天野平八郎の名言 一覧

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天野平八郎のプロフィール

天野平八郎、あまの・へいはちろう。日本の経営者。「仙台トヨペット」「山形トヨペット」「トヨタレンタリース仙台」社長。千葉大学卒業後、トヨタ自動車に入社。第五車両部長を経て、仙台トヨペット、山形トヨペット、トヨタレンタリース仙台などの社長を務めた。そのほか、社団法人宮城県自動車会議所会長、JAF(日本自動車連盟)東北本部長、日本自動車販売協会連合会常任理事、東北大学総長顧問などを務めた。

仕事は得たり失ったりするもの。仕事にやりがいは求めても、生きがいを求めてはならない。


上司は、自分のほうが部下より優れていると思うのは間違いで、部下の能力は無限だと思わなくてはいけない。


最近は、若いうちから、将来伸びそうな人材、そうでない人材を峻別する会社が多いですね。後者に分類されて閑職とレッテルを貼られた部署に回されれば、意欲が湧くはずがない。


サラリーマンには4つの楽しみがあります。「良い同僚を持つこと」「良い同僚になること」「良い上司になること」、そして、「良い上司の下につくこと」。最後のひとつは自分の努力ではどうにもできない。でも、一生懸命やっていれば、運も引き寄せることができるものだと思います。


会社がキャリアパス制度を整備して将来像をはっきりさせることも大切ですが、各人が仕事に惚れ、その道のプロを目指すことも大事でしょうね。この仕事を自分のキャリアにするんだ、と。ただし、心はつねにアマチュアの清々しさを失わないでほしいですが。


トヨタの歴史は人づくりの歴史。中核的な部署にいる社員にかぎらず、自分たちが給料をいただいているお客様に喜んでもらいたいという気持ちが強く、一生懸命にやっています。人事考課は減点主義ではなく加点主義で、敗者復活があり、最後まで競争させる伝統がある。


職業人としてどう生きるかということでは、40代はこれまでの経験を体系的に整理する年代。そのうえで、いよいよ責任あるポジションを任される50代から60代までは、男が成年の色気と体力を持って行動することができる充実の年代と言えましょうか。


トヨタ生産方式を確立した大野耐一さんは「上司は部下を困らせるのが仕事だ」とおっしゃった。1966年に発売した「カローラ」がどんどん売れていた頃、当時は別会社だったトヨタ自動車販売からトヨタ自動車工業に注文が来た。月に5000台しか作る能力がないところに7000台の注文です。「できない」と断わろうとすると、大野さんは「全部受けろ」と言う。「では、定時では5000台しかできないから残業させてほしい」と頼むと「残業はダメだ」。5時になると大野さんが工場に来てラインを止めさせるわけです。とうとう工場の責任者が当時の豊田英二社長のところへ行って「大野さんに残業を認めてくれるように言ってください」と直訴した。豊田英二という方が偉いのは、そこで「大野君がダメだというものはしょうがないだろう」と大野さんの判断を尊重したことです。仕方がないので、工場では懸命にみんなで知恵を出し合って、とうとう残業なしで7000台作れるようになりました。そこで大野さんのところへ報告に行くと、褒めてくれるかと思ったら「そうか、今日から残業して8000台作れ」と(笑)。つまり、人間は難しい課題を与えられないと本来持っている能力に気がつかない。


組織のコミュニケーションで私が気がかりなのは、部下に嫌われたくない上司、上司におもねる部下が存在することです。


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