小椋佳の名言 一覧

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小椋佳のプロフィール

小椋佳、おぐら・けい。日本の作詞・作曲家。東京大学法学部卒業後、日本勧業銀行に入行。同行に勤めながら音楽活動を行った。証券部証券企画次長、浜松支店長、本店財務サービス部長などを経験し26年勤務したのち退行し東京大学文学部哲学科に学士入学。音楽活動と学業に励む。CMやドラマ・映画などにも使われた楽曲を多数制作した。代表曲に「俺たちの旅」「さらば青春」「シクラメンのかほり」「愛燦燦」など。

やりたいことをやるには、日頃から自分で「環境づくり」をする必要がある。


人間は自分が好きで、かつ得手なものを仕事にするのが一番いい。


いつも考え続けているからこそ、商品開発など新しいアイデアが生まれてくる。


大事なのは「私は何が得意なんだ」ということです。「何が好きなんだ」だけでは、企業内で存在する意味がありません。もっとも、得意技は一朝一夕では身につかない。修行と辛抱が必要なことは言うまでもありません。


「私」というものを持たないと駄目です。いままでは企業が「私」を決めてくれた。これからは、サラリーマンは「私って何だ」と問いながら生きていかなくてはならない。厳しいことですが、本来の人間の生き方になったといえるでしょう。「私って何だ」と問いかける中で、「私って何が好きなんだ」「私は何をやりたいのか」というのが出て来るでしょう。


「君の面倒は一生見てあげるよ。ここにいて真面目にコツコツやりなさい」と言われて企業の命令に従っていると、ある日とんでもない裏切りにあったりする。そういうことが平気で起きてくる。


これからのサラリーマンはいままで以上に「得手で好きなもの」を見出さなければならないでしょう。これまでは終身雇用、年功序列というありがたい制度があって楽に生きてこられた。自分の価値を持たなくても組織の価値構造の中に組み込まれてしまえばよかった。しかし、時代は変わりました。すべてにおいて、自己選択的に生きていくしかないのです。


よく「激務のなかで、よく二足の草鞋を履けましたね」といわれます。ただ、自分ではそうしているつもりはなかったですね。1曲つくるのにかかる時間は、約3時間。年に約50曲つくっていたので、年間150時間です。一方、銀行の仕事は、残業や休日のお付き合いのゴルフも含めて、年間2400時間費やしていました。それに比べたら、何でもありません。お正月休みにまとめて30曲つくってしまうこともあって、そもそも普段、作詞作曲の作業に時間を割くことがほとんどないのです。


意識していたのは「自分の手柄を上司の手柄にする」ことです。そうすると、あれこれうるさくいわなくても自ずと「あいつに任せておけばいい」となる。これを若いころから続けていたので、40代になってなおのこと自由に仕事ができたのだと思います。


新商品開発のために「国際財務サービス室」が新設され、その初代室長に任命されました。実は私は、以前から行内で「総合金融業化」を訴えてきました。25~26歳のころ、銀座支店で資生堂グループの担当になったのですが、同社は関連会社が多く、グループ内で大変な額のお金が動いていました。これらのお金をすべて取り扱えれば、大きな利益になります。そのためには、銀行業の枠を超えて総合金融業化する必要がある。その考えを「資生堂論」という論文に書いて提出したのです。そして論文を出した後も、ことあるごとに私は総合金融業化を主張してきました。上層部は、それを知っていたのでしょう。国際財務サービス室が新設されるときに、「あいつにやらせてみよう」という話になったようです。


新商品を開発するには、それまでの銀行業の枠組みにとらわれていたらダメで、銀行と証券、保険の垣根を取り払った「総合金融業」としての視点が大切でした。


自然と創作の意識を24時間持ち続けるようになっていきました。歌のヒントになるものを私は「歌種」と呼んでいて、その歌種は日常に潜んでいるものなのです。


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