大前研一の名言 一覧

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大前研一のプロフィール

大前研一、おおまえ・けんいち。日本の経営コンサルタント、経済評論家。福岡県出身。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科博士課程で工学博士号取得。日立製作所に入社し、高速増殖炉の設計に携わる。2年後米国マッキンゼーに移り、日本支社長、アジア太平洋支局長、日本法人会長などを務めたのち独立。経営コンサルタント、ビジネス・ブレークスルー大学学長、カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院教授などを務めた。

人間が変わる方法は3つしかない。1つ目は時間配分を変えること。2つ目は住む場所を変えること。3つ目は付き合う人を変えること。どれかひとつだけ選ぶとしたら、時間配分を変えることが最も効果的。


同じ意見の人といくらつるんだところで何も生まれない。自分の意見に対して、「それ、違うんじゃない?」と指摘してくれる人こそが重要。


世界中で活躍するユダヤ人は、「全員一致の意見はむしろ怪しい」と教え込まれる。大勢に流されがちな日本人は、大いに参考にすべきだろう。


異質が集まるからこそ、エネルギーが生まれる。


どこにも答えがない時代に、私たちは生きている。ならば、今までの常識を疑い、新たな答えを探し出さねばならない。


企業参謀たるものは、前提条件を疑え。


日本にいて膝を抱えてじっとしていたら、何が正しくて何が間違っているかは絶対にわかるようにはならない。


情報というのは自分から取りにいかなければ、価値を生むことはない。毎日の情報の流れの中から、いかに自分に役立つものを取りこんでくるか、である。


太平洋戦争を例にとるまでもなく、日本人は変なところで楽観的で、将来に対しての見通しが甘いところがある。そして表面の現象だけ見て一喜一憂する。


変人、大いに結構。坂本龍馬や勝海舟なんて超変人だったんですから。


やる前から「無理だ」「できない」と言っていたら問題解決はできない。すべての問題は解決できる。そう強く信じることが問題解決の第一歩だ。


一から十をやれば問題解決ができるとわかっていても、当事者にそれを実行するだけの能力がなければ、絵に描いた餅で終わってしまう。そういう場合は相手を見て、できる範囲のことだけを提言し、それができたら次はこれというように、順番を考えて少しずつ前に進めていけばいい。これは個人の問題解決でも同じだ。


ロジカル・シンキングは、答えの範囲を取捨選択して狭めていくときには有効だが、それでは発想は広がらない。誰も気づかないような答えを出すときにものをいうのは、想像力や直感だ。


いろいろな視点の解決策を思いつくためには、人より深く考えることだ。「この答えは、状況がこう変化しても通用するだろうか?」「フレームワークを変えたらどうなるか?」といったように、常に「What if?(~したらどうなるだろう ?)」と問い続けるのだ。


問題解決の基本は疑問を持つこと。この結論が最善の結論だというところを疑ってみる。そうすると問題解決の糸口が見えてくる。


目の前の問題だけを脂汗を流しながら凝視していても発想は広がらない。歴史や地理、ほかのジャンルなどいろいろなところにアンテナを伸ばしてみるといい。


ユダヤ人たちは、もともと誰かが正しい答えを知っているという前提に立っていない。すべては仮説に過ぎないのだから、徹底的な議論を経ないと最善の答えは導き出せないと考えている。


ユダヤ人は大勢で何かを決めるとき、誰かがあることを主張したら、別の誰かが悪魔の使徒になったかのごとく、「なぜぞうなのか?」「こっちの方がいいのではないか?」と反論する。悪意ではなく、その主張が正しいかどうかを議論を戦わせることで検証するのが目的だ。それで最終的にこれが正しいという結論が出たら、今度はそれまで反対していた人も含めて、全員がそれを支持する。


問題はあらかじめ模範回答があると信じて、それを見つけると問題は解決したと安心してしまう。しかし、こういう頭の使い方はまったく役に立たない。なぜなら、21世紀の問題の答えはひとつではないからだ。


問題解決に関して「本質的な問題」と「単なる現象」を区別することが大事だ。たとえば、ある企業の収益が下がり続けているとする。その原因を分析したら、どうやら開発コストがかかりすぎて収益を圧迫しているということがわかった。それで開発コストを削減することによって解決を図ろうとした。よく耳にする話だが、こんなのは単なる現象への対症療法にすぎない。対症療法をいくらやっても本質的な問題が解決されなければ、また別の形で問題が出てくる。つまり、現象だけを相手にしていたら、いつまでたっても問題解決にはならない。


明治維新のときでも、国民の1%も参加していません。国民全部が動く革命なんて存在しない。激しい革命の中を全速力で走り抜けた人間だけが勝ちます。ほんの数人が駆け抜けるだけで必ず変化というのは起きてくる。


リーダーは1人のアドバイザーがいればおよそ間違いのない意思決定ができます。3人のアドバイザーが出てくると、意見調整の時間の方が構想を練る時間より長くなります。いままでの政治家はだいたいそれで失敗しています。


私は政治家には向いていません。なぜなら政治家は有権者に「なるほど、この人だったら安心して任せられる」と思ってもらうことが大事で、私はどちらかというと「こういうふうにすべきだ」とプランを練るのが得意な政策立案者なのです。だからこそ、有権者との間にクッションが要る。自分は政治家には適任ではないと気づいて、さっさと足を洗いました。


努力する方向が根本的に違う。私がトヨタや日産自動車のトップなら、持てる政治力のすべてを使って、課税を含めた車のランニングコストを安くする。一方で中古車買い取り価格を高くして、少なくともアメリカやオーストラリア並みにする。維持費がリーズナブルになって中古車がまともに査定されるようになれば、車を持つペナルティも減り、楽しさも復活するだろう。また、そうでなければ日本の産業を支えてきた自動車業界は衰退期に向かって転がり落ちるだけである。


モノがあふれかえっている時代に育ったいまの若い世代に物欲がないのは当たり前で、草食系だなんだと称しているが、要は環境に適応してしまったのである。貧しさや飢えを経験している我々世代は競い合ってモノを欲しがってきたが、いまの若い世代は「モノは必要なときに使えばいいじゃん」と考える。シェアリングの方が合理的なのだ。


すでに崩壊した成長神話の残滓にすがっている限り、日本人は苦しみ続けることだろう。背伸びしても昇進と昇給で追いついてくる、という甘い発想からいかに早く「身の丈に合った」生き方、ライフスタイルに切り替えるかが問われている。


二言目には不景気のせいにするが、日本経済の長引く停滞の原因はそればかりではない。成長期の思い上がった戦略をそのままにして、政府や企業がマーケットの現実、消費者の懐具合と優先順位に向き合っていないことが大きな問題であり、いくらもがいてもヒット商品が出てこない理由もそこにある。


イトマキエイのように情報をガバガバと呑みこんだところで、一昨日の夕食に何を食べたか思い出せないように、情報は体外にそのままストンと流れ出てしまって終わりとなる。


情報を得るための一番の原動力は、興味・関心を持つことである。咸臨丸の時代や戦後の高度成長期の日本人は海外の情報に旺盛な興味があったし、それを日本に持ち帰って日本初の何かを生み出さなければならないという使命感のようなものがあった。それがいまやまったくない。興味も関心も使命感もなくなってしまった。


私はもう10年ほど前から新聞をとっていない。新聞は一面トップ記事の決め方など、紙面での取り扱い方によっていくらでも重要度や印象が操作されるし、世界中を飛び回っているとしばしば「旧聞」になってしまうからだ。またテレビは、NHKのニュースなど人畜無害で何の役にも立たない。見るならBSでやっているアルジャジーラなど世界の放送局のサマリー(要約)だけで十分だ。


他人の見方を覚えるのではなく、自分の頭に思考の脈絡を持って取り入れることだ。そのとき、そのときに自分の考えを加えて、棚の情報を整理する。そうすることで、ものごとに対する見方がどんどん変わってくるし、広がっていく。情報の感度も絶対に高まる。さらに、情報は使うこと。アウトプットすることでその情報は批判され、咀嚼され、さらに磨かれていく。


情報の達人を目指すなら、最初の一歩はひとつの整理棚をつくることである。私が学生に対し指導しているのは、毎日土曜日に3時間ほど時間をつくり、自分が関心のあることについてGoogleでネットサーフィンすること。3時間サーフィンしただけでは時間の無駄だが、その結果を、つまり「要はどういうことなんだ」と「それなら私はこう考える」をレポートにまとめる。面白い写真やデータを見つけたら、それもレポートに添付する。こうして作ったレポートが最初の棚になる。


私はジャック・ウェルチと20年来の付き合いだが、彼は私に会うといつも「Ken, What’s new?」と聞いてくる。つまり、「前に会ってから、その後お前に起こった新しいことは何か?その差分だけ教えろ」ということである。前と同じことを言おうものなら、きっと「お前は進歩してないな」とたしなめることだろうし、新しいトピックを話すと、それについて矢継ぎ早に質問してくるのだ。


私はどうやって情報を仕入れているのか。もっぱらサイバースペースから取ってくる。ネット上の記事はすべて均一の大きさで並んでいる。つまり私にとってのトップ記事を自分で決めるのだ。しかも絶対に受け身で情報をとらない。こちらから引っ張ってくる感じだ。「世界経済」「日本経済」「地方自治体の動向」「重要な国の地政学的な変化」など、自分が興味のあるカテゴリー別にRSSを活用して、幅広い情報源から自動的に情報を収集している。


雑誌は編集方針が偏っているものばかりを買う。知識よりも、ものの考え方がわかるからだ。幕の内弁当のような雑誌は栄養にならない。


情報が本当に自分の血となり肉となるためには、その情報を自分で加工しなければならない。情報というのは、加工しないことには何の価値も生まない。手に入れた一次情報の意味を考え、ときに疑い、ストックした情報と照らし合わせて、栄養のある情報だけを吸収して自分の中に取りこみ、あとは捨てる。というプロセスが必要なのだ。


答えのない世界で生きたことがない世代は、とにかく教えられた答えを覚えて吸収しようとする。学校で答えを教わる教育ばかりを受けてきたから、手探りで失敗を繰り返しながら答えを導き出す習慣がほとんどない。だから新聞に書いてある情報やテレビが流す情報を、すべて正しいものだと思い込んで覚えようとする。


バブルに踊り、日本経済や日本型経営を賛美するような本が相次いで世に出た80年代を通じて、日本はもう日本一になった、アメリカなどから学ぶものがないと驕り、次第に内向きになっていった。


日本人の情報に対するどん欲さが失われてきたのはいまから20年ほど前からだ。日本企業の旺盛な情報収集活動が産業スパイ扱いされ、風当たりが強くなったという面もあるが、経済大国化した日本にたくさんの情報が集まるようになったことが大きい。海外に出る日本人が急増して、海外ミッションそのものの希少価値も薄れていった。だが何よりも大きな理由として挙げられるのは、日本人の驕りである。


日本人は情報の収集や活用が、決して下手な民族ではない。下手なのはいまの時代の日本人であって、情報に飢えていた頃の日本人は、それこそ世界でも有数の情報収集力と吸収力を発揮してきた。たとえば戦後、アメリカの技術や工業力とのギャップを思い知らされた日本は、学ぶべき相手をアメリカ一本に絞り、情報収集のための対米ミッションに力を注いだ。


仕事のスピードを上げるためには、関わる人がいかに無駄なく効率よく働ける状態をつくってあげられるかが、じつは重要なポイントなんだ。


私は、人生は仕事だけじゃないと思っている。オフロードバイクも、スノーモービルも、ダイビングも楽しみたいから、週末まで仕事を引きずらないようなやり方をしている。仕事漬けになるのが嫌なら、先に趣味やレジャーの予定をスケジュールに入れて段取りを組めばいい。


チームの無駄な時間を省くには、その仕事のリーダーが、あらかじめ全員にでき上がりの具体的なイメージを伝えておくことだ。そうすれば、まるで的外れのものがあがってきて、また一からやり直しといった無駄は避けられる。逆に、何のイメージもないまま「とにかく考えてこい」というような指示では、スタッフは暗中模索で何案も考えなければならない。しかも、膨大な作業をしたにも関わらず、そのほとんどが無駄になるのだから、これじゃ全体のスピードも上がらないし、スタッフのテンションだって落ちてしまう。


人に仕事を頼むときは、前もってその人の仕事の速さを知っておくと間違いがない。このレスポンス・タイムを知りたければ、一度メールを送ってみるといい。私の経験だと、返事の速い人ほど仕事も速いぞ。


多くの人間と、さまざまなタスクを動かしながら、納期までに全体を完成させるプロジェクトがうまくいくかどうかは、まさに段取りが命運を握っているといってもいい。


自分だけ仕事が速くなっても、それじゃまだ、本当の意味で仕事が速くなったことにはならない。なぜなら、仕事の本質は共同作業だからだ。たとえば、企画書をつくるときだって、他部署から資料をもらったり、内容を上司に確認してもらったり、必ず複数の人間が関わっているだろ。途中で肝心の資料が出てこないとか、上司が出張中でハンコがもらえないとかいうことになれば、いくら自分だけ速く仕事をやっても、結局スピードは落ちてしまうじゃないか。だから、自分の仕事の段取りだけじゃなく、ほかの人にどうやって仕事を頼むか、その段取りも考えないと、仕事のスピードは上がらないのだ。


私は暇さえあればスケジュール帳を開いて、もっと効率よくやれる方法はないかと考えたり、数カ月先の予定をシミュレーションしたりしている。そのせいか、原稿の締切りを破ったことは一度もない。


新幹線に乗るにしても、どの便ならその日のスケジュールが一番段取りよくこなせるか、ネットを使って時刻表や乗り継ぎを調べておく。そうすると、この日は時間ギリギリまで事務所で仕事をするより、電源を使える席が空いている早めの便にして、車中で原稿を仕上げたほうがいいなどという計算が立つ。


仕事を遅くしている原因は忙しいからと、スケジュールに時間をかけずにすぐに取りかかるから。最初にゴールまでの最短距離を描かなければ、どんなに速く走っても、遠回りは免れない。とくに複数の仕事を抱えている場合は、どれだけ効率のいい組み合わせを考えられるかで、勝負が決まるといってもいい。


仕事が遅い奴で一番目につくのは、やっぱり段取りが悪いところ。やみくもに頑張るだけじゃ、仕事のスピードは上がらない。この仕事はいつまでに終わらせなければならない、だが、こことここにはすでに予定が入っているから、作業時間はここしか取れない。そうしたら、この日までに資料を集めてもらうよう、いますぐメールで依頼する。こういう具合に、綿密なスケジュールを立ててから事に臨めば、いくつ仕事が重なったところで、じたばたすることはないはずだ。


多くの人が仕事のスピードが上がらないのは、身をもってスピードの価値を感じたことがないからだ。私はこれまでいくつもプロジェクトを手がけてきたが、プロジェクトというのは完成が遅れると、1日につき1000分の1のペナルティーを支払うというのが業界の常識だ。1000分の1といっても、1000億円のプロジェクトともなれば1億円。そういう経験をしてきていないから、口ではスピードアップしたいといいながら、どこか切実感が足りないのだろう。


企業経営を取り巻く環境の変化は激しく、手をこまねいていると気が付いたときには危機的な状況ということにもなりかねない。


大将の能力、力量を正しく見極められなければ、参謀は務まらない。無理な戦略を提言して「それはいいけど、俺には無理だ」と言われたら仕方がないし、無理強いして失敗させたら元も子もない。


コンサルタントも商売だから、嫌われたり、失敗して切られるのは怖い。だから、クライアントの好みを先に聞き出して、それに合わせるような戦略を提言したり、答えがわかっている領域を「問題」として取り上げて、簡単な分析で無難な戦略を提言する輩が少なくない。しかし、そんなものが「参謀の仕事」であるはずがない。自分のインタレスト、自社のインタレストは捨てて、「この人を輝かせるためにどうしたらいいか」だけを考える。


仕えた大将をヒーローにするのが参謀の仕事だと私は考えている。「この人はこんなことができたら素敵だな」と思うことを提案するのだ。私にとって損か得か、あるいはコンサルタント会社であれば会社にとって損か得か、次の仕事につながるかとか、そういうことは一切関係ない。


参謀が戦略やアイデアを授けても、それを速やかに実行に移せる大将というのは、実はそうはいない。


コンサルティングでも、複数のコンサルタントを雇っている会社の仕事はしないことにしている。それから、「ウチの会社はこういうことがやりたいので、A社さん、B社さん、C社さん、提案書と見積書を出してください」という入札仕事も絶対にやらない。「大前さんしかいない」と言ってくれなければ、考え始めない。自分の人生の大切な時間を割いて、相手のために命がけで考える神聖な仕事である。量販店の売り物ではない。


「情報投資にどれくらいのお金をかければいいですか?」と最近、聞かれることがある。人によって違うのは当たり前だが、自分の体を維持するためにどれくらいの食費をかけているか、考えてほしい。胃に入れる金額と頭に(情報を)入れる金額を同じにしろ! というのが私のアドバイスである。


アメリカやドイツなどのエリートビジネスマンほど非常に意識が高い。彼らが普段、どのような努力をしていて、時間の使い方はどんな工夫をして、家庭とはどう向き合っているのか――。リンクトインなどを通してそうしたことに触れるのはビジネスマンにとって非常に意味があるだろう。


セイコーよりもシチズンの営業利益が多いのは、主として時計よりもモジュールが強いからだ。デジタル化した世界で現在生き残っている日本企業のほとんどが「部品屋」ないし「素材屋」である。今やデジタルの王者であるサムスンといえども、日本の部品、素材を使わなければ成り立たないが、この領域では日本は圧倒的な強さを誇っている。


「人が気づかないことになぜ気づくのか」と問われても答えようもないのだが、ひとつの理由らしきものを挙げるとすれば、私には極めて疑り深い点があるということだ。知っているとか覚えている、ということはなく、「すべてゼロから考えたらいいさ」と開き直って、自分なりの問題定義と問題解決をその都度やっているのである。だから、人の話を鵜呑みにしない。他人の言うことを、そのまま正しいとは思わない癖をつける。そして「おかしい」と特別に違和感を覚えたら、徹底的にその瞬間に考え、調べ上げるのだ。


「大前さんはどうしてそんな新しいアイデアが出てくるんですか」とよく聞かれるが、自分では「新しいものを生み出している」という意識はほとんどない。私の場合、何か閃いて新しい発想を得るわけではない。自分目身に質問を投げかけて、それを解くための具体的なフレームワークを作り、それに沿って端的かつしつこく、頭の中で問題解決法を構成して出てくるものにすぎない。問題解決のための論理的思考を血肉になるまでとことん鍛練した結果、どんな物事や現象を見ても、すぐに解決方法が見つかるようになった。これは後天的なものである。


世の中にはネットやメディアだけではたどりつけない情報がある。自分の足で調べなければ気づかないことがあるのだ。知的好奇心を持つ第三者の目で行動し観察・思考することも、「気づく力」につながる大事な要素ではないかと思う。


私のコンサルティングの基本は「自分が社長だったらどうするか」である。現場に足しげく通って綿密なフィールドインタビューを繰り返し、経営トップが知りえないような情報をかき集めて、問題点の背景にある原因のさらにまたその原因や課題を炎り出していく。そして自分が経営トップならどう対処するかを客観的に判断して、具体的でわかりやすい提言をひとつにまとめていく。そうやって経営者にアドバイスすれば、私も経営者もお互い悔いが残らない。結果として、そのアドバイスが間違っていたとしても、「あなたは本当に私のために、私に代わっていろいろ考えてくれた。私もそれに基づいて決断した」と相手側も納得してくれるからだ。


日本人が質問する力を身につけるには、まず「正しいことは一つもない」という前提に立つことだ。新聞に書いてあるから正しい、テレビで大学教授が言っていたから間違いない、などとゆめゆめ思ってはいけない。実際、日本の新聞やテレビの報道番組は、誤った情報の山だ。


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