宮嶋茂樹の名言 一覧

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宮嶋茂樹のプロフィール

宮嶋茂樹、みやじま・しげき。日本の報道カメラマン。兵庫県出身。日本大学藝術学部写真学科卒業後、講談社フライデー編集部所属カメラマンを経てフリーに転身。週刊誌などにスクープ写真を提供。訪露中の金正日総書記、拘置所内のオウム真理教教祖などスクープ写真を撮り続けた人物。また、アフガニスタン、チェチェン、イラクなど紛争地域でも活動し、戦場カメラマンとしても有名。主な著書に『空爆されたらサヨウナラ 戦場コソボ、決死の撮影記』『不肖・宮嶋南極観測隊ニ同行ス』『不肖・宮嶋の一見必撮!』『不肖・宮嶋 金正日を狙え!』『儂は舞い降りた アフガン従軍記』『サマワのいちばん暑い日 イラクのド田舎でアホ!と叫ぶ』など。

もしも「余命半年」と言われたら、きっと私はうろたえるだろう。それはそれは見苦しくうろたえて、生に執着するであろう。仕事どころではなく、何とか生きながらえる方法を探すに違いない。一秒でも長く生きるために大金がかかるなら、銀行強盗まで考えるかもしれない。そして、絶対に8か月目まで生きてやると固く決意するであろう。


不肖・宮嶋、無宗教である。死んだら人間も物体になるだけだ。電源を切ったカーナビと同じである。目に見えないものなど信じない。これは医者と同じくらい死者を見てきた私の実感である。私の死後に残るものは、無数のフィルムと何冊かの書籍。それもやがては色あせ、紙はボロボロになり、私を知る友人たちが世を去れば、私のことなどきれいに忘れ去られてゆくであろう。


戦場に取材に出かけるとき、両親宛の遺書を自分のロッカーに納めていくこともあるが、その際も真剣に死を考えてはいない。保険金の使い道のほかに「自らの意思で戦場へ行く。私を戦地へ送ってくれる編集部には感謝こそすれ、いかなる責任もない」と書くだけである。暗黙で書けと促される場合もあるが、私は気にせず進んで書く。


人間、わからないものは怖い。死は経験したことがない、わからないから怖いのだ。17歳の冬、故郷のトンネルで友人たちとともに3人で列車に追いかけられ、死にかけたことがある。全員無事だったが、同じトンネルで人が引かれて死んだと後に新聞で読んだときは怖かった。怖いのもを怖いと正直に言うことは恥ではない。私は、正直を旨とする者である。


死んだ経験は、まだ、ない。怪我もしたし、病気にもなった。正直、痛いのは嫌いである。だが、死とはその数千倍も痛いのであろう。だから死ぬのは怖い。私は臆病なのである。


不肖・宮嶋、これまで数々の死線をくぐってきた男である。ただ、戦場カメラマンと呼ばれるのは心外である。何かを伝えたいという気持ちなどさらさらない。写真を撮るのはお金と名誉と自己満足、強いて言えば「仕事だから」という使命感ゆえである。


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