太田義勝の名言 一覧

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太田義勝のプロフィール

太田義勝、おおた・よしかつ。日本の経営者。「ミノルタカメラ」社長。京都出身。同志社大学法学部卒業後、ミノルタカメラ(のちのコニカミノルタ)に入社。ドイツに駐在し、カメラ営業担当、欧州地域情報機器営業責任者などを務めたのち帰国。複写機事業部複写機営業部長、取締役複写機事業部長兼複写機営業部長、情報機器事業統括本部長兼情報機器営業本部長、常務などを経てミノルタ社長に就任。その後、コニカとの経営統合を成功させたのち、コニカミノルタホールディングス取締役代表執行副社長、コニカミノルタビジネステクノロジーズ社長、コニカミノルタホールディングス取締役会議長などを務めた。

他人(代理店)任せでは市場動向が分からんし、儲かる消耗品も扱えない。このままではダメですよ。


人生は何が吉と出るかわからないのだから、思ったことははっきり言ったほうがいい。上司にとってもズバズバ物を言う部下のほうが分かりやすいはず。


経営統合や創業事業の撤退に携わったことを「大変だったでしょう」と言われることはありますが、眠れないほど悩んだ記憶はありません。意地を張ったり過去にこだわったりしている暇もないまま、世界市場でのポジション取りに邁進しました。その過程で自然と業務の無駄は削ぎ落され、新しい組織の仕組がつくりだされ、競争力強化につながったのだと思います。


組織の融合を図るために盛大な飲み会や運動会をやってはどうかという意見もありましたが、却下しました。我々はプロとして仕事に取り組んでいるのです。小学校が統合して児童同士を仲良くさせるのとはわけが違います。
【覚書き|コニカとミノルタの経営統合時を振り返っての発言】


お互い長い歴史を持つ会社がひとつになるのですから、統合作業で動揺したり揉めたりするのは仕方ありません。ベクトルを合わせるためには、高い目標を共有して全力で突っ走ることが大事だと思っていました。
【覚書き|コニカとミノルタの経営統合時を振り返っての発言】


お互いに2番手グループにいては将来はない。やがて世界のオフィスで主流になるだろうフルカラー複合機の世界で勝ち抜きたい。コニカ社長から初代コニカミノルタホールディングス社長を務めた岩居(文雄)さんとは、この時点でしっかりと一致できました。だから統合に際して立ち上げた委員会や分科会で、両社の社員同士による意見の対立が生まれたときには「グローバル競争に勝ち抜くボディをつくるんだ。それには何が必要なのかだけを考えろ」と繰り返し伝えました。


私はミノルタ最後の社長ですが、カメラ事業はコニカとの統合時点で売上高の2割程度に過ぎませんでした。2000年前後から急速に普及し始めたデジタルカメラは、電子部品の塊です。私たちが長年つくってきた写真機という物体はなくなるかもしれないという危機感を持っていました。スマートフォンのような商品までイメージできたわけではありませんでしたが、単なるアナログからデジタルへのシフトに終わらないと思っていました。


普通のおっさんが普通のことをしたにすぎません。過去の話なんて振り返ればみんな美しい思い出。たまたま事業が成長軌道に入ったときの流れに、うまく乗っかっただけですよ。


旧西ドイツを中核として、フランスやオーストリア、英国などに販路を広げていきましたが、なんといっても力を入れたのは東欧。キヤノンなど日本勢がまだあまり進出していなかったからです。


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