塚本勲の名言 一覧

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塚本勲のプロフィール

塚本勲、つかもと・いさお。日本の経営者。エレクトロニクスの卸売り会社加賀電子の創業者。石川県出身。金沢工業高校を中退後上京。音量調節機器メーカーのヴァイオレット電機、サンコー電機などのメーカー勤務を経て、加賀電子を創業。同社を上場一部企業へ成長させた経営者。

私も多くの失敗や挫折を経験したから今がある。失敗を経験することで何かを学んでもらいたい。
【覚え書き|敗者復活制度をつくったことについて】


当社は常に社員の長所を優先し、チャレンジする機会を与えています。


企業はリスク管理という観点で、一社集中、一極集中ではダメ。


失敗は社員を成長させる。


会社は株主や役員のためだけにあるわけではありません。現場の従業員が仕事をやりやすい「場」を得て、生き生きと働くことが大事なのです。


どうすれば新しい需要をキャッチできるのか。その答えは、社員の挑戦を奨励し、失敗を許すこと、社員が手を挙げた新規事業に対しては、ノーと言わないことです。


需要が伸びている業界はどこなのか、世界のどんな地域にビジネスチャンスがあるのか、常にアンテナを張り巡らしておく必要があります。そのうえで新しく生まれる需要をいち早く取り込めば、厳しい経営環境の中でも発展することができます。


50社の子会社には本業にプラス効果を与える「優等生」もあれば、パソコン関連子会社など苦戦しているものも5社ほどあります。猶予期間を設けて、改革に当たらせています。


加賀スポーツは、今や70億円の売上高となっています。大手百貨店のゴルフショップなど18店舗、ゴルフ練習場4カ所を中心に展開し、急成長しています。人口減少の国内市場でも、まだまだ成長は可能だとお伝えしたい。


絶えず勉強することを怠らず、需要を先取りして新しいことを早め早めに手がけていけば、まだまだ発展できます。


加賀電子では社員が「新規事業をやりたい」と提案したら基本的に「ノー」とは言いません。当人に自分でやらせます。上役が企画してやらせるより、その方が成功する確率が高いし、失敗したとしてもその経験は必ず生きるからです。


失敗して会社に損害を与えたら半年間は罰として冷や飯を食ってもらいますが、その後は敗者復活を認めるというのが当社のルールです。


当社のあるエンジニアが、米国シリコンバレーに会社をつくったことがあります。当時、米国ではパソコンモニターは売りっぱなしで、壊れても修理するところがありませんでした。必ず需要があるというので、提案した本人が社長となり、各社のモニターのメンテナンスを引き受ける会社をつくりました。最初のうちは利益が出ましたが、競合する会社が出てくると赤字に転落。そこで大けがをしないうちに戻って来いと諭し、会社を整理したうえで戻しました。事業は失敗したわけですが、返ってきた彼はもともと技術がわかるうえに、アメリカに7年もいたので英語がペラペラになっていました。彼はいま、本社の技術統括部長に昇進し、大いに活躍しています。


会社がしんどいときは、給与の減額は仕方がないとしても、人減らしはできるだけ避ける。そうして、社員全員で耐えきることが大切です。いずれ景気は回復します。そのときに、時間をかけて育てた人材がいるのといないのとでは、成長力が違ってきます。ここは踏ん張りどころではないでしょうか。


人を育てるには時間がかかります。新卒を採用しても、戦力に育つまで3年から5年は必要です。加賀電子には定年を過ぎても働いてもらっている人がたくさんいます。それを考えたら、ビジネスマンとして育った人を、一時の不況を理由に手放すのはもったいない。余剰人員という考え方があるのはおかしいと思います。


私は経営をガラス張りにし、一定以上の利益は社員に還元する方針をとっています。かつては年3回、20か月分の賞与を出したこともあります。全員同額ではなく、各人の業績を反映させてはいますが、基本は「儲かったらみんなで山分けし、苦しいときはみんなで我慢する」ということです。


技術革新が激しいエレクトロニクス業界で40年にわたって成長を続けてこられたのも、創業当時から新技術・新製品に探究心や好奇心が旺盛な社員が多く、市場の変化にいち早く対応できたからです。


私はリストラ(人員整理)を考えたことなど一度もありません。むしろ経営者の最大の仕事は、社員にいかに働きやすい環境を提供するかにあると思っています。


企業は人なり。創業以来40年、私はこのような固い信念を持って加賀電子の経営にあたってきました。当社は独立系のエレクトロニクス商社として、単一の商品に頼らず、ものづくりや設計の手伝いまで頼まれれば何でもやってきました。いま当社が世界中に拠点を持っているのも、急速に海外展開を進める顧客企業の要望にお応えしてきた結果です。それができたのも対応できる社員あっての話です。


昔、ある社員が米国で修理サービスの会社を立ち上げたいと言うのでやらせました。最初の3年は儲かりましたが、4年目と5年目に損を出して8000万円ほどの赤字がたまりました。その社員にリカバーできるかと聞いたところ、「いや、自信がありません」と言ってきました。そこで「もう、すぐやめようよ。今なら8000万円の損で済むんじゃないの」と、その会社を売却して撤退しました。単なる失敗話ではありません。その社員は米国で長期間滞在したことで現地の技術者と不自由なく話せるようになっていたのです。その後、技術統括の責任者として、新しい技術の動向をいち早く把握するなど活躍しました。


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