宮田亮平の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

宮田亮平のプロフィール

宮田亮平、みやた・りょうへい。日本の金属工芸家。東京藝術大学学長。新潟県出身。東京藝術大学美術学部工芸科卒業、東京藝術大学大学院美術研究科工芸専攻修了。東京藝術大学美術学部で非常勤講師、助手、講師、教授、部長、理事、副学長などを務めたのち学長に就任。二紀展彫刻部奨励賞などをはじめ、国内外の多くの賞を受賞した。

人は食べるためだけに生きられるわけではありません。喜びを知ることが究極の目的でしょう。だからそれが一流企業に入ることで得られると思えば就職すればいいし、芸術をまっとうすることで得られるなら芸術家を目指せばいいのです。もっともその喜びも、人生の中のほんの一部でしょう。あとは背負うばかりです。しかし、背負うと思うか、背負わされていると思うかその違いはとてつもなく大きいと思います。


芸術はときめきです。僕だっていつも不安だし、この先自分がどうなるかなんてわかりません。しかし、初めからゴールのわかっているものなんて、仕事にせよ何にせよ面白くないでしょう?サバイバルの中にアンビリーバブルなことがあるからこそ、ときめきがあるし夢中になって前へ前へと走ります。そして時々立ち止まり、葛藤する。いいじゃないですか。


人生は迷いも不安も葛藤も必ずついてくるものです。背負うものが増えるたびに、ピュアだった自分に異質な要素が混じって濁っていくような気がするかもしれません。だけど怖がらなくていいんです。水が濁ると先が見えにくくなるけど、だからこそしっかりと見ようと目を凝らすじゃないですか。そうやって葛藤に立ち向かい、濁りも臆せず取り組んで、新しい色の自分をつくっていけばいいのです。


僕には双子の娘がいますが、2人とも美術大学を卒業して、ひとりはデザイナーとして一流企業といわれる企業に就職し、もうひとりは僕と同じ金工作家になりました。進路について僕からは何も言っていません。自分の生き方だってわからないのに、人の生き方を四の五の言うことはできません。もっとも娘から相談があったときは、自分の体験を踏まえながらあれこれ話しました。


芸術は創る側も鑑賞する側も「こうすべき」という正解はありません。だからこそ深く味わえるのです。


うちの場合は、たまたま僕と子供の職業に共通点がありましたが、そうでない家庭でも、仕事に対する志について親子で話し合うことは大切なことです。説教にならないように、その子が興味を持つように工夫して話す。どんな仕事をしているお父さんでもそれを志した理由の中には、子供が前に進むための具体的なヒントがあるはずです。自分で歩んできた道、そしてそれを選択した思いを語ってやればいいのです。


もちろん芸術で自活できるかという問題は残るかもしれません。本学でも、オルガン一筋で頑張ってきた学生が、このままでいいのかと不安を訴えてきたことがあります。将来を考えたときに、音楽家を職業にすることに現実味が持てなかったのでしょう。しかし、ひとつの目的に向かって死に物狂いで努力して道を極めた子なら、たとえ他の道に方向転換しても、それを基礎力にして踏んばれるものなんです。


一流企業に就職すれば不安はなくなるかといえば、そんなことはありません。生きている限り90%は不安です。生活の安定のために芸術を諦めて就職した子は、自分に嘘をつき続けることになります。それこそ何よりも不安な毎日に違いありません。


子供が芸術家になりたいと言い出したら、答えは決まっています。そりゃ、やってみろと言います。それしかないでしょう。そもそも芸術家は特別な存在ではありません。恋をすれば人は誰でも詩人になります。生きとし生ける者は誰もが芸術家なんです。それを生業にするかしないかの違いだけです。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ