天羽稔の名言 一覧

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天羽稔のプロフィール

天羽稔、あもう・みのる。日本の経営者。化学メーカー「デュポン株式会社」会長。徳島県出身。ワシントン州立大学工学部卒業後、デュポンファーイースト日本支社(のちのデュポン株式会社)に入社。自動車関連事業本部部長、名古屋支店長、開発企画部部長、エンジニアリングポリマー事業部長、取締役、副社長などを経て社長に就任。

座学で教養を身に付けるよりも実学で現場を知らなければ、市場のニーズをすくい取る感性は磨けない。


顧客に足を運び、ニーズを発掘して市場を創っていくことが何より大事。


言葉で説明し、納得してもらう努力を重ねれば、支え合う関係は構築される。それが原点だと思います。


強い製品は放っておいても毎年、その国のGDP(国内総生産)伸び率程度は伸びます。無理して伸ばせば、価格競争を招き利益率の低迷を招くだけ。必要なのはシェアの小さな製品をどう伸ばすかです。


米国留学での経験から常に心がけてきたのは、自分の考えていることを誰にでも分かるように言葉にして伝えていく、ということです。


留学中、多くの人に助けられました。大学院に進学し、いい成績で卒業しなければと勉強しすぎて、ある日、下宿で血を吐いて倒れた。私を車で運んでくれた友人、カネのない私を1年の月賦で医療費を払えばいいと診てくれた医師。「20分遅ければ死んでいた」と言われ、人は独りでは生きていけないと身をもって学びました。


「あれは君が好きでやったんだろ。私は何も頼んでいない」。これは米国留学時代に、寮の相棒に言われた言葉です。試験中の彼が大変そうだったので食後の皿洗いを引き受けた。数日後、自分が試験で余裕がなく、皿洗いを頼めないかと聞いたら返ってきた言葉です。衝撃でした。世の中にはいろんな人がいると思い知った瞬間でした。


エンジニアリングポリマー事業のアジア太平洋地域の総責任者時代、アジア太平洋地域の幹部約70人の評価を全17カ国の同事業の責任者を一堂に集めて行い、透明化しました。人事評価を一緒に行うようになったことで各国の責任者が他国の幹部を知るようになり、国を越えた協力関係が生まれていきました。ある年はA国が悪くても、B国がそれを補うといった具合です。おかげで「5年で売上高2倍」の目標を達成できました。


何事も現場で経験することが大事。徳島の八百屋の息子だった私は幼い頃から父がお客様の好みに合わせて、きゅうりを浅漬けやぬか漬けにしたりして付加価値を付けることで高く買っていただくという商売の基本を垣間見てきました。


必要なのは「人」だと思います。もっと言えば、日本の企業が持つ、個々の力を集めた「組織力」です。これは簡単に真似できるものではないからです。


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