堀之内九一郎の名言 一覧

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堀之内九一郎のプロフィール

堀之内九一郎、ほりのうち・きゅういちろう。日本の経営者。リサイクルショップ生活創庫創業者。鹿児島県生まれ。40種類以上の職を転々とし、事業を興しては上手くいかず廃業ということを繰り返し、35歳で1億円の負債を抱える。その後、上京途中で路銀が尽きホームレス生活を経験したのち、生活創庫を開業。同社とそのグループ会社を年商100億円規模に育て上げた経営者。

汗の量を競うのは、別の手だてがないときにやる最後の手段です。


どんな分野においても、それ以外に脇目も振らず、全力を尽くした者だけが大成します。その意味で、全力をかけて生きている人間は強いものです


つらさも屈辱も、自分の免疫を強くするための予防接種だということを思い出すことで、やり過ごせばいいのです


成功論は世に限りなくあります。それをある程度読みつくしたとき、私はその内容を方程式にできないかと考えたことがあります。その結果、『(知識+技術)×意欲=実績』という式が思い浮かびました。知識と技術は学べるということで、足りないところはお互いに補足しあえる関係です。それに対し、意欲は掛け算になります。意欲は、人によって大きく数字が変わってきます。

人によっては、どんなに知識や技術があっても、意欲がゼロという場合があります。この場合、実績はゼロです。反対に知識や技術を合わせても3くらいしか持っていない人でも、意欲を100持っていれば、300の実績を作れます。いま専門知識や技術をあまり持っていない人でも、意欲さえあれば何とかなるものです。


ものごとを頭だけで理解して、わかったような気持ちになっている人が、このところ増えているように思います。落ちたときの痛みを体で知って初めて、これまで自分がどんな場所にいたかを知ってぞっとするのです。怖さを知るのです。身を持ってその怖さを知った者だけが、二度と同じ過ちを繰り返さずに前進することができるのです


ものをひとつ売ったら、客が一回来たら、それでおしまいではなく、それをいかに続けていくかを考えていきます。新規開店で出血サービスをしても、あとが続かないのは、最初だけ客が来れば、自然と次も来てくれると考えるからです。けれど、普段の接客の中で、一人の客をいかに次につなげるかを考える。それがシステム作りなのです


まず外見を変えて、そして中身を変えていく。人間は中身がモノを言うことは、間違いありません。しかし、まずその中身を見てもらうところまで持っていかないと話にならないというのも事実なのです。自分自身を変えたいのなら、まずは態度や言葉遣い、そして身なりなど自分の外側を劇的に変えることです。外見すら変えられない人間が、自分の中身など到底変えられるはずがないのです


私が出資するのは、決して人助けではありません。出資した人がいつかは成功して、私が困ったときに金を貸してくれるくらいになってほしいと思うからこそ、出資するのです。私が人を判断する基準は、結局のところ根性と人柄です。失敗とは上手くいかなかったという経験のひとつにすぎません。それを乗り越えて進む人こそ、私が一緒に仕事をしたい人なのです


力のある者は力を出し、力のない者は汗を出し、それさえない者は笑顔を、と自分の出せるすべてを出して戦うのです


金持ちと成功は別物だと私は思っています。成功とは、自分のやったことが、どのくらい人に影響を与えているかで測るものだとも言えます。社会的には成功者とは言えない人でも、彼らの成すこと、言葉、それらが私に何らかのいい影響を与えたとき、彼らは私にとっての成功者だと思います。自分だけが豊かになっても、自分の精神、心だけが満足しても、本当の成功者とは言えないのです


最終的な成功か失敗かは自分で決めればいいことだと、私は思っています。自分の物差しをどこに置くかで、成功は成功でなくなるし、また目標に向かう姿勢もまったく違ったものになるのです。年収2000万円の人は、商売をした結果、年収が300万円になれば失敗だと思うでしょう。私がこの商売を始めたときの元手は18万円。商売をやめて、借金を清算して残った金が19万円だったなら、1万円の黒字です。結局は1万円しか残らなかったけれど、これだけいい思いができたのならこれでいいじゃないかと、私はきっと思えるはずです


人は、満足するから幸せなのではなく、挑戦するということ自体に、幸せや一瞬の満足を見出すのだと私は思っています。私の目標は、自分のきりのない欲望を、どこまで実現できるかということです。欲望がなくなったとき、人生が終わるときです。だから私は、明日死ぬと言われても、明日まで何がしたいのか、何ができるのかと、最後まで自分の欲望に挑戦していくつもりです


目標というと、人はたいそう立派なことを考えるようです。けれど、目標というのは、必ずしも立派なものである必要はありません。家が欲しい、いい時計が欲しい、ベンツに乗りたい。そんなむしろ立派とは思えないような目標の方がいいこともあります。立派な目標を立てようとすると、そこには無理が付きまといます。自分の目標というより、人の目を意識した、他人のための目標を立ててしまうことがあります。目標というのは、自分が本当に欲しいもの。俗っぽいものでいいのです


逆境にあったり、挫折し絶望しているという人に私はいつも、そんな環境にあるからこそ、いましっかりと目標を胸に刻むよう勧めます。蔑まれ、侮られ、どん底で胸に強烈に描くことのできた目標は、あなたに大きな力をもたらすのです


一度失敗したら、その原因を良く考えて、二度と同じことをしない。あれは運が悪かった、たまたまだ、などと言い訳をしないで、とにかくやめる。そう気づいたおかげで、私はそのあと、より大きな商売をすることができた


能力とは、頭、手、足、身体、そのすべてを限界まで出しきる、使い切るということです。頭だけで、これはだめだ、こんなことは不可能だと決めないことです。自分の欲しいものを得ようと思ったら、とにかく自分の考えを行動に移してみるのです。身体を動かし、汗をかき、とにかく自分の持っている力のすべてを出してみるのです


ほんの小さな、飛躍ともいえない飛躍が大切であるということに気付く人はあまりいません。でも、ほんの少しでも楽になるから、次のことを考える余裕が出るのです


才能のある人間は、つい傲慢になってしまいます。すべては自分のために存在すると思ってしまうところがあるように私は思えます。協力してくれた数多くの人の努力の上に、成功という果実が実っているのではないでしょうか。自分には能力がないと思ったとき、人は、自分を助けてくれる人に大きな感謝の念を持ちます。感謝されると、人は、もっと自分の力を発揮して喜ばせたいと思うようになります


誰でも一度や二度は、もうこれで終わりかというような、立ち直れないほどの手痛い経験をするものです。しかし、あなたは必ずそれを乗り越えます。そのとき、乗り越えたという生命力を実感できれば、それはこれからの大きな糧となるにちがいありません


他人から軽蔑されるのはまだマシ。なにくそ、こんちくしょうと反発するものがあるからです。他人に頭を下げるのもまだマシです。どこかで「いつかはこの立場を逆転させてやるぞ」という気持ちが湧いてくるからです。自殺未遂はもとより、土下座、罵倒、蔑みと、ありとあらゆる手痛い経験をしてきた私ですが、自分で自分を蔑んだときほど、苦しい経験はありませんでした


成功には成功のロジック(理論、筋道)があるのです。そのロジックとは、どうやら3つのようです。

  1. 社会が信用するノウハウを持っているか。
  2. 社会が信用する経済力があるか。
  3. 社会が信用する人間性があるか。

どんなに立派な精神論も、いずれは、この三つに集約させなければ意味がありません


拾ったゴミに手を加えて売るようになり、たった15坪の倉庫から、いまの商売をはじめました。15坪の、それは小さな、およそ店とは呼べないような私の店で、初めて売れたのは拾ってきた石油ストーブでした。その石油ストーブが売れたことが、いま私がこうして200店以上のフランチャイズを持つ最初のきっかけとなったことを考えると、大変感慨深いものがあります。その石油ストーブを見つけたのは、住宅街のとある街角でした


生ぬるい状況の下、安穏としていて成功した人などいません。成功者と言われる人は皆、どこか野良犬的な要素を持っているのです。荒野を生き延びるための強靭な生命力と、餌のありかを敏感にかぎ分ける嗅覚。そして、逆境にいてこそ身に付く、人を見抜く鋭い眼光。それらを徹底的に磨き上げ、小さな成功を積み上げていくという姿勢を貫き通したからこそ、そこまで到達したのです


人は、外見で判断するのです。なぜなら人間の中身なんて、そう簡単に見えないからです。「人は外見で判断するものではない。ええかっこばかりするな」。私はこう言われて育ってきましたが、社会に出て、人は人を外見で判断するものだということがわかりました


直球勝負で生きていると、たしかに壁にぶつかることもあります。しかし、変化球ばかりでうまく綱渡りできるほど、世の中は単純ではありません。ときにはイチかバチか大きな賭けに出て、直球で勝負しなければならないこともあるのです


商売とは可能性を追求していくことです。実現できる可能性が高いほど、いい商売なのです。プロが関われば、それだけリスクは小さくなります。そのプロに出す金を惜しまないことです


商売のことを「商い」と言います。商いは「飽きない」に通じます。売る人も買う人も「飽きない」ことで、商売が続いていくのです。客が飽きないとはどういうことでしょうか。次に期待を持たせることです。これを買ったけれど、もっといいもの、いいことがありそうだと思ってもらうことです。そう思わせて初めて、「またこの店に来てみよう」と客は思うわけです


買えない人に向かって、いくら熱心に売ろうとしても徒労に終わるだけです。相手の経済力がわかったうえで商売をしないと、かえって相手に恥をかかせることになるのです。商売は「欲しい人」ではなく、「買える人」最終的に決裁権を持った人と話さないと無駄になります。欲しいと言う人と、買う人は違います。欲しいと熱烈に願っていて、なおかつ買えるだけの資金のある人を見抜く。それもまた、商売の秘訣なのです


ファーストクラスに初めて乗って、お金を稼ぐ人がファーストクラスに乗る理由がよくわかりました。身体がまったく疲れていないのです。もう10時間くらいは乗っていられるというくらい、どこにも疲れがありません。一億の商売をしている人は、飛行機から降りてすぐに仕事をする必要がある。体の節々が痛いとか、足がむくんで歩けないとか言っている暇はないのです。だからファーストクラスに乗る。ただの無駄遣いじゃないことが、それこそ身体を通してはじめて分かりました


起業して一年目というのは、頑張りますから予想以上の利益が上がることがあります。そのとき、節税など考えずに、上がった利益はきちんと申告した方が得だと私は思います。商売は長く続けていくもの。少しずつ大きくしていくものです。そうなると、当然銀行から金を借りることも出てくる。そのとき、納税証明書は大きな信用になるのです。損して得を取れといいますが、税金はまさにそれです


あまりに早くスタートしても、その人の人間性が備わるまでは、なかなか成功しません。一時的に成功しても、途中で人の嫉妬などのマイナス感情を受けて、どこかでつまずいてしまいます。商売とは、人が集まって初めて成り立つものですから、まわりの人に悪感情を持たれると、そのほころびは、どんどん大きくなっていくのです


いまがチャンスだと思う人が持っているアイデアの多くは、思いつきです。持っている情報の多くが狭い範囲の情報です。この市場に参入するならいまだ。このアイデアはいましか使えない。時代の流れをキャッチしてそれを事業にできる人は、千載一遇のチャンスに恵まれた人だけなのです。しかし、チャンスというのは、逆に言えば、能力さえあればいつでもチャンスになるのです。チャンスは自分で作るものとはよく聞く言葉ですが、能力さえあれば、チャンスは自分で作ることができるのです


成功には二つの基準がある。自分にとっての成功と、社会的な意味での成功です。ふたつの成功は地続きです。自分にとっての欲を求めているうちに、いつかは社会的な成功にたどり着くのだと私は思っています。だから私は、とにかく自分にとっての成功、つまり自分自身の真の欲求を達成することがまず第一だといつも社員に話します


目の前に自分がどうしてもしたいこと、しなくてはならないことがあるとき、犠牲を払ってでもまずそれをしてしまうと、不思議と状況は好転していきます。欲求の達成には犠牲はつきものです。会社を立ち上げたいと思えば、何年間も休みなく働く覚悟で仕事に挑まなくてはならないでしょう。しかし、その結果、自分の目標が実現したとき、それらの犠牲は、犠牲ではなく豊かな実りのための肥料となったことに気付くはずです。犠牲が、何倍もの利子をつけて、自分に返ってきてくれるのです


「足るを知る」という言葉があります。際限のない欲望を持つから人はいつまでも満足できず、不幸になるのだと、際限のない欲望を戒める言葉です。たしかにこの言葉は、ある面で正しく、人間が幸福を感じるためには大切な考え方です。しかし私は、際限のない欲望を持つからこそ、人は人生に挑戦できるのだと思っています


目標の大きさは関係ありません。単純に自分の欲しいものを、でも心から欲しいものを、いま、それを手に入れるためならどんなことでもすると思えるものを目標にするのです。自分欲望に忠実に、心から望んだとき、それは原動力になります。欲は、人を動かす最大にして最強の動機です


無一文のとき、裸一貫のときに目標を持てるかどうか。それが人生の大きな岐路になるのは、そこから抜け出そうとするとき、目標そのものがエンジンの役目を果たしてくれるからです。目標のある限り、自分がどんな場所にいても、どんな人間であろうと、いまいる場所は通過点になります。通過点を楽しもう、いまのうちにできることをやっておこうという気持ちになります


毎日生き延びるためだけの生活をしていると、先のことなんか考えられない、そんな余裕はないと、たいていの人は口にします。自分でやりたいと思う仕事はあるけれども、日々の仕事に追われてしまい、それに向かうだけの時間と労力がない、という話もよく聞きます。しかし、そんな逆境とも言える中で持てた目標というのは、必ず実現させることができるのだと、私には確固たる自信があります。お金があるとき、生活に余裕のあるとき、そんなときに持つ目標は絵に描いた餅になる可能性が高いと思っています


「運」とは運ぶということです。人がいいことを運んできてくれたときには「運がいい」、悪いことを運んで来たら「運が悪い」というのです。運がいい、つまり、誰かがいいことを運んできてくれるのは、自分がいいと思うことをやっているからです。自分は運が悪いなどと投げやりにならず、やらないえればいけないことを精一杯やっているからです。運の善し悪しは、天から降ってくるものではありません。自分がこれまでにやったことに対する、まわりの評価なのだと私は思います


あなたには、困ったときにきっと助けてくれる人はいますか?人生で成功する人は、能力のある人ではなく、人に「こいつ、助けてやりたいな」と思わせる人のような気がします。「こいつ、助けてやりたいな」と思わせる人は、どんな人でしょう。それは相手の状況によって、自分の態度を変えない人です


人の上に立つために、知識や技術はそれほど必要としません。技術を持った人、知識のある人を集めればいいからです。人の上に立つために必要なのは、自分の無能さを知り、自分のために尽くしてくれる人に心から感謝することだと、私は思います。自分が無能だと自覚すれば、逆にいろんなものが集まってきます


浜松に来て無一文になったとき、わかったことがありました。それは、自分は何ひとつできない、作り出せない人間なのだということです。人間は、たしかにすごい能力を持っています。たとえば、飛行機を発明して、昔では考えられないくらい短時間で移動する手段を得ました。しかし、それは何人もの人たちが、過去の知識を学習し、何億という金を使って、ようやくできたものです


モチベーションとは、人が何かをなすとき、何かのためにそこまで頑張らなければいけないのかという動機づけのことです。野良犬はこんな立派なモチベーションなど必要としません。野良犬が懸命に走るのは、生きるためです。余計なことは考えません。立派なモチベーションなど必要ない。立派な言い訳などいらない。一度、自分の本音で行動してみろよ。本音を口にして、それを叶えるためにやってみろ


俺はダメだ。これまでロクでもないことばかりやってきたと絶望する人がいるかもしれません。しかし、過去は、いま、この瞬間から作っていけるのです。いまから始まる瞬間を次々と積み上げることで、人に信用される過去に作り上げていけばいいのです。そうすれば、5年後、あなたの過去は、人に誇れるものになっているに違いありません


どんなことでも一度信用を失うと、それを取り戻すのは、本人が思っている以上に大変です。10回は疑われることを覚悟した方がいいのです。逆に言えば、10回まじめにやれば、人は信用してくれるのです


平穏な人生を捨ててまで、自分が望んだものは何なのだろう。それは、やはり自分の望む人生を送りたいという強い気持ちでした。それがわかったとき、私は腹をくくりました。自信がついたのです。その自信は、自分の気持ちは変えない。自分の望みは何があっても貫いてみせるという自信です


順風満帆な人生を送る人などほとんどいません。程度の差こそあれ、誰にでも屈辱的な経験はあると思います。あのときにひどく屈辱を感じたけれど、それでも今自分は生きている。それを確かめるのです。それを反芻することで、抵抗力をつけるのです。人からの蔑みは予防接種だと思えたとき、それは怖いものどころか、自分を守ってくれる力となりました


私は、困ったときには、動物としての本能に戻れとよく言います。自然の摂理に従えば、人間、少々のお金がなくても生きていけることがわかります。自然の摂理、つまり、本能に従って、自分にはどんなことがやれるだろうかと必死に考え、生きるためだけにやった経験は、多ければ多いほど、あなたにとっての糧になります


全力を尽くし、自分のすべてをかけたとき初めて、人は物事をなし遂げることができます。もしあなたが何かしらの逆境に身を置いているのだとしたら、それはまさにチャンスです。あながた抱く目標に一直線に突き進むことのできる絶好のチャンスだととらえて、野良犬のように脇目も振らず邁進してほしい


人は普段の生活で、気取りや見栄、外聞といった人間らしさからなかなか自由になれません。人間らしさが、どれほど人間の行動を制限しているかに気付く人はあまりいません。そんな人間らしさとやらをかなぐり捨てたとき、自分の本当の目標は見えてくるような気がします


なんとなく、あえてこっちという判断こそが、実は正しかったり、物事の本質を突くものであったりするということを私は何度も体で感じてきました。自分の中に眠る、野良犬の嗅覚に素直に従ってみると、思いがけない展開があなたを待ち受けているかもしれません


よく「人間らしく」という言葉を耳にしますが、あえて、もっともっと貪欲に、「動物らしく」生き抜こうじゃないかというのが私の考えです。この場合、人間らしくというのは、どちらかというと損得勘定で動いてしまう人間をイメージしています。そうではなく、自分が欲しいと思ったものは全力で手に入れる。ときには人に石を投げられながらも自分の信念に従った行動をする人間でありたいと、私は常に自分に課しているつもりです


私はこれまで自分のことを一匹の「野良犬」だと思って生きてきました。野良犬は、その向かう先ひとつで、勝ち犬にも、負け犬にもなる可能性がある。非常に自由でありながら、そのぶん非常に厳しい世界に生きているのです。


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