守島基博の名言 一覧

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守島基博のプロフィール

守島基博、もりしま・もとひろ。一橋大学大学院商学研究科教授。慶應大学文学部、同大学院社会学研究科学社会学専攻修士課程修了、イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・、労使関係論、人的資源管理論で博士号を取得。その後、一橋大学商学部で教授を務める。

どんなに精緻に組み立てられた仕組みでも、働く人に使われてナンボである。


目標とする上司がいないことも、企業の沈滞ムードに追い打ちをかけている。部下は目標とする上司の背中や仕草を見て育つものだ。また目標とする上司がいないと、自分が上司になったときに部下に背中を見せる術がわからなくなる。そして悪循環が始まる。


安定や昇進などの自分志向の仕事目的を持つ人が、昇進や昇給が得られない現状に直面すると働きがいを喪失してしまう。いま、企業は業績が回復しても、それを給与に反映させることはしない。逆に他者のため、あるいは社会のために働くことができれば、ポストや給与が上がらなくても働きがいを感じる可能性がある。そんな視点の転換が必要だ。


従業員から経営者への信頼や我慢は、経営の視点から見た場合、貴重な資源として位置づけられる。事業構造を変革するとき、新しい戦略に移っていくときなど、企業の変革にあたっては、働く人が経営者にどれだけ信頼を置いているか、その結果として、どれだけ我慢する気があるかが、重要な経営資源なのだ。


従業員は、人事管理のシステムや運用のありようから、経営者や会社の意図を読み取ることが多い。人事システムの中で、違背がなければ信頼が形成される。日常の雇用のあり方によって、信頼がどこまで形成され、我慢がどれだけ蓄積されるかが決まる。


従業員の我慢とは、変革推進者への信頼によっていることが多い。変革に必要なこれまでとは違った行動をとるためには、変革推進者が裏切らないという信頼が必要なのである。変革や環境変化への対応には、経営者の信頼が必要なのだ。


優れたリーダーシップの行動パターンや資質を規定することはできない。リーダーシップは決まったスタイルでもない。だから、時間をかけて自分の道を見つければよい。それがリーダーになる一番の近道なのだ。


リーダーに必要な2つの条件は、(1)リーダーシップの最低条件である、フォロワー(部下)がついてくること。(2)結果的にリームが成果を出すこと。リーダーシップとはフォロワーがついてきて、成果を出すための行動である。


トップマネジメントだけがリーダーではないし、特別の素質を持った偉人だけがリーダーになることができるのでもない。逆にフォロワーの立場から見ると、ついていきたいリーダーはいわゆる強いリーダーだけではないはずだ。


リーダーの育成という観点から見て、良質の経験とは3つの要素から成り立っている。

  1. 本人のいまの能力より少し高いレベルの仕事であること。
  2. 適切な時期に与えられること。
  3. 周りが成果について、適度なリスク感を持つこと。

アメリカのマサチューセッツ工科大学スローンスクールの研究によると、現場リーダーの仕事のうち、最も頻繁にみられるのは、センスメーキング(意味づけ)だという。混沌とした状況や、雲の上の戦略に、部下が理解できるような意味を付与することと言いかえてもよい。この研究によれば、リーダーがそれをするだけでも部下のモチベーションは大きく違うという。戦略の現場に合わせた意味付けは、極めて重要なリーダーシップ行動なのだ。


どんなに戦略が優れていても、どんなに弁舌さわやかでも、いいリーダーシップとそうでないリーダーシップを分ける最後の基準は、フォロワー(部下)を率いて、成果を出すかにかかっている。そのためにすることは、極端に言えば何でもいいのだ。


誰でもその人なりのやり方でリーダーになれる。そうした考え方を許容することで、多くの人がリーダーとなり、組織の中のリーダーシップの総量が多くなる。強い組織ができる。リーダー獲得は、組織のあらゆる場面で必要なのだ。


確保すべきリーダーは、最近流行の選抜型トップマネジメント育成プログラムの対象者だけではない。組織をきちんと運営していくためには、ごく少数のトップマネジメントではなく、どこにでもリーダーがいないといけないということであり、いわば、組織の「どこでもリーダー」化の必要性である。組織の中には様々なリーダーが必要とされ、一人一人がどういう場面でのリーダーになるかは、各人のキャリア得意技によって決まってくる。


リーダーとはトップマネジメントという言葉で想起されるような一種類のものではない。組織が階層型から、自立・分散・協調型に移行すると、組織のあらゆる階層におけるリーダーの質が、これまでに増して重要になる。


現場のリーダーも自らのビジョンをもって、現場を率いていくことが理想的なのかもしれない。だが、組織である以上、現場のリーダーが自分のビジョンをもって、自律的に仕事を進めることはほとんどない。どんなに自立的といっても、結局はある枠組みの中での自立である。現場のリーダーがやるべきことは、戦略を無から生み出すことではなく、上から下りてきた戦略や方針に、現場に合わせた意味を付けることなのである。


多くの現場リーダーは戦略家であるよりも、翻訳家である。大きな方針は提供されていて、その方針を自分なりの価値観と現場の個別状況に基づいて味付けする力が、現場リーダーにとっては必要な能力となる。


育成や成長を促す経験は、それが本人のいまの能力より少し高いレベルの経験でない限り、成長を促すことはないし、また、適切な時期に与えないと、チャレンジとして大きすぎたり、周りが過度のリスク感を持つと、中にいる人は委縮して経験から学ぶことができなくなる。


リーダーポストにいる人材にとっては、どこかにベストなリーダーシップスタイルがあって、それを探し求めるということではなく、自ら信じるやり方を追求するという自由を与えることである。その状況にピッタリ合った、リーダーシップスタイルの追求は、ほとんどの場合、徒労に終わることが多いし、ないものを探し求める旅は辛いだろう。自分なりのスタイルを追求できると思うだけでも、多くの人にとっては、かなり気が楽になるはずだ。


優れたリーダーシップとは、部下が力を発揮し、チームが成果を出すために、その状況に欠けている要素を補うことだとされている。


現場のリーダーシップには、ひとつのベストプラクティスがあるわけではなく、その現場、現場に合ったリーダーシップのスタイルをそこでリーダーポストにある人材が文字通り編み出すことになる。


いま、組織がリーダーを獲得するために必要なのは、リーダーポストの魅力を増すことであり、その結果、より多くの人がリーダーになりたいと思うことだ。


組織の競争力を維持する「現場リーダー」を議論するときに、米国の教科書に出てくるような、強いリーダーのイメージで人材像や期待値を描くことは極めて危険である。偉人が組織の先頭に立って、よく練られた戦略とさわやかな弁舌をもって、多くの人をぐいぐいと引っ張っていくというのがリーダーのイメージだとすれば、それは極めて限定的なものである。こうしたイメージでリーダーの選別と育成を続けると、リーダーになりたくない若者たちが増える可能性が高い。


いま、日本企業はリーダーシップをいたずらに難しく考えすぎて、かえってリーダーの魅力を減退させる傾向がある。


経営者は、単に新たな施策を自社に導入することに注力するのではなく、その新たな枠組み(パラダイム)をまず構築し、その中で新たな試みや施策を導入することが必要になる。経営者の仕事の重要な部分が、自社の社員がものごとを解釈するパラダイムの管理と変革ともいえよう。


2011年3月11日(東日本大震災)から私たちは、これまでの常識を疑うことを余儀なくされた。その中で、もがき苦しみながら、新たな日本の方向性を考えてみなければならない時代に入ってしまったともいえよう。ポイントはこれを好機と見るか、危機と見るかである。そのこと(新たな時代に入ること)自体は決して悪いことではない。経営学的にはパラダイム・シフトのきっかけとなるからだ。


人材輩出企業であるGEやリクルートの人材が他社に買われていくのは、プレゼンの上手さや、パワーポイント資料の綺麗さが理由ではない。事業を構想し、また人をまとめて成果を出す実行力に優れているからである。


人材マネジメントとは、人の心に働きかけ、幸せにかつ意欲的に会社に貢献してもらうための経営活動である。そのためには、働く人のココロに訴えかける必要がある。


会社が組織である以上、どんなに優秀な人でも、周りがその人間を受け入れないと仕事にならない。もちろん、異端児や尖った人材を活用する組織でなければならないという議論も最近多くなってきた。私も、そうした人材が変革やイノベーションを起こすという主張にある程度賛成する。そういった人材を積極的に活用し、会社の変革をしていくことが必要なのかもしれない。でも、それはリスクを伴った判断だ。その結果、多くの企業は安全を志向し、組織のロジックを優先し、異端児や優秀な人材を活用しない。


働く人は、辞令の裏に込められたよい意図も悪い意図も読み解く力をつけてほしい。そうすることが、企業で幸せに生きていくひとつの道なのだ。


人事上の意思決定には、現在と未来のバランスはつきものだ。例えば、人材育成で重要だとされている「修羅場を経験させて人を伸ばす」というのは、端的に言えば、優秀な人に苦労をさせるということである。本人がどう思うかによるが、直近だけを見れば、ネガティブな処遇だと誤解されるかもしれない。


強みを伸ばし、弱みを直す。人材のマネジメントにおいてよく聞かれるフレーズだが、人事処遇はひとつの決定のなかに、褒めることと叱ることを同時に含めなくてはならない。


人事上の処遇というのは、不思議なものである。外から見ると、なぜその決定が下ったのかわかりにくいことが多い。特に、配置転換や昇進、昇格など、一人ひとりのキャリアに大きなインパクトを与える処遇において、そういう傾向が強い。当たり前だが、一人ひとりのキャリアに大きな影響を与えるからこそ、決定の背後が知りたいということなのかもしれない。だが、企業における人事の多くは、いくつもの多様な要素を考慮した結果であることが多い。いくつもの考慮がつまったものが人事処遇上の決定なのだ。そしてそのことが人事の意思決定を不可解なものにしている。


人というのは、どんなに清廉潔白だと思われる人でも、叩けば少しは挨が出るものである。また、働いていると、挨かそうでないのかわからないものもある。そのため、多くの人は、同僚や部下に半沢直樹のような人間がくることを嫌う。やたらと正義感が強い人が周りにいると、少し居心地が悪いということを考えてみればよい。


人が仕事をするモチベーションにはいろいろなものがある。そして、そのなかには、個人的なものもある。強い思いや志を持つことば、サラリーマンとしては決して、悪いことではない。だが、それが最も大きなモチベーションの源泉になると、企業としては恐怖を抱く。サラリーマンである以上、最終的には、会社の利益を優先してくれないと困るのであり、私憤の大きさのあまり、判断を誤ってもらっては、困るのである。


重要なのは、自分の企業の人材がほかの企業でも優秀な人材かということである。逆説的に聞こえるかもしれないが、他社から引き抜きのかかる人材を育てる企業がよい企業なのかもしれない。評価基準を世界化すれば、人材はグローバルな評価基準に基づいて自分を磨く。


人材の他流試合も重要である。仕事には多くのやり方がある。もちろん、自社のやり方が最も有効な場合もある。でも、それはほかと比べてみないとわからない。ほかのやり方を見てみて、自社のやり方と比べてはじめてより有効かどうかが判断できる。井の中の蛙状態では、低いままの自社基準で仕事が進められるかもしれない。方法論としては、他社での仕事経験がある人材の中途採用や他社の人材と直接戦う場面かもしれない。いずれにしても、社内競争だけでは、他社で通じる人材は育たない。


仕事を任せて人を育てるという行為は、リスクをともなう行為である。任せてみて、ダメな場合もある。しばしばそのことを恐れて任せることをしなくなる。でも、本来考えるべきは、顕在化したリスクにどう対処するのか。また顕在化しないためにどこまでサポートできるのか、ということである。リスクテークなしの人材育成はありえないという言い方もできる。


現在、タレントマネジメントの議論が盛んである。一般的には優秀層に特化した育成だと理解されている。実際、優秀層の選抜型育成には多くの企業が取り組んでいる。でも、残念我がら、多くは30代前半ぐらいで選抜して、そこから始めて45歳ぐらいで事業部長クラスをつくり上げるような状況であろう。優秀な若手を選んで、30代前半までの育成スピードを上げて、人材確保に取り組んでいるという話はあまり聞かない。これも海外が必ず素晴らしいというわけではないが、私が見聞きする海外優良企業のタレントマネジメントでは、10年目ぐらいまでの優秀層に、意図的にいくつかのかなり大きな仕事をやらせ、そこまでに社運をかけるような仕事を任せることができるように育てる。こういうことをすれば、対象の若者も高い働きがいを感じ、大きく早く伸びるだろう。


一部の外国ではヒーローが継続的に再生産されて、若者の起業やチャレンジの原動力になっている気がする。夢見、憧れるリーダーがいて、多くの若者が動機づけられ、自らもチャレンジするというサイクルが回っている。


日本の企業は、たとえその人が極めて優秀だとわかっていても、社運をかけるような仕事を10年目の社員に任せているだろうか。上司やリーダーは、2回失敗した若者に3回目のチャンスを与え、また本人もその課題(でも、とても重要な課題)を堂々とこなすことがあるだろうか。


簡単に言えば、今起こっている人材不足は、人材確保を重要な経営課題だと捉え、人の育成と活用を戦略的に行ってこなかったここしばらくの企業経営のあり方の問題点が表面化しているとも言えよう。


企業と人との関係は、基本は交換関係である。なかでも重要なのは、経営学が「心理的契約」と呼ぶ関係である。企業から大切にされていないと感じ続けた人材は、企業のために頑張って価値ある人材になろうとはしなくなる。


わが国企業の人材育成の基本は、今でも現場育成である。仕事の遂行を通じて仕事を覚える。それが基本だ。だが、こうした現場育成は体系づけられたものではないことが多く、現場の状態や現場の上司に大きく依存する。言い換えると、状況が人の育成を可能にしない状態では、現場育成は機能しないのである。


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