大坪英夫の名言 一覧

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大坪英夫のプロフィール

大坪英夫、おおつぼ・ひでお。半導体製造装置と精密計測機器の製造メーカー東京精密の会長兼CEO。東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、富士銀行を経て東京精密に入社。同社で労務担当として労働組合と良好な関係を築いたのち社長に就任。11年間同社で経営を行った人物。

改革はまず旗を揚げることから。そして、到達地点を確認し、その先にまた旗を揚げる。この繰り返しです。振り返ってなどいられません。


退職者を原則として皆、再雇用するようにしました。そのための小さな会社を作り、組合の執行委員長と会社の人事部長を両方そこに入れました。マンションなどに置く宅配ボックスの会社で、これがいまや業界準大手になって上場を目指しています。給料は話し合いで決めさせてもらうが、勤めたければずっといてくれても構わない。やる気の出せる道をこうして目に見える形で与えられると、かつての「輝ける」組合の執行委員長でさえ、周囲が驚く働きぶりを示しています。


管理とは役職に伴う権力でするものじゃない。権威でするものです。経験が与えた権威があるのなら、パートであろうがチームの管理ができるのです。


10年先、私の会社はもっと変わっている。変えるつもりです。変化の速度の速い者だけが生き残れる。そのため会社をもっと異業種混交にする計画です。ハバロフスクから数学専攻の優秀なロシア人大学生を一年インターンとして雇っているのはその一環で、技術開発の将来を彼らに託しています。


この会社に来た当時は、ストライキ発生件数で上場企業中断然トップという会社です。経営と組合間に話し合いの回路は途絶したまま。昼休みには社内で堂々と就職情報誌が読まれる風土でした。そこで組合の言い分を聞き、その通りしたらどうなるかひとつひとつ確かめていきました。昼休みの5分間働く働かないで、賃金を上げるの下げるのという話。そんな話は技術開発で生きる会社にそぐわないとは思わないか。たとえばそういう対話の積み重ねです。


東京精密に移り4年経って社長になろうというころ、組合三役がやってきました。社長になるなと言うのです。せっかくここまで信頼関係ができたのに、労務担当役員が変わると元の木阿弥だと。だから私は社長になっても組合は自分が担当すると約束し、会長兼CEOとなったいまも一貫して労務担当です。これをやっていくと、だんだん社内の人心が落ち着いてくるのです。嘘や裏切りは絶対にないと、皆が安心するようになるのです。


この会社に来て以来一貫して心を砕いてきたのは、会社の人心を、重心のところから動かそうということでした。上澄みの人だけでない、全員の本音を変えようと。


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