小林陽太郎の名言 一覧

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小林陽太郎のプロフィール

小林陽太郎、こばやし・ようたろう。日本の経営者。富士ゼロックス社長・会長。ロンドン出身。慶應大学経済学部卒、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでMBAを取得。富士フィルムに入社後5年の実務経験を経て富士ゼロックスに移る。取締役企画部長、販売本部長、常務取締役営業本部長、副社長など経て社長・会長に就任。経済同友会代表幹事などを務めた経営者。

私はオリジナルな考え方があるというより、人の話をよく聞いて活かそうとしてきた。


人が優れているとか劣っている、あるいはできるとかできない、ということを知識だけで判断することはきわめて危険だし、間違っている。


ビジネスや経営に知識は必要である。だが同時に、知識だけでは判断しえない社会の状況が数多くある。


企業は経営者次第といわれる。しかも業績がよくなる時より悪くなる時の方が経営者の占める比重が大きい。


面白いと思えなければ、仕事はよくならない。仕事がよくならなければ、会社は強くならないし、社会貢献もできない。


偏見だと非難されても、自分の意見を持ち勇気をもって発言することを恐れないでほしい。それなしでは、従来なかった技術、従来なかった発想などは生まれない。


必要なのはセンス・オブ・オーナーシップです。何事も他人事にしない自己責任に裏付けされた強い当事者意識です。チャンスが与えられ、本人にやる気があれば、人は変われる。


ある条件について部下から、「これはもう決めです」と言われても、「本当にそうか」と少しでも疑念があり、自分で納得できなければ躊躇せずに戻す。逆に自分が納得できれば、周りが躊躇しても決断すべきです。


人を学歴や出身で、「この人は安心だ」「あの人は聞いたことのない会社から来たから心配だ」と判断するのは間違いだ。チャンスが与えられ、本人にやる気があれば、人は変わる。


いま、リーダーに問われるのは、経済性と社会性、人間性を両立させる判断力と決断力です。


行動は大切ですが、ものごとを深く考えなくてもよいと思っている人も多いのではないでしょうか。しかし、周りに飛び交う情報が多ければ多いほど、本当は考えなくてはいけない。取捨選択したうえで、さらに答えを探るべく、深考することが求められている時代なのだと思います。


いまは、まさに玉石混交の状態で、情報が氾濫する時代であり、さらにそれらを分析した二次情報、三次情報も容易に手に入れることができる。ゆえに、よい情報さえ得られれば、あたかもそこに答えがあるように思えてしまい、考えずに動く人が増えているようです。


素心深考。その文字が表わす通り、素直な心で、しっかり考えるという意味です。とにかく考える前に早く行動しろといったことが尊ばれる現代だからこそ、あえて時間をかけて思慮することを大切にしたい。そのためには、心のありようが素直なことが不可欠なのです。


社長に就任してまもなく、デミング賞(品質管理に関して優秀な企業に与えられる賞)にチャレンジするかどうか迷ったことがありました。全社的に品質管理に取り組んでおり、さらなる前進に向けて気持ちが高揚していた時期です。様々なことを考えた末、雑念を捨てて踏み出すことに決め、授賞に至りました。


石油ショックのとき、当社は国内コピー機市場でのシェアを大きく落としました。それまで60から70%のシェアを握っていたのに、50%をあっさり割り込んでしまった。攻勢を仕掛けてきたのは、後発メーカーのリコーさんでした。なぜリコーに顧客を奪われたのか。直接の原因はリコーが安くて優秀な製品を投入してくる中で、当社が安易に値上げしたことにあります。不況が深刻化し、顧客企業の経営も苦しくなっているのだから、本当はぐっと我慢すべきでした。
【覚書き|小林氏の当時の役職は営業担当常務】


シェアが急落する過程でも、我々はライバルの力を正当に評価することができませんでした。リコーの機械は確かに安い。しかし、うちの製品に比べたら、性能や信頼性がまだまだ劣るはずだ。そうでないなら、採算度外視の安売りに違いない。そうした見方が社内の大勢を占めていました。
【覚書き|オイルショック時にリコーにコピー機シェアを20%近く奪われたときを振り返っての発言】


当社は物事を合理的に考え、人の能力を最大限に引き出す経営を会社の柱に据えてきました。それはいま、当社の不変の遺伝子とも言える理念になっています。


会社にTQC(全社的品質管理)を導入した際、朝香先生(東大名誉教授、朝香鐵一氏)にまず指摘されたのは「あなた方、経営幹部の言っていることは、社員の働きが悪いという愚痴ばかりだ」ということでした。これは私にとって強烈な言葉でした。確かに私の心の中にも、こんな強力なライバルの出現をなぜ現場の人間が見過ごしていたんだという気持ちがありましたから。先生の叱責を受けて「まず組織の上に立つ者が頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない」と痛感しました。


経営にTQC(全社的品質管理)を入れるということは、事業の現場で起こっている事実を正しく正しく認識し、優先順位を明確にしたうえで必要な対策を講じていくことにほかなりません。科学的、合理的な考え方に基づいて、経営を効率化するということです。


組織の上に立つ者が、まず頭を切り替えなければ、競争に勝てる戦略は生まれてこない。
【覚書き:オイルショック後、利益を維持するために商品の価格をあげたことが裏目に出て、他者にシェアを奪われたことに対しての反省の言葉】


仕事は常に人間によって行われ、人間のつながりによって進行していくことを忘れてはならない。


我々も人間の集団でした。業績が上向くにつれ、内部に安心感が生じ、緊張感を継続するのが難しい状況が生まれていきました。


ビジネスのあり方はプロダクトアウトから、マーケットインへ進み、これからはソサエティインの世界へと入っていきます。マーケットの枠組みを超えて社会が必要とし、社会にとって価値あるものを探り提供していく。とすれば、データや数字以上に、社会を構成する一員である自分に対して正直であることが何よりも大切です。


「モーレツからビューティフルへ」のキャンペーンも、「ゼロックスの複写機は性能はいいが高い」というイメージに対し、「高くない」と訴える泥臭い広告はあえてせず、「ゼロックス」という新進企業としてのイメージを発したものでした。


企業が健全な利益を生むためには、顧客・従業員・社会・そして株主に対する責任を果たしていく必要があり、そのことがひいては、長期的な株主の利益を実現することになる。それが、ステークホルダーズ・マネジメント(利害関係者経営)に徹するということだと思います。


私はそんなスーパーな存在ではない。たまたま会社が始まった頃、当時では珍しいMBAを持っていたのと、若くして日本や欧米の立派な経営者と会うことができ、多くを学ぶ機会に恵まれただけです。


私は慶應義塾大学を出て1956年に、ペンシルベニア大学ウォートンスクールに留学しました。何のビジネス経験もなしにビジネススクールに行くというのは無茶な話で、後輩たちにはビジネス経験をきちんと積んでから行くように話しています。


企業のリーダーにはさまざまなタイプの人がいて、彼らとの出会いを通じて「この人は素敵な話し方をしている」とか「あの人のスタッフへの対応の仕方はすばらしい。あのように言われたら話を聞かざるをえない」といった気づきが数多くある。だから若いときから、そういう機会をいろいろなかたちで数多く持ち続けることが重要であり、同時に我々が、若い人たちのために、そういう機会をつくることが非常に大切なのだ。


最新の知識がいつぱいに詰まったハウツー書を、一所懸命に読みあさることに益はない、と言うつもりはない。だが、それらの本に書かれていることの大部分は、ある時期に限られたものであり、短期間で旬が過ぎ去ってしまう。その点、古典とは、短い旬を乗り越え、ある意味で「永遠の旬」とでも言ってもいいような普遍的な価値を持つ考え方だ。これからの若い世代のリーダーが、古典のエキスパートになる必要はない。また「広く物事を考えるためのベースとなる素養を、何によって身に付けていくのか」という問いに対して、古典がすべての回答であるとも思わない。しかし、古典は時代を越えて、自己観照のベースとなる視野を広げ、長いスパンで物事の本質をとらえることを可能にしてくれると私は思うのだ。


学生時代は別にして、社会人になってから正面を切って古典にふれる人は、おそらく少ないのではないか。極端な話、古典はホコリをかぶって本棚に置かれているようなイメージを抱いている人が多いが、決してそうではない。現代に生き続けている古典とは、いくつもの時代を越えて、非常に長い「旬」を持ち続けている考え方であり、思想なのである。


企業人としての経験を持たない人たちの視点に学ぶことは重要である。私が富士ゼロックスの社長を務めていたころは、新入社員教育にかなり時間をかけた。新入社員にとっては、社長に会い、直接ビジョンや信念を聞く機会だったかもしれないが、私にしてみれば「若い人たちは物事をそのように考えているのか」と気づかされることが多く、ものの見方を広げる上で非常に貴重な経験だった。


私自身にしても、特に自分が人に関して下した判断が「最終判断として十分だ」と、いつになったら言えるのかはまったく分からない。だからこそ、常に進行している「ing」の中で、今の自分も自己観照を通じて人間を見る目を磨いていく過程にすぎないと思いつつ、さまざまな判断を下していかなければならないと、考えるようにしている。


人間は、知識では測り知れないプラスアルファの部分、もしくは神秘さのようなものを数多く持っていると私は考えている。地位が高いとか低いということは関係なく、私たちは人間をそのような視点から見ていく必要がある。ゆえに知識と経験をふまえた上で、そこに自己観照という作業を加えて、時間とともに、人間を見る視点を磨いていかなければならない。


かつて私は「長男とはこうあるべきだ」とか「一流企業の社員とはこうあるべきだ」というステレオタイプに、自分自身のあり方をはめ込んでいたのかもしれない。他の人に対して、「それは一流企業の社員としてふさわしくない」と口に出すことこそなかったものの、そういう考え方がいかに的外れであるかを、できたばかりのゼロックスで働いたことを通じて気づかされた。


いわゆる企業のカルチャーとは非常に根深いものであり、さらに各企業が属する業種などによって、専門的な言葉が数多くある。同じ会社の人同士は当然として、同じ業種の人たちと話をしても、同質の人が集まって同質の議論をしているわけだから、「観照」という形にはあまりならない。ゆえに私自身の経験から言えば、企業人ではない最も身近な家族、すなわち奥さんや息子さん、娘さんなどのように「なぜ会社員は年中こんなに遅くまで働かなければならないの?」といった、きわめて素朴な質問をしてくる人たちに対し、「なるほど、分かった」と言ってもらえるような答えが出せるかどうかが、自分自身を客観的に見る上で大切だと思う。


私は2年間の留学経験を経て、かなりアメリカにかぶれ、頭でっかちのMBAホールダーになって帰国した。何の経験もなくMBAで組織論や経営学などを学んだ影響が大きいのでしょうが、あらためて日本を見たときに、「会社とはこれでいいのか」という思いを強くしました。アメリカに行く前には何とも思わなかったことが、日本に帰ってくると、まったく違って見えてきたのです。


客観的に自分をふり返り、少し別の視点から自分自身を見る機会を意識して持つようになったのは、アメリカでの2年間の留学を終えたころで、年齢でいえば23、4歳でした。思うに、同質のものや同質の人としかふれない社会の中にいるかぎり、自己観照の必要性はあまり生じないし、かりに自己観照をするつもりでいても、結果的にそうはならないことが多い。日本が均一社会もしくは同質社会だと言うつもりはありませんが、私の場合は明らかに、海外で2年間を過ごすなかで、異質なものに数多くふれたことが、自分自身を客観的に見るきっかけになったと思う。


私は44歳で社長になったが、もともとあまのじゃくのところがあって、社内のさまざまな決まり事について納得できず、「なぜそれをやらなければいけないのか」とか「なぜそれが決まったのか」と質問してスタッフを困らせたものだ。いまあらためて自分をふり返ってみると、そのような根本を問いただす質問を投げかけることで、改革を引き起こそうという意図も確かにあった。だが、それがスタッフの仕事を必要以上にやりにくくしていたのではないか。あるいは、質問の投げかけ方にも、もう少し違った配慮があったのではないか。そんな反省を、さまざまな機会をとらえて重ねていったのも事実である。


前年にできたばかりの富士ゼロックスに入社したとき、MBA教育などで抱いている「よい会社」のイメージからすると、それはほとんど対極にあるような状態で、率直に言えば「ひどいところに来てしまった」という印象はぬぐえなかった。ところが入社後すぐにイギリスに渡り、1年数カ月仕事をして帰国してみると、その間に皆が、まるで人が変わったように一所懸命に働いていた。短期間で大きく成長を遂げた人たちの姿を見て、私は自分の未熟さに「穴があったら入りたい」気持ちになった。大学を出てビジネススクールにも行って、実業の経験もそれなりにしたにもかかわらず、「人は変わりうる」ということが理解できていなかったのだ。


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