安藤忠雄の名言 一覧

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安藤忠雄のプロフィール

安藤忠雄、あんどう・ただお。日本の建築家。大阪出身。東京大学名誉教授。高校卒業後、独学で建築を学ぶ。「住吉長屋」で日本建築学会賞を受賞。独自な建築表現を確立し様々賞を受賞。世界的な評価を得た。東京大学工学部で教授、イエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学、南カリフォルニア大学などで客員教授を務めた。そのほか、多くの公職を歴任した。

人生に「光」を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という「影」をしっかりと見据え、それを乗り越えるべく、勇気を持って進んでいくことだ。


人間にとって本当に幸せは、光の下にいることではないと思う。その光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走っている、無我夢中の時間の中にこそ、人生の充実があると思う。


世界に出たら、傷を負うこともあるでしょう。でもいいじゃないですか。そのくらいのつもりで海外を経験してほしいですね。


ギリギリの状態に何度も追い込まれた人でないと、直感力は働かない。最近の若い人には優秀な人材がたくさんいますが、ギリギリまで追い詰められたという経験がないから、直感力がないんじゃないかと思います。


豊かさというのは、直感力を奪うんですね。豊かになるのはいいことですが、これまでの歴史を見ても、豊かさを極めた国は滅びています。


人として間違った道はありますよね。王道、つまりまっすぐな道を歩く途中で、失敗したり迷ったりすることはありますが、軸がぶれるとダメですね。


経営者であれ、管理職であれ、「青春の心」がないリーダーには、人はついていきません。


失敗を恐れず前を向いて進んでください。足元ばかり見ていても、成功はありません。胸を張って未来を見据え、心を世界に開くことが大切です。


極限の状況を乗り越えられるのは、「この先にもっと面白いことがあるぞ」と思えるからでしょう。


いま必要なのは戦う人間です。行動を起こし、一歩踏み出す人が必要なのです。


個性と個性がぶつかり合う中でこそ、新しい発想が生まれます。個性のない者同士がいくら意見を交わしても、そこから生まれてくるものは何もありません。


私の場合は建築が専門ですが、それぞれの専門分野において、自分の腑に落ちるまでものごとを突き詰めて考えてきたかということが大事です。


いまの世の中には、社会が面白くないといって現実から目を背けている若者が多いようです。しかし、たとえどんなことがあっても、一度、極限まで突き詰めてみるべきだと思います。そうして自分をギリギリにまで追い込むことで、冷静な判断力と、常に平常心を保つ精神力を養うことができます。


人間、極限まで追い込まれてはじめてたどり着く境地があります。ひとたびその境地を経験した人は、些末な事柄にとらわれない、大局的な視野を持つことができ、どんなときでも平常心を保つことができるようになるのだと思います。


最初は誰も相手にしてくれませんでした。社会が認めてくれない。事務所を開いても仕事がない。「今月は生きていけるだろうか?」という、常に追い込まれた状態の中で仕事を続けてきました。しかし、その経験をしたことで、多少のことでは動じない平常心を身に着けることができました。


平常心を身につけるには、ギリギリまで追い込まれた経験があるかどうかだと思います。


本来、人間というものは、信頼関係がなければものごとを進めることができないものです。利害のみにとらわれることなく、平常心で子供心をぶつけ合うからこそ、信頼関係ができるのです。


変化の激しい国際環境には、「組織の部品」ではなく、「責任ある個人」でなければ対応できません。確固とした自己を持たない人が、外国でのビジネスで相手にされるわけがありません。


どんなに苦しくても、自分の頭で必死に考え、自分の意見を言えるようにすることが必要だと思います。判断を人に任せていては絶対に伸びません。


闘争心。結局はこれで勝負が決まると思います。


どんな仕事でも一流になるために最も大切だと思うのは、「いまに安心しない」ことです。「いまのままではいいと思わないけれど、まあ仕方ないか」と現状に甘んじてしまったら、絶対に成長していきません。


外国は観光地ではなく、仕事の戦場です。日本のビジネスマンもそろそろ口先でグローバルというだけでなく、世界をビジネスの場と見る意識をもっていいのではないでしょうか。経営者にしても、外国に行って戦った経験のある人が、活躍していますよね。


私は現在、韓国で3つの建築を手掛けていますが、ダメなものはダメとはっきり言います。それで最初は扱いにくい日本人だと思われていたようですが、こちらが本気だということが相手に伝わってからは、逆にいい関係で仕事ができるようになりました。


外国で仕事をするとき、たいていの日本人は自分を殺して、ひたすら丁寧に振る舞うことで友好関係を保とうとします。これじゃ、真の対話にはならないし、かえって相手に信用されません。


いま、私が自信をもってものを言えるのも、若いうちに死に物狂いで勉強したからです。日本の若い人を見ていると、この死に物狂いで勉強するという経験が、どうも足りないような気がしてなりません。


若いころアルバイトで設計をやり、そのバイト料でヨーロッパに行って、いろいろな建築物を見て歩きました。1日15時間、50km近く歩いていましたね。歩いている間はずっと、直前に見た建築のことを考えているんです。


私は高校も建築科ではないし、大学にも進めなかったので、すべて独学です。京大や阪大にいって、そこの学生が4年間で勉強する教科書を全部買ってきて、1年ですべて読むことにしました。毎日、朝9時から翌朝4時まで机に向かっていましたから、その1年間は、家から出ていないんです。まあ、読んだというのと理解したというのは微妙に違うんですけどね(笑)。


日本にいると危ない。ある一定レベルを超えると、急に結果責任が甘くなりますからこの国は。だから私は、常に現状に満足せず、新しい情報を吸収するように心がけています。


持続が大事だということは建築写真家の二川幸夫さんも言っています。「ポッと出て5年もつ奴はいる。10年もたてば建築家らしくなる。でも、30年もたたなければ、自分は建築家と認めない」と。30年トップクラスで活躍できる人というのは、本当に少ないですね。


いまは常識というものが次々と崩れています。常識を疑い、自ら新たなルールをつくる。現代を生き抜くには、そんな気構えが必要でしょう。


海外の施主から直接依頼を受けることもたくさんあります。「あいつにしかできない」。そう相手に思わせることができているのがポイントなんでしょうね。アルマーニのスーツを購入する人だって、「このシルエットはやはりアルマーニならでは」と思うから買い求めるわけでしょう。


一流大学だろうが、専門学校出だろうが、中卒だろうが、いまの時代、誰も人生を保証されていません。一人一人が、目の前の白いキャンバスに自分で絵を描かなければなりません。にもかかわらず、依然として一流大学に幻想を抱いている人がたくさんいます。一流大学を卒業すれば安泰な人生が送れるという時代ではなくなったのにね。


私はコンクリートにこだわり続けてきました。ひとつの素材を突き詰めていくことで、自分の想像力の限界に挑戦し続けられるからです。


外国人と仕事すると、日本人のレベルの高さを実感します。まず向こうは工程の管理がきちんとしていない。工程管理がずさんだと、建物の品質にも影響が出ます。だから、海外での仕事は難しい。それと向き合うことが自分を高めることにつながると信じているので、逃げずに立ち向かっていきますけど。


私の場合は、海外の施主はすべて外国人です。パートナーを組む設計会社や建築会社も外国企業です。相手が日本人でないから、意思疎通は上手くいかないし、当然リスクも高いです。でも、そういう緊張感の中で仕事をしなければ自分が向上しないでしょう。日本人同士で仕事をすれば安全かもしれませんが、それで鍛えられることはありません。


市民の声を聞く政治家が必要なように、社員の声を聞くトップが必要です。声に耳を傾けないトップは、都合のいいところだけ聞いています。上司に対してものを言いづらい社員から、意見をうまく引き出し、それをもとに決断していく。これがトップとして当たり前なのに、偉くなったら上から下へドーンとトップダウン。だから売上、利益一辺倒になってくる。


とにかく、自分の仕事でギリギリまで追い込まれる必要があります。それぞれの仕事を四六時中考える。昔の人は、寝る直前まで仕事のことを考えたし、朝起きた直後から仕事のことを考えていましたよ。でも最近の若い人は、職場の机を離れたら仕事のことなど忘れてしまう。大手企業ならいいかもしれませんが、中小企業はボスが倒れたら全員失業です。にもかかわらず、仕事のことを考えない。残念です……。


企業が保育所をつくると、その分お金はかかりますが、少なくとも少子化を食い止める手助けにはなります。それぞれの企業が、自分たちのできる範囲で投資をすればいいのに、ほとんどしないから保育所が足りなくなっている。私が東急渋谷駅と上野毛駅の設計を手がけたとき、「駅に託児所をつくってくださいよ」とお願いしました。そうやって、誰もができることをやって少子化をカバーしていく、サポートしていくということがなければ、社会は元気になりません。企業がお金を貯め込んでいるという状況は、喜ばしいことではありませんよ。


組織である以上、目標を定め、何のためにその目標を目指すのかというビジョンが必要です。かつての日本には、ソニーの盛田昭夫さんやクルマの開発に人生をかけた本田宗一郎さんといった夢を語る人がいました。世界一速いクルマを作ろうと必死になるから、組織の技術もどんどんレベルアップしていく。


国際的に仕事をするには、互いに徹底的に遠慮なく本音で対話することが大切です。相手に認められなければ、現地でいいチームも作れないし、仕事も進まない。


私はひとたびスタッフを現地に派遣したら、ほとんど口を出さないし、スタッフもあまり連絡してこない。


私の事務所のスタッフは30人しかいません。それでも海外で手掛けている案件は常時30件ほどあり、仕事の8割は海外です。なぜ少人数でそんなことができるのかとよく聞かれますが、難しいことは何もない。30人の一人ずつが、それぞれの専門と大きな視野を持ち、自分で責任を持って判断し行動してもらうようにしているだけです。要は「責任感ある個人」をいかに育てていくか、ということです。


安心するというのがやはり一番の敵ではないでしょうか。敗戦を経て、日本は平和になりました。日本人は、石油危機や金融危機など時々、ショックを受けて慌てるが、その危機感をすぐに忘れてしまう。終身雇用も年功序列も崩壊しているのに、安定を求めて大企業に就職したがる若者が少なくないと聞きます。これでいいのでしょうか。日本人は「挑戦する」という言葉を忘れてしまったように思えてなりません。


仮に私のキャリアの中に何かを見つけるにしても、それはすぐれた芸術的資質といったものではない。あるとすれば、それは厳しい現実に直面しても、決して諦めず、したたかに生き抜こうとする、生来のしぶとさなのだと思う。


私は毎年十回以上海外旅行をしますが、そのたびに寸暇を惜しんで建築物を見に行きます。パリのルーブル美術館やサント・シャペルなど、もう何度訪れたかわかりません。日本にいるときは、同じように東大寺や法隆寺に何度も通っています。なぜそんなことをするかというと、それら先人の作品を間近に見ることで、「まだまだ自分は足元にも及ばない」という謙虚な気持ちになり、同時に「自分にはやることがたくさん残されている」「いつかこれを超えるものを創りたい」という気力がみなぎってくるからです。


私はいまだに好奇心が衰えることはありませんし、つねに面白いこと、感動させてくれるものを追い求めています。ただし、漫然と生きていたらそうはいきません。そういう人間でいられるよう、毎日肉体と精神を鍛えている結果です。


安全なところにいて、そこから外を見ているだけでは、世界は理解できません。


好奇心を失ってしまった人がその気持ちを取り戻すには、とにかく行動してみることです。とにかく現場に行ってみれば、必ずそこで心を動かされる何かと出合えます。そういう体験を何度もしないと好奇心なんて育ちません。


最近はあらゆる分野で合理性ばかりが求められ、その結果として誰もが、失敗しないことばかりを意識しているように思えてなりません。建築の世界もそうです。たとえば最近、日本の都市を歩くと、きれいなものばかりが並んでいるなと思います。けれども、私の心にはまったく引っ掛からない。それはきれいにまとめようとしているだけで、失敗してもいいから新しい建築に挑戦しようという姿勢が感じられないからです。


22歳のとき、一人で日本中の建築を見て回る建築行脚を行ないました。大阪から四国、九州、中国、そして中部から東北へと回ったのですが、とくに広島にある、丹下健三氏の平和記念資料館には衝撃を受けました。建築雑誌で見たときはモダンで端正なイメージだったのが、夜に見るその建造物は、圧倒的な迫力で戦争の無残さを感じさせてくれました。やはり知識だけでなく、自ら体験することの重要性を痛感したのです。


私もこれまで、数々の教養人と出会ってきましたが、やはり本当に教養がある人は、「現場に足を運ぶ」ことの重要性を知っているように思います。


映画をDVDで観たり、音楽をスマートフォンで聴いたりするばかりでは、本当の感動は得られません。やはり映画館やコンサートホールに直接足を運ぶべきです。というのも、たとえば映画というのは、映画館の大きなスクリーンで上映され、画面から10メートルほど離れた場所から見ることを前提に作られているメディアなのです。それをテレビやパソコンのモニターで観ても、映画館と同じ感動を得られるはずがないじゃないですか。これはスポーツも同じです。野球は正直なところ、テレビで観たほうがボールの動きや選手の表情など細かいところまでよく見えますが、やはりスタジアムに足を運び、プレーの臨場感を味わうのが一番、感動する。


教養の源泉は好奇心ですから、好奇心よりも効率性ばかりを優先するビジネスマンが教養と縁遠くなるのは当たり前です。


人は感動すると、より大きな感動に出合いたいという気持ちが強くなります。そしてそれが強まれば強まるほど、面白いものに対する嗅覚が鋭くなり、創造的になる。まさに、好奇心の大きさが、そのままその人の生きる力になると言っても過言ではありません。


真剣に仕事に向き合うというと、寸暇を惜しんで仕事をしたり、ビジネススキルを身につけようという人もいるでしょう。ですが、それよりもむしろ、新しい経験をしたり、面白いものに出合ったりすることで感動することこそ必要だと思います。


仕事と真剣に向き合っていれば好奇心がどんどん広がり、自然と教養も豊かになってくるはずだと私は思います。教養のスタートとなるのは何より「好奇心」なのです。


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