大谷竹次郎の名言 一覧

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大谷竹次郎のプロフィール

大谷竹次郎、おおたに・たけじろう。映画会社松竹の創業者。若干18歳で金主(演劇の資金を融通する一種の投資家)となり、いくつも演芸場を買い取るほどの利益を生む。その後、他家に養子に出ていた双子の兄、白井松次郎と松竹(社名の由来は松次郎、竹次郎の名前から)を創業。50歳で歌舞伎俳優の大半と、関西喜劇俳優のすべてを抱える大興行主になった経営者

勲章を胸にかけて思ったことは、この勲章は決して私個人のものではない。私と共に歩んだ演芸、映画人およびその背景にある仕事が頂戴したのだと思う。
【覚書き|文化勲章を授与されたことに対するコメント】


仕事に追いかけられていた私には、家庭でのんびり落ち着く日はめったになかった。


偉くなる役者は必ずどこかに普通人とは違うものを持っているものだ。


私は興行で得た利益を自分のために利用しようとは露ほども思ったことはない。儲けた金にさらに足し前をして、いままで以上の立派な芝居を見せたいのが趣旨であった。


日本の劇場には極めて悪習慣が残っていて、京都の劇場も木戸(入場口)に大木戸と称して、ごろつきの親方が、ごろつき押さえに頑張り、観客が札を買って入るときには木戸札を箱に投げ込んで、通り一枚、通り二枚と呼んでいた。劇場の中にはクリカラ紋々の入れ墨男が働いていて、興行主の収入は木戸銭(入場料)だけに限られていた。私はこのけしからぬ悪習を一掃しない限り、劇場経営は成功する見込みなしと断定して、常盤座を借り受けると同時に、従来の雇用一同を解雇する案を提起した。


舞台は真剣で値段は安い。そしておもしろい。幕間は短い。
【覚書き:舞台・演劇の興業はこうあるべきだという大谷氏の哲学を的確に表現した言葉。以降、この哲学によって松竹は大きく成長した】


同じ事業をやるなら、人間は自分が好きな事業に手を出すべきだ。


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