山崎直子の名言 一覧

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山崎直子のプロフィール

山崎直子、やまざき・なおこ。日本人二人目の女性宇宙飛行士。千葉県出身。東京大学工学部航空学科卒業、米国メリーランド大学留学、東京大学航空宇宙工学専攻修士課程修了。その後、宇宙開発事業団(のちの宇宙航空研究開発機構・JAXA)に入社。宇宙飛行士として認定され、2010年にNASAのスペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙にのぼった。

不安を恐れず、最初の一歩を踏み出してみる。そのときできることを積み重ねていくことが、大きな夢につながっていくのではないでしょうか。それにとことんまで本気で考えていくと、その本気が人にも伝わり、状況が少しずつ前向きに動き始めていくように思えるのです。


いろんな人の苦悩を知ったうえで、それでも宇宙へ行くと決めたことで、宇宙へ行くことの深みが増したように思いました。今後も様々な困難があるでしょう。でも、そこに意味を見出し、価値を決めるのは自分です。すべての出来事には意味があり、それを信じて乗り越えていこうと思いました。


自分が目指していることが本当に正しいことなのか。違う道もあるんじゃないかとも考えました。でも、宇宙に行くという夢を持ち続け、初志貫徹でやりきるのも意味があると思うようになりました。どちらがいいかは正直いまでもわかりません。続けることもそれなりに大変だし、立ち止まって止める勇気も必要だと思います。


仲間の宇宙飛行士やインストラクター、管制官や家族など、いろんな人の存在も大きかったのです。一人だったらやめようと思ったあっても、みんながいたからこそ続けることができました。


宇宙飛行士の訓練自体はひとつひとつが刺激的でとても楽しいものでした。そうしたなかで一番つらかったのは、やりたくてもやれないときでした。
【覚書き|スペースシャトル・コロンビアの事故が起こり、コロンビアに搭乗していた仲間の宇宙飛行士が亡くなり、さらにその後のスペースシャトル計画が白紙になったときを振り返っての発言】


第2子の出産も機にJAXAを退職しました。日本人の宇宙飛行士でJAXAを離れたのは私が初めて。いろいろな選択肢がありましたが、立場をはっきりさせたほうができることもあると考えました。


私が宇宙に行った当時、よく「ママさん宇宙飛行士」と呼ばれましたが、何でも1人でできるイメージのあるその言葉が、好きではありませんでした。家族などさまざまな人の協力があるからやっていけたわけです。


私が目標を見失ったら、周りにいる人も道に迷ってしまう。何年かかるかわからないけれども、焦らないで、いずれは宇宙へ到達するという目標を持ち続けていました。


日本は宇宙船を持っていないこともあり、宇宙に行くまで平均10年くらいと長い。「宇宙へ行く」というゴールがまったく見えないんです。その状況の中で、ゴールを信じつつ、「いまは何をすべきかを考えてください」、「考えられる人であってください」というのが、組織から求められていることだとよく感じていました。


宇宙飛行士の評価項目は「自己管理」、「リーダーシップ」、「フォロワーシップ」、「状況把握」の4つです。中でも「状況把握」、周囲の状況を見つつ、自分の立ち位置、役割をしっかり把握することが重視されました。


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