外山滋比古の名言 一覧

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外山滋比古のプロフィール

外山滋比古、とやま・しげひこ。日本の文学博士、評論家。愛知県出身。東京文理科大学(のちの筑波大学)文学部英文科卒。『英語青年』編集長、東京教育大学助教授、お茶の水女子大学教授、お茶の水女子大学付属幼稚園園長、昭和女子大学教授などを務めた。そのほか、全日本家庭教育研究会総裁なども務めた。専門は英文学、言語学、修辞学、教育論、意味論、ジャーナリズム論など。

ビジネスマンも機械にできない仕事を第一に考えなくてはなりません。ひとつは、考えること。もうひとつは、人の心を読むということ。知識で仕事するのではなく、自分の思考や人間関係の力で仕事をすることを目指すべきです。それこそ、そう簡単にコンピュータに取って代わられることはありませんから。


技術が発達して楽になった半面、その人の存在意義が問われる事態になっています。機械では代替できない「考えること」こそ人間にとって大切な営みだということが、これからはますますはっきりしてくるでしょう。


不要なことはどんどん忘れて、それでも自分の中に残っている知識だけが、判断を助けてくれます。いろいろな新しいものを考える原動力になります。ですから価値のあるものの考え方、判断力、創造力、そういうものをつくるにはまず頭の中にたくさん入っている、有象無象の知識を忘れることから始まるんです。


頭がよくなりたい、判断力を鍛えたいと思うなら、頭をいつもハングリーな状態にしておくことです。頭の中が満腹では良いと思ったことでもスッと頭に入らなくなります。そのためには、不要な情報を整理することが大切です。その具体的な方法とは、時間による忘却です。一晩考えて出来なかったことは、翌日に考えた方がいいと昔から言われていますが、今日判断できないことは10日か20日ほど忘れ、本能的に情報を選別するのです。残った知識を基にして頭を働かせれば、極めて独創的は発想ができます。


日本には知識がなかったことで大きな成功を収めた人が大勢います。松下幸之助や本田宗一郎がそうですね。彼らのような大仕事をした人物は、何事も自分の頭で考えて判断しました。失敗したら、そこから学んで乗り換えていく。成功したら、それをさらに推し進めていく。そういう試行錯誤ができるのは、下手な知識を頭に入れていないからです。知識があると、はじめから正解が決まっているから、試行錯誤なんかしません。


知識をたくさん持つと、自分の頭で考える状況が少なくなります。この場合はこう、これが常識ですよといって問題を機械的に処理してしまうのです。これは思考じゃなくて誤魔化しのようなものです。些細な仕事ならいいけれど、重要な決断を下さなければならないとき、さっぱりわからなくなってしまいます。


知識を詰め込む教育、仕事は、いまやコンピュータに取って代わられました。昔は子供ができると百科事典の営業マンがやってきて、「お子様がこれだけの知識を学べば、きっと将来は大学の先生や大臣になれますよ」とそそのかし、夢を見た親は高い買い物をしたものです。しかし、現代社会でものを知っている人間が優れている、知的に発達した人間だと思うのは大きな間違いです。


本とかインターネットで蓄えた知識が、自分の価値判断を邪魔します。何が大切かを見分けられなくします。だから物知りと言うのは、大体において普段は賢そうに見えるのに、肝心なときには役に立ちません。


現在の学校教育では、あらゆる分野の知識を平等に詰め込んで、忘れないことを最良とします。あれが結局、世の中にバカを量産させています。知識がたくさんあると、新しいことを考えたり、緊急事態で重要な判断をするというときに、その知識が雑音となって考えることを邪魔するのです。知識は常識と言い換えてもいいでしょう。


いま、自分のことを優秀だと考えている人たちは、たくさん勉強したから知識の量は大したものだけれど、実生活における「生活の密度」が希薄です。それは家族や友人、隣人との関係であったり、そういったごく普通の生活経験の量が少ないのです。狭い世界の中で仕事をしているから土壇場になるとものごとが判断できなくなります。


インターネットに接続すれば、ありとあらゆる情報が手に入る時代になりました。そんな時代では、たくさんのことを知っていることよりも、雑多な情報から重要なものとそうでないものをハッキリ整理し、区別することが重要です。


学生に卒業論文を指導していて感じたのですが、みんな驚くほど「思考の方法」を知らないのです。とくに、学校の成績が優秀で本をよく読む学生ほど、思考力に問題がありました。彼らはもっぱら、「知ること・記憶すること」に努力していますから、考える習慣が身についていないのです。


知識に引っ張られて空を飛ぶのはパラグライダーのようなものです。それに対し、考えるのは、自力のエンジンで飛ぶ飛行機です。一見、ふたつは似ていますが、中身はまったく違います。自分でテーマを設定し、自分でその答えを探していくのが論文を書くことなのですから、知識があるだけのグライダーでは、書けないのは当然です。


考えることは、いまのビジネスマンにとって重要なことだと思います。昔は知識があったら「生き字引」といわれて尊敬されたものですが、いまはインターネットを使えば何でも簡単に調べられる時代になりました。会社でも、かつては帳簿をつけたりする役割の人はとても大事にされましたが、いまではかなりの部分をコンピュータに任せることができます。知識や情報だけでやってきた人間は、ゆくゆくはリストラされるわけです。


いまの社会が閉塞的な感じがするのは、不景気のせいだけではありません。人間の生活の範囲が以前より狭まっていることを多くの人が無意識のうちに感じているから、そこに息苦しさを覚えるのではないかと思います。


かつて団塊の世代は、権威に反発することにエネルギーを注ぎ、考えることを疎かにしてきました。そういう人たちが、あまり考えることなしに仕事に邁進して、現在の社会や企業の空気をつくったわけです。しかしいまの若者たちは、それでは駄目ではないかと感じています。自分で考えることの大切さに気付き始めているという点で、いまの若い人たちの方が、その親世代よりもよっぽど見込みがあるように思います。


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