりました。自分のためにのためにやっているのですから、とにかく自分が考えるいいプレーをしよう。そう思ったら、ずいぶん気持ちが楽になりました。30代の最後に出場した釜山アジア大会での優勝や、その後のアテネ・オリンピックでの銀メダルは、そうして気持ちが吹っ切れた結果だと思います。


20代以上の運動能力と、若い選手に勝る経験があるのだから、きっと天下を取れると信じて疑いませんでした。「30代で絶対に金メダルを獲る」と堅く心に決めていました。しかし、結果はその意気込みとはまったく逆でした。シドニー・オリンピックに至っては国内予選で敗退し、出場さえできなかった。まさに奈落の底に突き落とされた気持でした。それでも引退を考えたことはまったくなかったです。


30代に入ると、多くのスポーツ選手が肉体に衰えを感じて引退します。もちろん、それはアーチェリーという競技でも例外ではありません。けれども僕は、自分だけは絶対にそうならないぞ、と思っていました。なにしろ当時の僕は、20代の後半から重ねてきた猛烈なトレーニングのおかげで、肉体的な能力はまだまだ伸び続けていたからです。


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