安田隆夫の名言 一覧

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安田隆夫のプロフィール

安田隆夫、やすだ・たかお。日本の経営者。ドン・キホーテ創業者。岐阜出身。慶應義塾大学法学部卒業後、不動産会社勤務などを経て日用雑貨のディスカウントショップ「泥棒市場」を開業。その後、「ドン・キホーテ」を開業し、同社を大きく成長させた。著書に『流通革命への破天荒な挑戦! ビジネスの原点は「常識」を疑うことだ』『ドン・キホーテの「4次元」ビジネス 新業態創造への闘い』『土壇場の逆転力』『ドン・キホーテ闘魂経営 ゼロから始める成功の極意』ほか。

危機に陥るたびに、それを脱して立ち上がり、さらなる成長拡大を遂げるという繰り返しが、これまでのドン・キホーテの歴史だった。


「禍」の風の強さだけ考えて嘆いてもしょうがない。「これは次の大きな福の風が吹く予兆なんだ」くらいに思わなければ。


振り返ってみると、大きな危機に陥るほど、その後大きく成長した。だから危機はいわば、「成長痛」のようなものだったのかもしれない。


何度も「大禍」を耐え忍べたのは、会社を命がけで愛しているから。


グチや不満の多い社員は、足りない部分にばかり目がいく。逆に足りている部分に目を向ければ感謝の気持ちが湧いてくるはずだ。


買い物をしてくれる人たちに顧客満足を提供する。小売業の存在意義はそこにある。


人生のバランスシートは案外公平にできていると思う。足りているものと足りないものが絶妙に釣り合っている。


いかなる場合も顧客の立場に立って品揃えをしていく。値段は驚くほど安く、品質も保証する。そうすれば、浮利は追わなくても、商売は回っていくものだ。


上に立つ者の心得としては、とにかく部下の長所を伸ばしてやること。


頼んだ以上は成果を求める。権限と結果責任は車の両輪の関係だ。


以前は私も「俺の指示どおりにやれ!」などと一方的に命令して、うまくいかないことも多かった。そんな反省から、信頼して任せると決めた。


現場は、仮説と検証の繰り返しだが、予測には当たり外れがある。商品を安く仕入れても、売れなければすぐに撤去する。


ビジョナリーカンパニーの要諦は、「カリスマ経営者を必要としない、明確なビジョンと理念に裏づけられたチーム経営」という点にある。


企業は生命体であり、いわば組織そのものが生態系であると定義してもおかしくない。


あの時点では一番独立のチャンスがつかめる業界かもしれないと思って。
【覚え書き|大学卒業後、不動産会社に就職した理由について】


「ワクワク、ドキドキ」がドンキの店舗のコンセプトだが、店を作る方もワクワク感がなければ、顧客をワクワクさせることはできない。


この先、日本国内で何店舗出店できるのかという限界点はある。だが、私は「限界とは破るもの」だと思っている。その心そのものが成長の源泉だ。


常に忘れてはいけないのは、不都合な真実を含めて客観的に見つめ、咀嚼したうえで自らが変わらなくてはいけないということだ。そうでなくては、限界は壁にしかならないだろう。


限界を感じず、このまま行けると思った瞬間に、本当に見えていない限界、見えない危機が私の後ろに近づいているのかもしれない。


当社は順風満帆に来たわけではなく、バブルを2度経験し、住民との問題や放火事件など様々なことがあった。にもかかわらず、結果として増収増益を続けてこられた理由は、「社内が外的要因にもぐらつかない体制になっていること」と、「ただちに変化に対応できる体制ができていること」の2点に尽きる。


社員は会社から全面的に権限の行使を信託されている。会社の資本とインフラをフル活用し、人生最大のゲームをする。これは誰でも燃えるはずだ。


店舗を作る社員には、「自由演技」で結果を出してもらいたい。権限を委譲するということは、自由演技が前提になる。規定演技が前提では、権限委譲にはならない。


会社の状況がどうであれ、権限委譲をすれば社員のなすべきことは変わらない。自分のフィールドはそれとして割り切れる。


顧客の心のひだにスポットライトを当て、新たな業態を創造していくという飽くなき執念、我々の言うところの「はらわた」は何ひとつ変わっていない。


私は、小学校4年生のときに目をケガしまして、今もう左目がまったく見えないんです。まさに独眼竜。そのころはどうしようもないガキ大将で、本なんかまったく読まなかったんですが、何回か入院をしまして、病院でじっとしていなきゃいけなくて、これが辛くてですね(笑)。で、しょうがなく本を読み始めたんです。そうしたら、はまりましたね。『十五少年漂流記』とか、夢中になって読みました。ですからもう、私は本に救われましたね。ケガをしたからよかった。何が幸いするかわかりません。


長崎屋には私どもにはない生鮮食品にかかわるノウハウの蓄積があります。予定調和を打破し、創造的破壊をする。その創造的破壊の一端が、長崎屋の買収だったと思っています。


私は経営書というのは基本的に読まない主義なんです。経営というのは自分で考え、自分でつくるもの。あまり誰かの影響を受けるものではないし、「こうしたらいい」というハウツー的なものは一切読まなかった。


部下に動揺した姿を見せれば、社内で動揺がどんどん増幅する。それはまずいから、とにかく平静を装う。そうして装い続ける作業を、朝から晩までやっていると、それが演技なのか、本来の心境なのかわからなくなってくる(笑)。


私がつくったドン・キホーテという店と組織を何が何でも守り、絶対に毀損させないぞという執念が、異常なまでの頑張りと予想もつかない知恵や発想を生んだ。それが新たな「大福」を引き寄せる誘い水になったということだろう。


自慢じゃないが、私ほど数多くの失敗をし、危機に直面し、それをくぐり抜けてきた経営者はいないだろう。だから、とにかく打たれ強い。少なくとも土俵際で踏ん張って、立ち直るパワーに関しては、誰にも負けない自信がある。なぜパワーが出るかといえば、自分の家族同様、いや、ある意味それ以上に愛する存在である「わが子ドン・キホーテ」のためだからだ。


他社がドンキを真似できない最たる理由は、「権限委譲による個人商店主システム」を実現しながら、そのシステムを多店舗で運用しているところにある。ドンキはある意味で、チェーンストア対極に位置する、難解かつ複雑な「属人的」企業であり業態である。だからコピーできない。


通常、この業界でサクセス業態が登場すると、われもわれもとそのコピー業態が後続参入して、あっという間に「業界」が出来上がる。郊外紳士服業界しかり、コンビニエンスストア業界やドラッグストア業界しかりだ。ところがドン・キホーテにはそれがない。当社のカテゴリーは、「業態あって業界なし」だといえる。


私が実行した権限委譲は、まさしく板長が見習の皿洗いに板場を任せるようなもの。そりゃハラハラし通しだったよ。たとえば同じ商品を、私が(卸売業で)卸す売値より、わざわざ他社から高く仕入れてくる奴がいたりとかね、そんな下手や失敗は山のようにあった。それでも私は口を出さずにじっと耐え、彼らを見守った。以前とはうって変わって、社員かいきいきと仕事をし出したからだ。


八方手を尽くしたが、それでも思うような店はなかなかできなかった。最後は、「これでダメならもうやめよう」と腹をくくって、商品部門別に、仕入れから陳列、販売まで担当者にすべて丸投げした。それも各部門の担当者全員に、それぞれ専用の預金通帳を持たせて商売させるという徹底した権限委譲を行った。つまり、各部門の担当者が「個人商店主」になるというシステムだ。この「権限委譲による個人商店王システム」は、後年のドンキ最大のサクセス要因になった。


どうだ、俺のこの行為はバカげているだろう。でもおまえたちがやっていることはもっと愚かだ。俺の損は1万円だが、陳列すれば何10万円もの儲けになる商品を、みすみす倉庫に放っておくのはどういう了見か!
【覚え書き|売れる商品が倉庫に眠ったままだったのを見て従業員を叱った言葉。自分の財布から1万円札を抜き取り、それを燃やし、上記の発言をした】


「ドン・キホーテ」という屋号をつけたのは、私なりの決意表明だった。「どんなに苦しくても、大手チェーンストアのマネだけは絶対にしないぞ」と。さすがにドン・キホーテの名を冠したら、途中で日和りたくても日和れない。そうやって自らに縛りをかけ、誰もやらない独自の業態創造を愚直にやり続けてきた。


ある日、深夜遅くまで一人で商品の陳列をしていたら、営業中と勘違いした客が立ち寄って、商品をごちゃごちゃ陳列した店内を面白がってたくさん買ってくれた。これが「ナイトマーケット」という鉱脈を掘り当てるきっかけとなった。


私の唯一の願いは、「わが子ドン・キホーテ」が30年先、50年先も隆々と繁栄し続けていること。そのためにも、ドンキは私から親離れを、私はドンキから子離れしなくてはならない。


私がこれ以上、創業経営者として君臨し続ければ、会社が私に、私が会社に依存する「共依存」の状態となり、組織が硬直化する恐れがある。だから思い切って勇退することにした。


会社生活はいつも順風満帆とはいかない。妥協して、何とか折り合いをつけてしのぐこともあるだろうし、じっと我慢するしかないこともある。そんなときに「何くそ!」と、地面に這いつくばってでも、何かを掴んで立ち上がるしかない。


人間関係の構築はやや苦手だが、陳列をさせると異才を発揮する人もいる。そのような人を適材適所で使い、それが売り上げのアップに直結すれば、さらに自信かつく。欠点を無理に矯正しようとせず、得意分野を磨いたほういい。


同僚と性格が合わないとか、部下が反抗的という問題は、どこの会社にもある。人間には誰しもいい面もあれば、悪い面もある。少なくとも、社内でそれに一喜一憂してストレスを溜めこんでいては身が持たない。人は千差万別ということを肝に銘じたほうがいい。


部下との関係にあって、上司は威張ってはいけない。昔から「弱い犬ほどよく吠える」というではないか。真に実力があって、見識に富み、人望がある上司は部下を威圧することはない。職位が上にいくほど、謙虚にふるまい、フレンドリーに周囲の人たちと接するべきである。それは、部下に迎合することとは違う。


現場は常に、柔軟かつ大胆に新陳代謝しなければならない。だから現場に権限委譲する。これを当社では「主権在現」と表現し、積極的に推進してきた。


ドン・キホーテグループの店づくりとストアオペレーションの要諦は、徹底した「顧客親和性」にある。これは、各業態が想定するターゲット層に近い年代、属性、ライフスタイル、感性を有する者が主体になって、売り場をつくり、価格も決めるということにほかならない。


間違ってはいけないのは、変わるのは売り手側、すなわち店であって、絶対に相手を変えようとしてはいけない。店が変化することで、いつの時代にも、ワクワク・ドキドキするドン・キホーテを演出していくということである。


私どもの来店客で「ドンキの売り上げに貢献して儲けさせてやろう」なんて思っている人は、ただの一人もいないはずだ。自分が得をしたいし、いい思いをしたいから、代金を払う。だからこその顧客最優先なのだ。その結果が26期連続での増収営業増益を見込む成果につながっている。


私は社員に相手の立場で発想するように説いている。具体的には「どうしたら顧客に喜んでもらえるか?」「滞在時間を長くしてもらえるか?」「来店頻度を増やしてもらえるか?」「買い得だと思ってもらえるか?」を徹底して考えていくのである。


顧客は自らの意思で来店し、何を買うかも自分自身の裁量で決める。だから、その決断を尊重すべきだ。それなのに、売る側は「買ってもらおう!」と意気込む。その姿勢が前面に出すぎると、顧客は一歩退く。だれも、そんな店で買い物はしたくない。


企業の成長をめざすうえで、売り上げを伸ばすのか利益を重視するのかという議論がなされる。しかし私は、二者択一の問題ではなく、両方を同時に追求すべきだと考えている。なぜなら、売り上げが利益の源泉だからにほかならない。経営の現場にあっては、いつでも「OR」ではなく「AND」を狙うということだ。


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