山内溥の名言 一覧

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山内溥のプロフィール

山内溥、やまうち・ひろし、日本の実業家。任天堂創業一族3代目。花札メーカーをテレビゲームで世界的企業に成長させる。3度倒産危機に陥るもなんとか切り抜ける。健全な財務状況を保ちつつ、高利益体制を築き大企業へと発展。京都府出身。囲碁六段

僕たちのビジネスというのは、勝ったら天に昇るけれども、負けたら地に沈む。


日本ではブームに乗ったと思ったら執着しないほうがいい。それはもう売れなくなるという意味だと受け止めるべきで、善後策をたてておかないと手痛い目にあう。一つの価値観や目先の目標にとらわれないことこそ大切。


世間はよく成功者を手放しで尊敬してしまうが、成功者の言葉ならなんでもかんでも金科玉条のようにあがめるのはおかしい。


『任天堂はライセンス契約を利用して、ピンハネして、そして不当利得を得て高成長を成し遂げてきて、高い利益率を誇っている』マスコミはみんなそ ういうような書き方をするんです。そうじゃないんですよ、任天堂の強さは、任天堂が世界最強のソフトメーカーだからなんですよ。そうでなかったら、そんな もの一年や二年続いても、十年も続きません。


どうしておもしろいソフトがつくれるのかという問いに対しては、私はいつでも言っているんですが、結局はだれもがわからないんです。実はこうして つくります、ああしてつくれますという解答が出せるとすると、だれでもそのようにすればできるわけでしてね。だからこそソフトウェアという言葉が非常に重みを持ってきているのでしょうね。


ゲームビジネスで一番不足しているのは、デザイナーでもプログラマーでもなく実は才能あるディレクター。ゲームで遊んでいる人が心から満足して得心できる、それを私たちは完成度と言っているんですが、この完成度を高めるのがディレクターの才能なんです。


大容量ゲームは駄目。こんなことをしていたら世界中のメーカーがつぶれてしまうだろう。重厚長大なゲームは飽きられている。ゲームは常に新しい楽しさを開発し、ひたすら完成度を高めていくことが本質である。
それにもかかわらず、ソフトメーカーはIIだのIIIだの、VII、VIII、IXと出し続けている。クリエイター達は行き詰まり、質的転換を迫られている。日本だけで受けて、しかもVII、VIII、IXだと言っている会社は駄目である。このように、ゲーム業界は存亡の危機に陥っている。反論があるならいつでも受けて立つ。
しかし誰も直接反論しには来ず、陰でものを言う。こうした体質も業界の危機を象徴している。


世界的なゲームソフト販売の低迷を考えれば今の日本のゲーム関連株は高すぎる。販売現場では消費者のゲーム離れが起こっている。『PS2』を見れば分かる。ソフト販売がゲーム機の販売本数を下回っている。本物そっくりで高精細な映画のようなゲームなんてナンセンスだ。


二十一世紀のソフトに大容量はいらない。そんな人海戦術を要する仕事をしていたらソフト会社はみんな沈没する


いつまでもソフトの数がものを言う時代は続かない。数を増やすために手を広げるつもりはない。


プレイステーションでソニーが独り勝ちしていると言われてから何年たっている?
任天堂は負けたって言われるけど、業績は良くなっている。勝った負けたという情緒的な判断よりも、企業はやっぱり数字。決算の数字は、任天堂が競争に負けていないことを証明している。


ハードの価格競争だとか、ソフトをおまけにつけてまで、ハードを売ったら勝ちだとか、そんな発想は通用しない。ハードウェアをいくら広げてもだめなんです。ソフトがそれにスライドして、ついてこないとだめなんです。そんな戦い方はハード体質の戦い方であって、本来のソフト化路線とは違うからだめです。


海外戦略はどうなるかということになりますが、結局、だれでもできるものをつくっていてはだめだということです。だれでもつくれるものは、価格意識が強ければ価格競争に巻き込まれるのは決まっているわけです。だから、自分のところしか、出せないものがつくれたら最高です。しかも、それが大衆の懐勘定と折り合いがつき、しかも多くの人たちが初めて体験するような珍しさと楽しさとおもしろさを味わわすことができさえすれば、これは円高でも何でも戦えます。そういう新しい新製品の開発ができるかできないのかということが決め手になってきます。


新機軸を打ち出さなければ、ゲームそのものがマンネリ化して飽きられる。また、”重厚長大”型のソフトは、内容が複雑で、制作に時間も人手も費用もかかる。数十億円をつぎ込み、百万本を販売するヒット作となっても、なお赤字という場合もある。それではビジネスとして成り立たない。”軽薄短小”でも完成度の高い面白いゲームはできる。


3DO(米国3DO社が開発したゲーム端末。日本では松下電器が代理販売した)を見て、いかにもハード屋だなと痛切に思うんです。バーッとアドバルーンを打ち上げて、そしてソフト屋集まれと言うわけです。日本でもやりました。そして、いまソフト会社は100社申し込みが来た、これから続々参加すると言っているわけです。冗談じゃないよと言うんです。いま世界で いったい何百社のソフト屋がゲームソフトづくりをやっているかと。そして、ソフトも1000か、2000か、3000か知りませんけれども、それだけたく さんの種類が出て、その中でいったい売れるソフトは何点なのか。売れないソフトを作っている圧倒的多数のソフトメーカーが参加すると言って、それが100 社になろうと、500社になろうと、それは何なのですか。そんなものは絶対にユーザーを説得できない。


皆さん、任天堂の戦略とか秘密とか、なにか特別の大層なものがあると思って、それを期待されているようですが、そんなものはない。このビジネスがいつまで続くのか、次をどうするのか、あるいは長期戦略とか、そんなもの何もない。


努力したからうまくいった、と言う人がいるのは構わない。でも自分は違う。努力したから成功するとは限らないと思っている。苦労だって経営者ならしていない人などいないから、自分が特に苦労したとは思わない。振り返ると何となくこうなっていた。運が良かっただけだ。


パソコンOSという特定の分野でたまたま成功し、独占的地位を守ることに精を出してきたマイクロソフトが、安易に手を出せるような世界ではない。このことは、マイクロソフトのような質の違う会社には絶対分からない。分かったとしたら、それこそ神様だ。
これまでのマイクロソフトは”ツキ”過ぎだった。人間も企業もツキはいつか必ず落ちるもんでしょ。ゲイツも決して神様ではなかったということが、そう遠くない将来に証明されることになるだろう。


これまで同様、楽しさと面白さを模索し続けていくだけだ。その結果優れたゲームができれば望ましい。今後、売り上げの減少があるかもしれないが、それは仕方ないのではないか。岩田聡社長はゲームソフトの企画者出身だから任天堂の中だけでなく、他社の有能な技術者の発想も取り入れて面白いゲームを作るだろう。すぐには難しいだろうが、一年程度経てば私の社長時代からの変化が目に見えて出ると思う。


メーカーはソフトを一度売って利益を得た立場にあるわけで、それを買った人が転売しようと捨てようと、個人的にはその人の自由ではないかと思う。ソフト会社はユーザーがすぐ飽きて売らないような、長く持ってもらえるソフトを作ればよい。


(マイクロソフトが)その勝利の信念をゲーム機ビジネスにそのまま持ち込もうというのなら、「全く勝算はないから今のうちにやめとき」と言いたい。Xboxは日本では完敗状態だ。飛躍の可能性は限りなくゼロに近い。欧米でも敗色濃厚だ。ゲーム機ビジネスというのは、パソコンOSとは根本的に違う世界なのだ。彼らにはそれが分かっていない。ゲーム機事業の赤字が今はかすり傷程度かもしれないが、次第にそうでなくなるだろう。「勝つまでやる」と言っているようだが、まるでベトナム戦争の泥沼に突っ込んでいった米国を思わせる。


私はいま、経営体制から離れていますし、これから先も私自身が経営に口出しすることはありません。そこで辞めるにあたって、ひとつ提案をしています。かつて人々が考えたことのないような発想の転換をして、そういうハードを作っていく。そしてそれに対応するハードを作っていくべきなのです。しかもそのソフトは、いま現在作っているソフトに比べて短い時間と低いコストで作れ、これまでのものとは明確に違うという認識をユーザーに持ってもらえるようなものです。話だけを聞いてもらえると、「そんなものが作れるのか?」と言われそうですけど、そういう挑戦をし続けるのが任天堂のビジネスですし、私が言い続けてきた「任天堂のソフト化路線」というのは、実はそういうことを志向することでありました。そんなことを、私からの提案として新経営陣に残しました。そのソフトが具体的にどんなものかは言えませんが、おそらく彼らは近い将来、少なくとも私が生きているうちに、市場に送りだしてくれるだろうと期待しています。


倒産の危機も経験して、借金をすることがいかに惨めなことかを痛切に感じた。借金をしないことだけは、集団指導体制なっても申し送りたい。


いまソニーが成功したと言われています。でもそれは、たまたまいま成功しているだけで、ついこの間までは失敗していました。この業界でいま、最も強いと言われているソニーでさえ、成功と失敗を繰り返しています。明日は失敗するかもしれません。


コンピューターグラフィックスを教える専門学校を作れればと考えている。採算重視のビジネスではなく、若い力からいまだかつてない創造性あるゲームを生み出すことに力を注ぎたい。
無名だが優れたゲームの発掘にも興味がある。クリエーターの登竜門として文学賞のようなものを設け、表彰作品を入札にかける。それを落札したソフトメー カーが商品化して売るというのも手だろう。ゲームビジネスは今や混沌の状況にある。経営者を引退しても、業界の発展について思いを巡らせてしまう。


『ファイナルファンタジー』というのは従来の『ファイナルファンタジー』と違わねばならないのです。同じであるはずがない。ところが今までの『ファイナルファンタジー』というのは、ずっと一貫してひとつの流れを辿ってきました。そして前々作、前作と長い時間と多大なお金を掛けて、そしてCGの威力を最も発揮したソフトに仕上げていくと。それに対して、私の考えは、ゲームソフトを2年、3年かけて作る時代は去ったんで、そういうことをやっていたんではゲームビジネスは栄えない。また、ゲーム会社も利益を得られなくなっていく。ゲームの完成度を高めながら、しかも期間を短縮するという、きわめて難しい問題に挑戦する。こういうことを、ゲームクリエイターは考えていかないとダメな段階に立ち至っているというのが私の考えにあります。


ネットワークゲームは次世代の主流にならない、という私の考えが正しかったと証明されるのを見ずに辞めるのは心残りだ。


NINTENDO 64ソフトは容量の小さいロムカセットを使うが、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』はスクウェアが出す大容量のCD-ROMソフト『ファイナルファンタジーVIII』を圧倒するだろう。ゲームは容量が問題でない事を証明するはずだ。


余裕資金は保険の意味を持つ。当社は新しい市場を作る考えだが、どれだけお金がかかるかわからない。銀行は簡単に貸してくれないし、社債を発行すればリスクを伴う。自前で資金を持ち、必要な時に自由に使えるようにしておくことが必要だ。


人間は有限でしょ。私に辞めろと言う人はいない。自分で決めるしかない。ちょうど、きりの良いのが21世紀。私は、自分が目指してきた任天堂の路線が、現実との間にどれぐらいの違いが生じるのかを、見届けたいと思っている。ぜいたくかもしれないが、思った通りになって、会心の笑みがこみあげる中で 辞めることができたら、これほどありがたいことはない。その節目で、決断したい。


任天堂は一度受けたからといってシリーズの2作目3作目は出さない。任天堂はゲームキューブとゲームボーイアドバンスを連動させて、2やら3ではなく新しいジャンルをつくっていく考えである。


任天堂はポケモンと心中するつもりはない。巨額の制作費をかけた映画なんか作らない。せいぜいアニメ映画である。ポケモンセンター構想は、いろいろな21世紀戦略のひとつに過ぎない。(覚書き|上記発言は任天堂の戦略だけでなく、現スクエアエニックスがファイナルファンタジーの映画化で大損害を受けたことも皮肉っている)


ソフトハウスの囲い込みによって任天堂に勝ったという意見があり、かつてそのような状況があったことは認める。しかし、今は状況が変わっており、役に立たないソフトハウスを大量に抱え込めばいいわけではない。


アメリカの大きな会社が金でソフトメーカーを囲い込んで同じことをやろうとしているが、うまくいかないだろう。来年にはゲーム機を発売するようだが、再来年の年明けには答えが出ているだろう。


たしかにネットゲームを楽しんでいる人はいるし、楽しいんだろうが、結局マニアのものである。これが倍倍ゲームで伸びていくとは考えられない。無数にあるネットゲームの一部が売れている局面が報道されているだけ。これに社運を賭けるようなことはしない。しかし、ライトユーザーが簡単に楽しめるという前提で、ネットゲーム自体は肯定する。


ソフトの数量を求める時代は終わった。ソフトは現在の10分の1程度でいい。RPGがなければ駄目だとか、キャラクターを使用したブランド力に頼った売り方が必要だとか、大容量を活かした映画のようなソフトが必要だとかいう時代はもう終わった。


これからのゲームは交換・収集・育成・追加の4つがキーワードになる。(覚書き|このあと任天堂のポケモンが大ヒットする。上記4つのキーワードを核としたゲーム構成となっている)


ソフト作りはマンネリ化し、新規のユーザーが興味を持つような仕掛け作りが難しくなった。当のソフトメーカーにも利益も出ないところが多い。現在のようなゲームソフトとゲーム機が形成するマーケットは長く続かない。私の感覚ではマーケットはもう縮小し始めている。おそらく来年いっぱいでそれが目に見える格好になるだろう。


将来の結果は誰にもわからないというしかないが、正しいと確信する道を歩んでいるだけだ。当社は市場を啓蒙しようと考えているわけではない。任天堂は任天堂を守るためにやる。照準は来年のクリスマスだ。


今、ゲーム市場を語っている人には本当にゲームを知らない人が多すぎる。シェアにしても米国のように調査機関があるわけでもなく、(NINTENDO64が売れ残っていると指摘される)秋葉原と(子供に人気の)トイザらスでは異なる。プレイステーションを買っている人はどのソフトで遊ぼうという気がなく、ムードで買っている人だろう。


運を認めないといけない。運を実力だと錯覚するということは、これほど愚かなことはないんです。経営者としてね。ところが、人間 ですからついつい運の存在を無視して「俺の力だ。俺のやり方が良かったんだ」と言いたいんですわ、人というものはね。それは駄目。


運です。運が良かったんです。それを「この結果は俺の経営がうまかったんだ」とか「俺に力があったんだ」なんて思うと、もう駄目ですね。運です。


僕個人の意見を言うとね、およそ物事に100%ということはあり得ない。人間ですから。だから「99%駄目だ」ということは言えても「100%駄目だ」ということは言えないんですよ。人間ですから。そこで僕は言っているんですけどもね、「あれは、99.99%駄目だ」と言っているんです。


私はこれまでソフト制作をお願いしますといったことは一度もない。やるのも、やめるのも自由。むしろ(多くのソフト会社が次世代機にソフトをつくることは)やめてほしい。


いま進めているのは、ゲームで遊んでいる人たちに、「一回自分でゲームをつくってみませんか」という呼びかけをやろうということです。何万人か集 まってきたら、ネットワークでそれを結んで、そしてゲーム作りのいろいろなノウハウとか、情報をそこへ送っていくということですね。たとえばそういう人間が五万人か、十万人かいたとしたら、そこから才能ある人が浮かび上がってくるということも考えています。


経営の世界は流動的であり、いつまでも成長し続ける保証はどこにもない。そして、予想しなかったことが起きても「私は関係がない」と経営者は言えない。だから、体質を強化してなにが起ころうとも社員や取引先がショックを受けない会社をつくる、それが私の仕事だ。


ゲームソフトについては今後、売れるものと売れないものの差が歴然としてくる。毎年、多数のソフトが出回るが、ヒット作品の種類は減るだろう。ただ、売れ筋の製品の販売本数は落ち込むことはない。一番遊びたいと思うソフトは景気が悪くなっても懐が悪くなっても消費者は購入する。


世の中の景気が悪くなっており、ゲーム機業界だけに日が当たり不況知らずであり続けられるはずはない。不景気で可処分所得は減り、一般大衆が遊びに回すことのできるお金はどんどん制限されている。そうした限られたお金がどう配分されるかが、今後の市場を占うポイントになる。景気が悪い、悪いと叫ばれると、消費者心理にも影響を与え、ゲーム機業界にも及んでこないはずはない。


同じことをよく聞かされるんですが、何があるんかと僕は言うんですよ。ユニークという企業では、東京のほうがよっぽど多いですよ。それでも京都にユニークな企業が多いといわれるのは、町のスケールに比してという意味だと思うけれどもね。しかし、京都の企業にユニークさなんてそんなにありませんよ。僕が見る限り。


僕らみたいな仕事をしていると、いろいろ迷うんです。これしようとか、あれしようとか。ところが、あれしてもだめ、これしてもだめだということになっていくと、だんだん自分のやれる範囲が絞られてくる。だから、私は何も新しいものを求めていたんでも何でもなくて、考えていくうちに、もうこのへんしかないと。任天堂の行くところは、それしかないと思わざるを得なかったんです。消去法でいけばそうなるんです。


なにより大事なことは、娯楽というものは飽きられるものだということ、ここが必需品と根本的に違うところです。必需品は飽きられない。そして基本 的には、安いほうが売れる。ある品物が売り出されて、それに遅れて同じような品物が売り出された場合、必需品なら二番手でも安いほうが売れます。しかし娯 楽は二番煎じはダメです。たとえ安くても売れない。


お墓も京都にあるし私が住んでいる家も祖父が建てたもので、仏壇もあるし。(覚書き|任天堂はなぜずっと京都にあるのかという問いに対して)


ゲームソフトを作れる技術屋というのはたくさんいます。しかし、本当に才能の豊かな、経験を持った有能な人は極めて少ない。優秀なゲームを作れる人が少ないということは、くだらないゲームなら作る人が大勢いるということです。そんな人に市場を荒らされたら、育つものも潰されてしまう。各メーカーが競争になればなるほど、どうしても多作に走り、ソフトの種類で勝負しようということになる。そうなると、似たようなくだらないゲームソフトが市場に氾濫する。駄作が多く出回ると、消費者は不快感を持つようになる。そうなったら、娯楽市場なんてアッという間に崩壊します。駄作で市場を崩壊させないためにも” 独占”しなければならなかったんです。


全くの新製品を作るためには、常識的な発想では人々を納得させることはできない。新製品に必要なのは、社会通念や習慣を変えるようなものでなければならない。そのためには非常識の発想が必要なんです。みんながこうするから自分もそうするなんていうのは論外です。我が道を行くという考え方、そのためには、他人に煩わされないで、自分の時間を多く持つことが大切だ。人と同じことをやっていたのでは、同じ考えしか出てこないんです。


企業においては、確かに冒険精神は必要不可欠のものだが、なにも現在、小は小なりにうまく暮らせているものを、わざわざヤケドしに行くことはないという気持ちも、私にはあります。任天堂の場合、どこへ行っていいかわからなかった。だが、現実に何かしなければ会社がなくなってしまう。そういう危機意識が非常に強かったんです。


任天堂は大きく変身したといわれるけども、それはわたしたちが、時代の変化を予測したとか、会社を大きくしよう、もっと儲かる仕事をしようなどと思ってやったことではないんですよ。花札やトランプは、もうこれ以上伸びないことがわかった。それならばこれからどうするのか、いったいどうしていいのか がわからない。経営者にとってこれほど苦しいことはない。そういう時代が長く続きました。そうしたときにマイコン革命が始まった。いやでもその道を行くし かなかった。ひたすらその道を歩みつづけた結果、任天堂自身が変わっていかざるを得なくなった。それだけのことなんですよ。


(主力商品を花札からテレビゲームに切り替えたことについて)時代が変化したんです。そのため止むを得ず転換を図った。それだけのことでしかない。それ以降、幾多の苦難を経ながら、ともかく生き延びてこられたのは、本当に運がよかったからだ。 もっといえば、明確な経営戦略などがあったわけではなく、文字どおり試行錯誤の連続でその失敗の積み重ねの中から、少しずつ体で覚えて勉強し、それを材料 として、たまたま幸運に恵まれて、昭和55年からようやく急成長の波に乗った。要するに、任天堂は運がよかっただけなんですよ。


任天堂の急成長がよく話題にのぼるでしょ。トランプと花札の老舗が、先端技術を使ったゲーム機メーカーに様変わりしたこと自体が、不思議でしようがないことのようにいわれることもある。あるいは、外から見ると、なにか大層な戦略展開をしたように見えるかもしれない。しかし、事実は全く違うんですよ。花札とトランプから離れていった理由は、これら伝統的な遊びの人気が落ちたからなんです。


人事を尽くして天命を待つというが、人事なんてなかなか尽くせるものではない。そのときは、やるだけやった、あとはどうなっても満足だと思うかもしれないが、しくじったら、そのとたんに、ああしておけばよかった、こうもすればよかったと、次から次に反省が生まれるものです。だから、どんなに人事を 尽くしたつもりでも、人間は所詮は天命を待つ心境にはなれない。そういう意味でもわたしは、任天堂の名の由来のごとく、人事を尽くして天命を待つのではなく、単純に「運を天に任せる」という発想を積極的に取りたいと思っています。


わたしは、人間には持って生まれた運・不運があるということだけは固く信じる。やはり運がいいとか、悪いということは絶対あり得ると思うし、ツイている、ツイていないということもあると確信している。しかし、じゃあ、どこでどういうふうにツイていると判断するのか、なにかその物差しがあるのか、あるいは運のいい人と悪い人を見分ける方法があるのかということになると、そんなものはあるわけがないとしか言いようがない。人生は要するに向き不向きと、人知の及ばざる運・不運で決まるのではないか。そういう意味で運を信じているということなんです。


祖父の社訓は、あくまで祖父のもの、決してぼくのものやない。


ヒットのノウハウなんて、わかれば苦労しない。たとえあったとしても、それは絶対、活字なんかになり得ないことなんだ。そんなもん、どうやったら金が儲かるか、どうして趙治勲(ちょう・ちくん、韓国生まれのプロ囲碁棋士)が強いのかという質問と同じなんだ。答えなんてないで。


市場調査?そんなことしてどうするんですか?任天堂が市場を創り出すんですよ。調査する必要などどこにもないでしょう。


世間にはよく成功した人間を尊敬する人がいるけれど、それが僕には不思議でしようがない。たまたま運が良かっただけの人を、どうして尊敬できるんでしょうかね。


娯楽という分野は、つねに従来と異質のものを開発しなければならないのです。つまり改良の程度ではダメです。このビジネスの世界は一日かかって説明しても、なかなか理解してもらえないのではないかと思うほど難しい。


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