山内孝の名言 一覧

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山内孝のプロフィール

山内孝、やまうち・たかし。日本の経営者。自動車メーカーマツダの社長。広島県出身。慶應義塾大学商学部卒業後、東洋工業(のちのマツダ)に入社。計画管理部担当部長、企画本部長、取締役、常務、専務、副社長などを経て社長兼CEO(経営最高責任者)。

国から言われたことにそのまま従うのでなく、独自にできることがあると考えるのがマツダのDNA。これがあるから、GMやクライスラーは破たんしても、小さな我々でもやっていける。


技術者は、経営感覚を持ち、全体を見渡せる人が求められています。ただし、マツダでは昔ながらの豪傑が新技術を生んでいくでしょうけど。


マツダはこれから先リストラを二度としません。最終的には、人が決め手になると思います。海外の工場や販社で働く外国人を含めて、「マツダで働きたい」と考える人を大切にする会社であり続けたい。


新興国では、これまで10年ほど取り組んできました。学んだのは、安売りをせずにブランドをつくる大切さです。マツダは新興国で、安いクルマで量を追う戦略はとりません。


反骨といったら怒られるでしょうが、世の中がEV(電気自動車)やHV(ハイブリッド車)に動くなら、我々は独自にできることがあるはず。そう考えるのがマツダのDNAです。だからGMやクライスラーが潰れる時代でも、この中規模の会社がなんとか頑張ってこれたのです。


2005年ごろになるとマツダがどう輝くかを考えるようになった。マツダは年間1000万台売れる企業にはなれないし、なるつもりもない。それでも存在感を持つには、技術と顧客満足度を追求するしかない。


誰も助けてはくれない。だからこそ、マツダはアイデンティティを確立する。生き様は自分たちが決める。そして、その戦略を実行することに尽きる。


部門を超えて、開発と生産と購買と部品メーカーも一緒になって車両をつくるなんて、普通は考えられないこと。小さい企業だから、意識が統一しやすい。


1990年代後半にフォードの力を借りて経営再建に取り組んだ際、「変革か死か」と突き付けられた。


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