小田禎彦の名言 一覧

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小田禎彦のプロフィール

小田禎彦、おだ・さだひこ。日本の経営者。老舗旅館「加賀屋」社長・会長。石川県出身。立教大学経済学部卒業後、祖父が興した加賀屋に入社。加賀屋社長・会長のほか、七尾商工会議所副会頭、和倉温泉旅館協同組合理事長、七尾マリンシティ推進協議会会長、石川県人事委員会委員、七尾市観光協会会長、能登半島広域観光協会理事長、石川県観光連盟副会長、JTB協定旅館ホテル連盟会長などを務めた。

従業員が働く上で障害となっている問題を取り除くのは、長く働いてもらうためにも必要不可欠なこと。


新機軸を打ち出したことで、ほかの旅館との差別化につながった。


私は経験上、「6割いける」と思ったら投資に踏み切るべきだと考えています。


常に旅館の新しい形を追求し続けることが、加賀屋のブランド力を高めることにつながる。


設備投資の判断は、多くの経営者にとって最も迷うものの一つでしょう。しかし、会社を強くする投資には、コストをかけてでも取り組むべきです。


社内には「ミセス・アンケート」と呼ばれる、アンケート分析の担当者がいます。彼女にお客様のおしかりの声を分類してもらっています。


お客様が加賀屋に対して抱く期待は相当高いと言ってもいいでしょう。私たちには期待と同じか、それ以上のサービスが求められています。


相手の喜びを自分の喜びのように感じるホスピタリティーの精神は、お客様の笑顔を見た時に「お役に立ててうれしい」と自然に思う心そのものです。


従業員が充実感を覚えながら働くようでなければ、付加価値のあるサービスは提供できない。


組織の力を合わせて、SDA(永続する競争上の差別化)を表現できるかが重要です。これが簡単にはできない。自分たちの資源というものを、投資を厭わずしっかり育て、ほかと違う絶対に負けないものを出していけるのかどうか、それが将来の決戦に勝つ道だと考えています。


マーケティングの原点はお客様が抱えている問題を解決することなんです。だからお客様はすべて安いものがほしいと思っているわけではなく、自分たちの需要を満たしてくれる本物を提供してくれるところはどこなのか、きっと探してくださるはずです。ですから、自分たちのターゲットマーケット(対象購買層)を見つけることが大切です。


一人のお客様が「これはダメだな」とお感じになると、「こんなところ、来なければよかった」という思いが、他のお客様に伝わり、「じゃあ、私も予約してあるけどやめたわ」となり、一気にお客様が減り、売上が減る。どんどん坂道を転げ落ちていくということになる。その反対に、一人のお客様が「よかった。あなた、行ったことないの。私、もう一ぺん行きたいから一緒に行きましょう」となれば、リピーターになり、いい回転をしていく。まさに天国と地獄というのはこのことだと思いますね。


世間を知らないで加賀屋の中にだけいると、いつしかお客様の立場で考えずに料理をつくってしまい、それでいてこれが一番いいんだと思いこんでしまう。これはこれでいいんだという自己満足にもなりかねないわけですね。加賀屋の常識と世間の常識とが乖離してしまい、オーナーをはじめとして社員の誰もがそういう認識ができなくなれば、いずれは廃業につながる。


こんなことがありました。あるお客様がお母様の形見の写真とご位牌を持って、「お母さん、来たわよ」と言われるのを私どもの客室係が耳にした。子細を尋ねると、亡きお母様が加賀屋に来るのを楽しみにしていたが果たせなかったとのこと。それで、客室係が調理係に伝えて陰膳(かげぜん)と精進料理一品とを用意してさしあげた。それでお客様一行が涙、涙で喜んでくださったのです。これは客室係だけでできたわけではありません。調理師がその話を聞いて、「おお、そうか。忙しいけどつくってやるぞ」と客室係が気を利かしたことを形にしたわけですね。こういうところが加賀屋でなくてはなりません。


形どおりのセリフがマニュアルの欠点として指摘されているわけですけれども、積み上げてきたものを伝えていくときには60、70%の決め事は伝えていかなければならない。しかし、100まで網羅しようとするとマニュアルの欠陥が出るので、この上は個人で自分のよさを努力して表現していきなさい。こういうところが加賀屋の流儀の良さなんです。


私どもは災難は災難だけど、打ちひしがれていてはダメで、いまこそ知恵も出して、禍を福にかえるようなことができないかと考えました。お得意先へお見舞いに人を出し、お見舞いに来てくださる方をお迎えする。それから全員集会を開いて社員同士がもう一ぺん、加賀屋の一員として心を通じ合ってがんばろうという機会を持つ。そして、お客様がいないこの機会に、もう一ぺんサービスをみがこうと、講習会を観光会館を借りて実施する。それから寿司職人も今のままではダメではないかと、銀座の「久兵衛」さんに修業に預かってもらう。その他、コンベクション、ブラストチラーという「蒸す、焚く、焼く、煮る」が何でもできる夢の調理器具ですが、この機会に使えるようにトレーニングに行かせた。このようなことで、教育、慰問をしました。
【覚書き|2007年の能登半島地震で被災した当時を振り返っての発言】


顧客とは飽きてくるものです。昔から繁昌する旅館とは槌音高く、いつもトンチンカンと大工さんが入っている。これが活気を呼び、楽しみとなって膨張、拡大してきたわけです。お客様を飽きさせない要素として、お客のニーズに合わせてどんどんその時代のものを先取りしてきたのが加賀屋です。


アンケートとは不思議なもので、2万5千枚から100枚抽出してもだいたい同じパーセンテージで出る。ですから一団体で何かがあったときは同じような評価になる。少数意見でもしっかり的をついてくるように感じます。


客室に設置しているアンケートはがきが重要です。私どもでは年間30万人のお客様がお越しくださいます。そのうち7~8%の方から2万5千枚のアンケートはがきの回答を心強いご支援としていただけるのです。これを注意深く見ていくわけですね。一番怖いのは「これが悪かった。直しなさい」という内容です。しかし、書いてくださる方はまた来てくださる可能性があるわけですよ。「加賀屋なんか、もう来るか」と思う人は書かないわけですから。これを経営者、社員が心の目で読めるかどうか、お帰りになるお客様の表情を読み切れるかどうか。「お客様が無茶を言っている」ととらえるとどんどん垢がたまっていく。採算のとれないものはできませんが、お客様の声は神の声であるという気持ちで、できるものはすべて改善していき、お客様の判定を待つべきです。


近代ホテル経営に科学的かつ合理的な技術を導入し、ホテル産業を近代産業に脱皮させた人物エルズワース・スタットラーの言葉に、「お客様の望むことをやってさしあげなさい、お客様の望まぬことをやってはなりません」という言葉があるんです。いまでこそ意味が分かりますが、かつての旅館のサービスとはそうではなかった。お客様個々のニーズの多様化、個性化、高度化をどう嗅ぎ分けていくのか。まことにむずかしいですね。


畳、布団、着物、和食、これは日本を代表する文化ですね。これがどんどん消えつつある中で和風旅館とはどういう選択をしていくべきなのか。日本独自の文化に支えられた旅館も残っていかなければならないのでしょうが、お客様のニーズの変化で揺れ動かざるをえないわけです。そこで私どももいろいろな新しいことに挑戦してきました。


元来、旅館業というのは歴史を見ても、たいへん古い業態です。一方、お客様のご要望というのは時代背景とともにどんどん変わってくるんです。ですから私ども旅館業はお客様が望む価値を継承していくことがひとつ。同時に時代とともに変化するお客様のニーズに常にお応えし、選択していただかなければなりません。


接客に集中し、お客様の立場に立って物事を考えるようにするためにも、従業員の負担を取り除き、向上心を持って気持ちよく働ける環境を整えてあげる必要がある。


加賀屋にも接客のマニュアルはありますが、それはあくまで正確性を担保するための「型」にすぎず、あるべきサービスのうち6割くらいしか実現できません。残りの4割はその人の裁量、すなわちホスピタリティーによってもたらされる。ですから、ホスピタリティーも磨いて、100%のサービスに近づけていくことを目指しています。


お客様のおしかりの声は大きく分けて3つのパターンです。

  1. 一番多いのが、「お客様の立場で物事を考えず、自分の段取りを優先してしまった」というパターン。
  2. 2番目に多いパターンが、「一言多い」「言い訳」。
  3. 3番目のパターンは、「こうしてほしい」というお客様のニーズに応えられなかったケース。

顧客ニーズの変化の手がかりにしているのが、お客様アンケートです。その中には、顧客が求める良いサービスとは何なのかを考えるためのヒントがたくさん詰まっています。


恥ずかしい話ですが、私が大規模な設備投資に踏み切ったのは、1970年代のある出来事がきっかけでした。妻である女将の真弓が「部屋が古い」とお客様からおしかりを受け、おわんのふたを投げつけられたのです。設備がきれいなほかの旅館と比較されて悔し涙を流す妻を見て、旅館のメンテナンスを怠れば、妻のみならず従業員のモチベーションは下がり、停滞につながると痛感しました。


立派な宿泊施設は、客室係の良質なサービスを引き立たせる舞台装置になる。施設がオンボロで使い勝手が悪くては、どんなに素晴らしい接客を提供してもお客様に満足してはいただけません。


料理自動搬送の導入を決めたのは、客室係が辞める最大の理由が「料理を運ぶのがつらい」というものだったからです。料理自動搬送システムを導入して以降客室係の平均勤続年数は10年を超えました。また、料理を運ぶ時間や労力が軽減されたので、接客に一段と集中できるようにもなりました。


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