大橋洋治の名言 一覧

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大橋洋治のプロフィール

大橋洋治、おおはし・ようじ。日本の経営者。岡山県出身。全日本空輸(全日空、ANA)社長・会長。慶應義塾大学法学部卒業後、全日空に入社。人事部勤労第一課長、航務本部乗員業務部副部長、営業本部宣伝販促部長、整備本部管理室企画管理部長、成田空港支店長、ニューヨーク支店長、常務取締役人事勤労本部長、副社長などを経て社長に就任。そのほか、日本経済団体連合会副会長、セブン銀行非常勤役員、テレビ東京取締役なども務めた経営者。

攻めの経営への具体策はグループ社員が一丸となって新しい全日空を作ることに尽きます。言ってみれば、いまほど危機感を抱えているときはないわけで、みんな緊張していますから、一丸となって危機を乗り越えるチャンスだと言っています。「ピンチはチャンス」全員が企業家精神を持ち、危機に立ち向かって競争力をつけていかなければいけない。


現場とのダイレクトメール(直接的なやり取り)を行っています。一人一人の社員と対話をし、コミュニケーションを図り、なぜ変えなければいけないのかを訴えている。新しいANAグループの骨子となる理念や行動指針、戦略の基本方針などを繰り返し語り、徹底してお客様にこだわることの大切さを説いています。本音を言えば同じことを何度も言うのは難しいし、骨の折れる仕事なんですが、言い続けなければいけない。


社員の一人一人がお客様にこだわるとはどういうことかを考え、部門横断的に議論すれば、お客様の声やニーズを商品やサービスの改善につなげることができます。それは企業体質を変え、起業家精神あふれる企業風土を作ることになる。このことは、お客様に徹底的にこだわるANAブランドを確立するステップと言っていいと思います。


終戦時に満州から引き揚げる逃亡生活に入る前の晩まで、私は悪いことばかりしていたそうです。倉庫に入っては山積みになっていた角砂糖を盗んで食べていたらしいんですが、ある朝方突如、爆弾がドン、ドンといって落ちてきた。ソ連の侵攻です。5歳でしたがそのときから要所、要所において記憶があるんです。親父が商売をしていましたので、そう悪い生活でもなかったのですが、逃亡生活の翌日からはもう着の身着のままで、何も持たずにひたすら逃げた。幼少時に惨事を経験し、死の淵を見たというか、以来私はどこででも生きていけると人生を達観し、悟りの境地で物事に臨むようになりました。


敵は内にいる。自分自身に勝たなくてはいけない。自分が変わらなくては何も変わらないと言っています。怖いのは、企業風土を風化させる内なる敵なんです。


JALに勝つには何をすべきか、大きな視点に立ってみんなで考えなきゃいかん。


理念は、会社にとって憲法のようなものです。理念があって、その上にビジョンという夢があり、その夢を達成するための物語を作る。それが、経営者の仕事です。


このままではダメだと危機感が募り、経営理念とビジョンを改めてつくりました。その理念とビジョンを社内に浸透させられたからこそ、どん底の状況を乗り越えられた。


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