小飼弾の名言 一覧

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小飼弾のプロフィール

小飼弾、こがい・だん。日本のプログラマー、アルファブロガー。米国カリフォルニア大学バークレー校中退後、ディーエイエヌを設立。その後、オン・ザ・エッヂ(のちのライブドア)取締役、フープス取締役、オン・ザ・エッヂのCTO(最高技術責任者)などを務めた。自身のブログ「404 Blog Not Found」で情報を発信している。主な著書に『小飼弾のアルファギークに逢ってきた』『小飼弾の「仕組み」進化論 生き残るための”新20%ルール”』『空気を読むな、本を読め。小飼弾の頭が強くなる読書法』『達人に学ぶPerl/CGI道場』など。

素直さというのは、世の成功者と呼ばれる人に共通する行動特性のひとつといってもよいでしょう。


ビジネス書を読んで優れたビジネスマンに大化けする人というのは、逆説的な言い方をすれば、優れたビジネス書を選び出す能力に長けた人ではなく、むしろそこに書かれていることを素直に受け止めて実行する人です。


まだ成長途上にある若いビジネスマンなら、論旨明快で完成度の高いビジネス書ではなく、論拠が穴だらけで少し怪しいビジネス書が面白いと思います。読みながら「本当かよ」「それは違うだろ」と思わず突っ込みを入れる。それがかえって頭のトレーニングになるからです。


私は本の選び方にしても特別なノウハウを持っているわけではありません。良い本との出会いは人間同士の相性と同じで、自然と出会えるものです。


先進国のビジネスマンが成功しようと思うなら、もういい加減に「何かの役に立つために本を読もう」などという、発展途上国の発想をまず捨てるべきです。そして、新しいものを創りだすイマジネーションを育ててくれるのがフィクションです。


社会人になったばかりの新入社員には、時間が許すならば、ビジネス書のようなノンフィクションではなく、フィクションを読むことを勧めたいですね。フィクションを勧める理由をひと言でいえば、「物語というのはたかが物語ではない」ということです。物語の世界というのは、現実の世界よりも広くて深いのです。フィクションだからといって侮ってはいけません。人間が何か新しいことをやるときは、必ずといっていいほど、ファンタジーの世界から入っていくことが多いのです。それは月面着陸でも、リニアモーターカーの開発でも同じです。


実利に直結した本を読みたいなら、それぞれの分野で教科書といわれている本を選んだ方がよいでしょう。それは、専門書です。コンピュータの世界に身を置いてきた私を例にとると、『K&R』という本があります。コンピュータ言語の解説書で、バイブルともいえる本です。ただ、これを素人が読めるかといえば、そう簡単には読めません。やはり、ある程度、コンピュータを勉強した人にしか理解できない。でも、本当に実利に直結する本というのはそういう本です。


本はまず読んで面白いかどうかが大切です。だいいち、溜飲の下がらない難しい本ばかり選んで読むほど不快なことはありません。読んで気持ちがいい本、つまりエンターテインメントとしてのビジネス書は、それはそれで存在価値のある本なのです。


アウトプットは質より量です。普段から何も書いていないのに、「いいアウトプットができない」と愚痴る人がいますが、僕に言わせれば「10年早い!」です。量が伴わずに、質が向上するわけがないのですから。


ブログのようなオープンな文章は、みんなに共感してもらおうと意識すると、とたんに行き詰ります。まずは確実に読んでもらえる相手を見つけて、その人に向けて語ることが肝心です。


量が積み重なって質的な変化を起こす臨界点のことを、クリティカルマスと言います。たとえば、スポーツや楽器のクリティカルマスは1万時間だとよく言われます。最初は練習しても大して上達しないが、1万時間を突破すれば、突然技術が飛躍的に伸びるというわけです。1万時間というと、毎日三時間弱でも約10年かかります。


かつてピカソは、「凡人は真似る。天才は盗む」と言いました。凡人は単にコピーを繰り返すだけで、天才はコピーにアレンジを加えて自分のものにするという意味ですが、結局、どちらも起点はパクリです。天才の個性も模倣から生まれるのですから、とにかく気にせず真似をすればいいのです。


本は読みたくなったときが読み時です。義務的に読む本ほどつまらないものはありません。読書は快楽であり、遊びのひとつです。そうした読書で得た知識や思考力は、自然の自分の力になり、結果的に文章を書くときにも活かされます。


じつはパクリも楽ではありません。同じものを何度も真似ていると、次第に面倒になり、もっと楽をしたくなります。プログラマーは同じ命令文を何度も書くことを嫌います。プログラムに同じ命令文が出てきたら、それらをひとまとめにして書き直し、作業を簡素化します。そのまとめ方にプログラマーのセンスが表れます。


上司に報告書を書くなら、まず自分が気に入っている上司や先輩の報告書をそのままパクってください。報告書のスタイルに著作権なんてないのだから、好きなだけパクればいい。そっくりそのまま人の文章をパクっていると、やがて「自分ならこう書くのに」という違和感が生じます。この違和感こそが、何を隠そう、個性の正体です。つまりパクることなしに個性を語ることはできないのです。


はじめから自分の個性に気づいている人はほとんどいません。人はどうやって個性を知るのか。出発点はパクリです。


人の文章も何度かまめると、「これは毎回使うフレーズだ」「お客様にも見せる場合は、いつも構成が同じ」というように、何らかの共通項が見つかります。それに気づけば、自分なりのフォーマットをつくって作業を楽にすることもできます。そこまでいけば、すでに立派な個性です。


文章を手元に残して熟成を図ると、書いた当時の延長線上でしか思考は深まりません。しかし、いったん忘れてしまえば、「自分はこんなことを考えていたのか」と客観的に見つめ直すことができます。僕もよく自分の過去の文章を引っ張り出して再利用しますが、文章を一度手放して、ひとつの素材としてとらえ直しているからこそ再利用も容易になるのです。


書いたそばから外に出すと、自分もその文章について忘れることができます。もし自分で一次情報の発信と加工の二役をやるとしても、一度忘れてしまうことには大きな意味があります。再び自分の文章と出会ったとき、新鮮な気持ちで相対することができるからです。


自分の書いた文章は、下手に手元に置いて熟成を待つのではなく、とにかく外に出すべきです。一次情報を発信する人と、それを加工する人が同一でなければならない理由はありません。一度外に出せば、誰かが読みやすくまとめてくれたり、その人なりの視点で他の情報と組み合わせてくれるかもしれません。ネット上でよく見かけるまとめサイトはその典型例です。極端な話、誰かがより良くしてくれるなら、ツイッターでダダ漏れさせてもいいのです。


文章の上達のために、仕事で求められる文章だけでなく、日々感じたことをツイッターでアウトプットしてもいいでしょう。短い文章でも、書き続ければ、いずれはクリティカルマス(成果が一気に跳ね上がるポイント)に達します。それを信じて、まずはひたすら書き続けることです。


技術がなくてアウトプットに失敗した人と、何も書かずに安全圏にいる人がいれば、僕が評価するのは前者です。何も書かずに利口ぶっている人は、失敗する人よりレベルが低い。一生、クリティカルマス(成果が一気に跳ね上がるポイント)とも無縁でしょう。


「上手く書けないのにアウトプットするのは恥ずかしい」と考える人もいます。自分のアウトプットに対して低評価を下されることが怖いのかもしれませんが、それは「自分ならうまく書けるはずだ」という過度な期待の裏返しです。どうせ10年は上手く書けないのですから、開き直って書きはじめるべきです。


古典はテキストを切り取って読んでも、あまり意味がありません。古典最初から古典であったわけではなく、著者が同時代に生きる人に向けて書いた作品です。つまり、どのような時代のどんなときに誰に向かって書かれたのかというコンテキスト(背景や意味の文脈)を理解してこそ、はじめて古典を深く読み込み、自分のものにすることができるといえるのです。


本は気の向くままに選べばいいと思いますが、大人になってからではないと読み込めない本のひとつが古典です。子供のころに『百人一首』を覚えた人は多いかもしれません。しかし、その内容を理解できたのは、おそらく大人になってからでしょう。古典を理解するためには教養が必要です。古典を読むから教養が身につくわけではなく、教養があるから古典を読めるようになり、それがまた教養をつくるのです。


本への興味を高めるために、自ら情報断ちをして情報への飢餓感を煽ってもいいと思います。とくにテレビは情報のファストフードで、何も考えずに見ていると、すぐ「情報メタボ」になってしまいます。テレビを見ないと決めるだけでも、本に手が伸びる機会が自然に増えるでしょう。


ブログで何から書き始めていいのかわからなければ、相手の言ったことに対してツッコミを入れてみてはどうでしょうか。自分からアクティブに発信するのではなく、リアクティブ型なら、語る相手も明確になるし、あまり構えることもなく書きはじめられるはずです。


ビジネス文書は、たいてい読み手が限られています。ただ、その場合も相手の想定は一人に絞った方がいい。たとえば部長に企画書を提出するなら、部長に向けて書くべきです。そのあと、本部長、役員が読むかもと考え始めるときりがありません。目の前の人を説得できずにその先にいる人を説得できるはずがありません。遠くを見すぎては駄目です。まず目の前の相手に語るべきです。


文章を書きはじめられない人は、文章を書くのではなく、語ることから意識したほうがいいと思います。不特定多数に向けた文章を書くのは、書くことに慣れていない人にとってもハードルの高い作業です。顔も知らない読み手にどんな言葉が響くのか、容易にはわからないからです。しかし、具体的な相手がいれば、その相手に語るようにして言葉や表現、内容を選ぶことができます。


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