堀木エリ子の名言 一覧

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堀木エリ子のプロフィール

堀木エリ子、ほりき・えりこ。日本の経営者、和紙プロデューサー。京都出身。高校卒業後、4年間の銀行員生活を経て、和紙商品開発会社へ入社。その後、和紙ブランド「SHIMUS」を立ち上げ、建築と和紙の新しい関係を提案。和紙製造の新技術開発を行った。主な受賞に、日本建築美術工芸協会賞、インテリアプランニング国土交通大臣賞、京都府あけぼの賞、日本現代藝術奨励賞、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2003、女性起業家大賞、SDA賞/サインデザイン優秀賞、Joie de Vivre(いのち華やぐ)賞、京都創造者賞/アート・文化部門、The Trebbia European Award for Creative Activities for 2012(TREBBIA財団/チェコ共和国)など。

よく「堀木さんは、天職が見つかってよかったですね」と言われるんですが、それは違うと思います。天職とは、「私はこれを天職にするんだ」と決心するから天職になるんです。若い人が「一生懸命になれるものが見つからない」と嘆いていますが、それは見つからないんじゃなくて、決心しないだけだと思います。


いまこの時代に、私たちは志を持って、いかにものごとを成し遂げることができるかが、人の生き様として最も尊く、大切なことだと思います。


突然の事故や病気など、死に様は自分では選べなくても、生き様はそれぞれ自分の個性で選ぶことができます。これは大切なことです。


大病を患った人ほどよく言いますが、私たちは本当に生かされているんだと思います。仕事をすることも生きていることも、人の役に立つためではないかと感じます。


スタッフに対して、作品の対処法をはじめ、書き綴っていきました。すると、予想以上にやるべきことが多く、「スタッフだけでは到底無理。とても死ねない。私がやらなければ!」と気づいたんです。そこで、どうしたらいち早く達成できるかを真剣に考えて、次々と行動に移しました。全身麻酔の手術をした4日後に、東京に出張に行ったくらいです。先生も驚いていました。
【覚書き|悪性ガンの手術をしたときを振り返っての発言】


20代、30代のころは私も、自分の楽しみや幸せのために仕事をしていました。でも、それをずっと続けていても、実はあまり楽しくありません。とくに40代以降は、社会にお返しするというスタンスで仕事をすると、やりがいの感じ方も結果の出方も、変わってくるのではないでしょうか。


巨大な和紙をすく技術や、骨組みやノリを使わずに立体物をつくる手法も、昔の人のように道具からつくっていけば、革新的な技術につながるのでは、という発想から生まれたものなんです。


説得できないなら、継続することでわかってもらおうと決意しました。新しいやり方を採りいれれば、和紙の世界は人の心に響くものとして発展できる、現代建築においても必要不可欠な存在になれる、との揺るぎない思いもありました。長い道のりですが、自分がやっていることが間違っていなければ、いつかはわかってくれると考えたのです。
【覚書き|当初、和紙職人さんたちに企画を理解してもらえなかったことについて語った言葉】


もちろん、私の作品に芸術性があると認めてもらえるのは嬉しいのですが、デザイナーになりたい、芸術家になりたいと思って、いまの仕事をしてきたわけではないんです。和紙の新技術を開発したのも、ヘルメット姿で和紙をかついで足場にあがるのも、私がやらなかったら素晴らしい和紙の文化がなくなってしまうという切実な使命感からです。


作品は単独でつくるのではなく、全体との調和を必ず考えて、周囲の空気や気配を察し、その移ろいに配慮します。建物自体のコンセプトから突出しすぎず、かといって埋没しない作品をつくることで、和紙の素材の良さが活かせます。


デザイン画を描き、紙をすくようになったのも、世の中の役に立つ和紙をつくるため、職人さんに協力していただきたいという思いからです。職人さんに拒まれて終わる前に、まず私がやってみることで、「下手だなぁ、貸してみろ」と手を貸してもらうきっかけをつくるのが、大切なことだと考えているのです。


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