宮崎駿の名言 一覧

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宮崎駿のプロフィール

宮崎駿、みやざき・はやお。日本のアニメ映画監督、アニメーター、漫画家。日本を代表するアニメ制作スタジオのスタジオジブリの中心的人物。東京都生まれ。学習院大学政経学部卒業後、アニメーターとして東映動画に入社。瑞鷹(ズイヨー)映像(現:日本アニメーション)に移り、アルプスの少女ハイジなどの製作に参加。未来少年コナンで監督デビュー。主な監督作品に『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ルパン三世カリオストロの城』

半端な仕事はやっちゃいけないですね。それは本当に思います。


あんまり自分がやりたいと思っていることを分析しようと思ったことはないんです。分析した途端にくだらなくなってくるから。


次があるとかないとかっていう話はもういいですよ。それに関しては、天命だと思ってますから。


僕は思いつめないように、思いつめないようにやってきたんです。思いつめて、この企画がいま通らないと、僕は生きている甲斐がないなんて思うと、すぐ生きた甲斐がなくなっちゃいますから。


部屋で最新式のコンピューターに向かってポコポコやってるところからクリエイターは出てくるんじゃなくて、もっと古いものの集積の中から出てくるんだと思うんです。


人間だけはつくることできないですからね。場所はつくることができても。


商売ってのは苦労するに決まってるんです。


(エヴァンゲリオンは)3分と観られないですね。観るに堪えないです。僕はああいうもの、もういらないですよ。最初の絵コンテを見ただけで「エライこと始めやがったな、この野郎」って思ったんですけど、まあ終わってよかったですね。テレビシリーズのとき、庵野がどういう状態だったか聞いていましたから。机の横に布団敷いて、そこから出たり入ったりしてやってるっていうね。庵野のことだから、どうせ風呂入ってないんだろうなとか。それはもうわかりますよ。中身については、観なくてもいいんです。
【覚書き|宮崎監督と庵野監督は師弟であり友人であり、チャリティサイン会を一緒に行うような親しい間柄】


黄金パターンは黄金パターンであっても、それを活き活きとできるかどうかなんですよ。男と女がいて恋をするなんていうのは、もう大昔からいくらでもやられてることでね、みんなすっかり見飽きたパターンですよ。それでも、やっぱり説得力を持ってて感動できる恋物語と、そんなもん勝手にすればっていう恋物語ができてしまう。それは作る側が、その恋という問題に対して、毎度おなじみだけど、どれほど真摯になれるかどうかでしょう。だから、僕はパターン化することについては全然恐れていません。


みんな自分よりバカだと思ったらおしまいですよ。自分の方が才能があるとか、そういうものの見方で見る人間っていうのはいますけど、あるいはなにがなんでも自分のものをやらなければ生きては帰れないとかね、そういう人間の方が僕が見てる範囲だと伸びないですね。先輩は先輩として受け入れてる人間の方がちゃんと着実にやっていきますよ。僕の知ってる範囲ではそうです。たぶん、他の職場でもそうなんじゃないかなあと思いますけど。


映画を見てないんですね、実は。映画館に行かなくなっちゃいましたから。テレビでやってるのをたまたま観かけたり、「これは面白いよ」って友人がビデオで持ってきたやつをじゃあ観るかって観たりするぐらいで。どういう監督が好きだとか、ポーランド映画がいいとか、そういう視点で映画を観てこなかったんです。60年代や子供のときにはずいぶん観てましたけど、ある監督に執着して、その監督を追いかけるっていうことは一回もしていないです。


60人、さらにその外側に200人ぐらいの人間が寄ってたかってやることを考えたときに、その人間たちが全員わかんなくてもいいやっていうふうに作るのは、僕はあんまり好きじゃないです。


いまはニヒリスティック(虚無主義的)になるのが一番簡単な世の中なんです。そう思いません?誰でもそういうものを持ってるし、それが浅かろうか深かろうが、たぶん大抵浅いだろうと思うんですけど、ニヒリスティックになったり、ヤケクソになったり、刹那的になるってことを、いま、僕は少しも肯定したくない。それは自分に対する敗北ですよ。自分の日常生活がどれほど馬鹿げてて、もし自分の車に機関砲がついてたら周り中を撃ちまくりながら走ってるだろうと思っても。


自分が善良な人間だから、善良な映画をつくるんじゃないですよ。自分がくだらない人間だと思ってるから、善良な映画をつくりたいと思うんです。善良なことが自分の中じゃなくても、どっかにそういうものがあるんじゃないかと思う気持ちがなかったら、とても作品をつくれないわけです。


ほんのわずかでもいいから、一作品ごとに試みるべきだと思っています。そういうことを放棄した途端に、僕らにとってのアニメーションはただの手段にすぎなくなって、そのなかにストーリーを説明するための手段であったり、自分の大したことのない言いたいことのための手段でしかなくなってしまって、どっかで退廃が起こると思うんです。


観終わったときに、実に「ああ、映画を観た!」っていうような、そういう映画をつくりたいです。本当にそれだけですよ。「ああ、金を払って得した」とか「観に来てよかった」っていうような。観た人がちょっと元気になるとか、ちょっと気持ちが新鮮になったとか、そのくらいのところが僕らの狙い目だなあと思うんだけど、でも、そういう映画をつくるためには、やっぱり映像表現とか内容についても緊張感を失ってはいけないと思うんです。なかなかそういかないんで困ってるんですよ。


「おまえのところには悪人が出てこないな」っていうふうに言われますけど、悪人が出ないようにしてるんであって、僕は回復可能なもの以外は出したくないです。本当に愚かで、描くにも値しない人間を、僕らは苦労して描く必要はないですよ!みんなヒーヒー言って、安い賃金で、肩を凝らしながら夜中まで灯りをつけてゴソゴソやってね、それで描きたくもないものをなんで描かなきゃいけないんですか。僕は描きたいものを描きたいですよ。


自分も含めて、人っていうのは愚かなんだなあっていう、人間が考えてるより人間は複雑で、同時にそんなに賢くないんだなっていうことをうんざりするほど思い知りました。だからといって、僕は理想のない現実主義者になりたいと思ってる人間じゃないですから、そういうふうになるつもりは毛頭ありませんけど。


魔女の宅急便が当たったせいで、それまでの作品も大当たりしてたんじゃないかっていう錯覚を世間が起こしてるんですよね。そうじゃないことを僕は一番よく知っているんです。(トトロは)苦しいっていうよりも全然赤字ですよね、興行だけだったらね。そういうことも含めて、やっぱり正気にならなきゃ駄目だっていう。いつも正気のつもりだったけど、一段と正気になんなきゃ駄目かなっていうふうに思います。


他にもやりたいこといっぱいあるんですよ。仕事っていうのは、離れるとわかった途端に、ものすごく未練が残るものですから。だから、自分の知り合いたちのリタイアを見てみても、リタイアが下手ですね。そういうのを見るとね、未練というのは一番みっともないものです。


ジブリでいつも作業が始まる前に、掃除をしてくれるおじいさんとおばあちゃんがいるんですけど、たぶん一番丁寧なあいさつをするのは鈴木(敏夫)さんと僕です。本当によくやってくれるもんねえ。「どうもありがとうございます。おはようございます」って言うと、向こうも「おはようございます」って。ほんとそうなんですよ。だから、その前を、ボソーッとした顔して耳栓なんかして音楽なんか聴いてるやつが通るとね、蹴飛ばしたくなるんですよ。お前たちの国は滅びるぞってね。


(911)テロのせいっていうのも変な言い方ですけど、いままでは100年単位で時代が変わるなんていうのは滑稽だと思ってたんですよ。だけど、やっぱり変わるんだなという。同時に、文明観も歴史観も国家観ももうとんでもない勢いで揺らいで変わりつつあるのに、アニメーションだけが自分の狭い範囲の常識とか習慣とかっていうので、日本の興行界で云々とか、ジャパニメーションがどうのこうのとか、そういう本当にくだらないことに左右されていては、実に惨めなみすぼらしい形で破産していかざるを得ないんじゃないかって。そうすると、ずーっと逃げ続けてきた根底にあるものに対して、ちゃんと対応した作品をつくんなきゃいけないと思うんです。


一番近いものには厳しくすべきだけども、遠く離れてやってるスタッフに対しては、配慮を自分でも持っていないとと思うんですよ。外注はひどいとかね、十把一絡にそういうことをすぐ言う奴がいますけど、もう大っ嫌いですね、そういう奴は。


ある面倒くさいカットを外注のプロダクションがやってくれたんですよ。それがとてもよかったんです。だから、これはお礼を言った方がいいなと思ったから、なんかの拍子に電話がつながったとき替わってもらって「いやあ、とってもいいカットでした。どうもありがとうございました」って言ったらね、そのあとその人は泣いたって聞いて。別に泣かせるつもりで言ったわけじゃないですけど。ただそういう配慮がもう少しできたらなんかいいのになあと思いました。


中小企業は特にそうですね。なんかやっぱり、みんな同じような待遇で、ちゃんと扱いたいと思ってても、それができないから、アルバイトにしたり日給月給にしてやってるわけで、それは申し訳ないなあっていう気持ちがどっかに働かないとやっぱり嫌です。


魔女の宅急便のときは、本当にみんな貧乏になっちゃって。作品の精度を上げようと思って、一枚あたりに手間がかかるようになると、能率が上がらないから貧乏になっちゃうんです。原画を描いていても給料が10万円にいかない子とかね、そういうのが出始めちゃった。本当にこのままのやり方でつくり続けるなら、ちゃんと待遇をしなきゃいけないなっていう。だけど、ちゃんとし待遇をすると絶対生産性が悪くなる。社員化なんかしたら生産性が悪くなるのは、もう目に見えてるんです。だけど、つくり続けるならそっちを選ばなきゃいけない。


僕は思想家になるよりも、目の前にいる子供たちに映画をつくってるということが一番大事だと思えたから、思想家になんかなりたくないですから。だいたい、僕が言ってるようなことはもっと立派なお坊さんたちが遥か昔から言ってるんです。


実写は楽ですからね。ビールが美味しいでしょ、一日労働するから。そうするとそれで充実しちゃうんですよ。どうも実写の人を見てると、そういう感じがするんですよ。


僕は何かつくりたくなるとか、自己顕示欲とか、見栄とか、そういう業をいっぱい持っていますから、自分がこのままとりすまして、いいご隠居になるとは全然思っていないんです。だけど、なんかやるためには一回自由になりたいですね。


伝道の書に書かれてる突き抜けたニヒリズムっていうのは読んでてちょっと元気が出ました。黄泉の国に行ったら何もないよって、権謀も術策もないけど知恵も知識もない。だからおまえの空なる人生の間は自分のパンを喜びをもって食い楽しみながら酒を飲んで、額に汗して尽くせるだけのことを尽くして生きるのは神様も良しとしているんだっていう。すごいですねえ、旧約聖書っていうのはすごいものなんだなあっていうのを初めて知ったんです。


僕は本当のことを言いまして、あんまりメッセージ性っていうので映画をつくってはいなくて、もっと俗っぽいところで「わはは」と言いながら、本当はつくりたいなと思ってる人間ですから。もちろん真面目なものは真面目につくんなきゃいけないと思ってますし、子供のために作りたいとは思ってるんですけど。


現代を切り口にした映画をつくれという人の発言を聞いてるとね、なんかそれを観に行ったら励まされて「俺は東京で生きていくぞ!」って思うようなものを言いますけど、こんな東京の中で生きてると、そんな映画なんか作れっこないじゃないですか!作りたくもないですよ!うんと嘘を重ねて、つくることはできるかもしれませんけど、僕はそんな映画をつくりたいとは全然思わないですね!


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