大平喜信の名言 一覧

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大平喜信のプロフィール

大平喜信、おおだいら・よしのぶ。日本の起業家。雪国まいたけ創業者。新潟県出身。中学を卒業後、工務店や工場などで働き、27歳で独立し大平もやし店を創業。その後、難しいとされていたマイタケの栽培を開始し、雪国まいたけを設立。同社を東証二部上場企業へと育て上げた経営者。

死まで覚悟すると不思議にストレスなどなくなるもの。


大抵の人は、「できないに決まっている」で終わりますが、私は自分が全力を尽くしてもいないのに「できない」とは考えたくありません。「きっとできる」と思うのです。


学歴がないからこそ、会社をここまで大きくできたのかもしれません。山奥で育つ舞茸の量産は不可能。それが業界関係者の常識でした。私はそういった既成概念がありませんでした。知識がなく、わからないことはわからないと言える性格ですから、なぜできない?どうして失敗する?と突き詰めていくわけです。


いい大学を出た人間は、おおむねプライドが高い。社会に出て、そのプライドの高さを、能力を伸ばす方向に使ってくれればいいのですが、難関大学に入ったことが人生の頂点になっているようでは駄目です。自分はまだまだ向上する存在だと思っていなければなりません。


自己理解力が大事です。自分の長所、短所をわかっている人は意外に少ない。会社として期待しているのは潜在能力を活かすことです。やる気があれば何でもできます。ほとんどの人に大きな潜在能力があるのに、自分で自分の限界をつくってしまう人も多いのです。


舞茸を始める前、もやしをつくっていた創業時には自殺も考えました。事業失敗と言われるのが嫌で、家族もろとも交通事故で死のうとか。しかし、ここで諦めたら中卒だから失敗したと陰口をたたかれる。だから頑張れたのかもしれません。


私はこれまでの人生で何度となく逆境に遭遇してきた。その都度、自ら知恵を出して逆境をはねのけてきたわけだが、本当の知恵を出すために、私はなぜ、なぜ、なぜと何度も「なぜ」を繰り返す。すると、最終的には商売相手や消費者の「望み」にたどり着くことになる。


人間は自分の望みを叶えるためにすべての行動を起こしているわけだが、「なぜ」を何度も繰り返していくと、相手の望みがくっきりと見えてくる。そして、本当の知恵とは、この望みを最も有利な条件で叶えてあげる方法に他ならない。


雪国まいたけを創業した当時、最大の難問はパートタイマーを集めることだった。しかも、せっかく雇ったパートさんがちゃんと働いてくれない。1時間でできる仕事に倍の2時間もかけている。なぜ、パートさんは一生懸命に働こうとしないのか。自問するうちにパートさんの心理が見えてきた。パートさんは3Kの職場に「勤めてやっている」と考えているのだ。この意識をどうすれば変えられるだろうか。私が出した結論は時給の引き上げだった。新規募集に応募が殺到し、古株のパートさんの心理は「勤めてやっている」から「クビにされたくない」に変わった。工場の中を小走りで移動するようになった。


雪国まいたけを創業する前、私はもやし屋をやっていた。当時としては珍しい太もやしの栽培に挑戦していたが、資金はたちまち底をついた。6畳一間に家族4人。腐ったもやしとバナナを分け合って食べる日々。真冬に窓ガラスが割れても修理する金さえなく、ござでふさいで寝たら、翌朝、家族全員の顔に雪が積もっていたこともあった。


一度本気で死を覚悟してしまうと、死以外のことはストレスでなくなる。どんな逆境に遭遇しても、怖くなくなる。嘘だと思う人は試してみるといい。私は、トラックに乗って崖から転落すれば心中ではなく事故死に見えると考えて、転落に最適な場所を探しに行った。そして、失敗したらこの崖から谷底に突っ込むのだと決心したとき、死以外のすべてが怖くなくなってしまった。以来、どれほど大胆な決断をしても平気になったし、異様に活力が湧き上がってくるようになった。
【覚書き|雪国まいたけ以前に創業したもやし屋がうまく行かず極貧生活をしていた頃、親族に迷惑がかからないよう一家四人で心中する場所を探しに行ったエピソード】


27歳でもやし事業を興した時、両親や親戚は「おまえみたいな中卒が会社を作っても、すぐ負け犬になる」と反対しました。でもそれで引っ込んだら人生が終わってしまう。一度きりの人生、好きなことをしようと思いました。


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