坂根正弘の名言 一覧

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坂根正弘のプロフィール

坂根正弘、さかね・まさひろ。日本の経営者。「小松製作所(コマツ)」社長・会長。広島生まれ、島根育ち。大阪市立大学工学部卒業後、ブルドーザーの設計者として小松製作所に入社。取締役、海外子会社小松ドレッサーカンパニー(のちのコマツアメリカ)社長、本社常務、専務、副社長を経て社長会長。800億円の赤字が出ている状況で社長に就任し、V字回復を実現した経営者。2009年のハーバードビジネスレビュー「在任中に実績を上げた実行力のあるCEO世界トップ100」のひとりとして選ばれた。経団連副会長も務めた。

多言をもって語るよりも、客観的な数字を示して伝えた方が、相手にすぐ伝わる。


相手が何を求めているのかをよく理解して、話す内容をしっかり考えないと、相手を説得できない。


何ごとも自らの弱点を補おうとするのではなく、強みを伸ばすために限られた資源を集中させるべき。


ライバルに負けてもいいところ、あるいはライバルと同じぐらいでいいところをあらかじめ決めておき、その分、強みに磨きをかける。


評論家であれば「実行」は必要ないが、経営者にとっては「実行」が不可欠だ。


若いころの経験は、あとで必ず役に立つ。だから、若いときには、自分で仕事の範囲を限定せず、与えられた仕事は何でも一所懸命にやることが必要だ。


リーダーには言葉の力が必要。口に出さなければ下の人には伝わらない。


企業経営者は自社の弱みばかりを憂慮するのでなく、強みを見つけ、磨いて日本の国際競争力にもっと自信を持ち、攻める姿勢を忘れないでほしい。


約束を誠実に果たし続けてきたことが、結局、自分のその後のキャリアにつながってきました。


言ったことは行動に移す、つまり約束は守るということ。私はこれこそが、若いビジネスマンが必ず習慣化すべきことだと思っています。


私の好きな言葉のひとつに「誠」があります。最近は色紙にサインを頼まれると、必ずこの一字を大きく書き「“言”うを“成”すなり」と付記しています。


本質を見抜く目は一朝一夕に身につけられるものではありません。日々の仕事において現場を見たり、自分の考えを実行していく中で、徐々に磨いていくしかないでしょう。


事実やデータをベースに考える習慣は、人に何かを伝えるときだけでなく、仕事全般において重要です。


会社を良くするのには時間と労力がかかるが、悪いリーダーシップによって会社が傾くのはあっという間だ。


私たちのやり方は、ハンター(狩人)よりファーマー(農業経営者)です。狩ったら終わりじゃなく、ファーマーはすぐに商売に結びつかないところにも地道に種をまいて育てるわけです。


自分の置かれた状況が見える化され、ほかと比較されると、自然と競争心が生まれる。何とかしようと知恵を出し、汗を流す。それが人間だ。


データに基づく本質的な指摘をすれば、犠牲を伴う決断でも現場はついてくる。


私の好きな言葉に、「知行合一」という言葉があります。行動を通じて身につくのが本当の知識。英語も使わなければ身につきません。


どんなに規制改革をしても、経営者の意識が変わらなければ、何の成果も生まれない。


成果が伴ってくると、みんなも「これならいけそうだ」と手ごたえを感じて、さらに頑張ってくれます。


リーダーはやれることをすべてやるべきです。コスト削減だけして嵐が過ぎるのを待つとか、逆に成長を目指すからにはコストは温存しておいてもいいとか、甘いことを言っているとすぐ手遅れになります。会社を改善したければ、コストも成長も考えられることはすべてやる。それがリーダーに課せられた使命です。


リーダーには、ビジョンを示すことも求められます。コスト削減を押し付けるだけでは、誰もついてきてくれません。コストはコストで削りますが、一方で成長への夢を語って初めて社員はモチベート(動機付け)されます。


リーダーの責任は重大です。ただし、本当に大事なのはリーダー個人の経営能力より、「見える化」かもしれません。市場や社内で起きていることをタイムリーにつかめるなら、よほどおかしな経営者でない限り、誰でもそれなりの手を打ちます。これは技術の世界でも同じで、問題がはっきり見えているなら天才も凡人も出す知恵はそう変わらない。つまり個人の能力差より、「手にとるようにわかる」ことの方が結果に大きな影響を与えるのです。


危機を抜け出すためには、みんなが傍観者ではなく当事者となって、知恵を出し合わなきゃいけない。それをわかってもらうためには、しっかりと説明する必要があります。


見える化の重要性は、みなさんもよくご存じなはずです。ただ、大事だ大事だと念仏を唱えているだけでは何も変わりません。どうすればお題目で終わらせずに済むのかと、手順を含めて魂を込めて真剣に考え、実行に移していく。それによって「見える化」勝負の明暗がわかれるのです。


誰もが当たり前と思っていることを「本当にそうか」と問い直し、本質を見抜くと、そこに問題を解くカギや宝の山が隠されています。これをファクトファインディングと呼び、コマツ社員の行動規範のひとつに入れています。


知行合一で学べる者が最後は勝ち抜く。みんなが当たり前と思っているところから問い直してみることです。


21世紀に入って以降、我々は「企業価値=株主価値」とする米国流を問い直し、企業価値とは「ステークホルダー(利害関係者)から得られる信頼度の総和」と考えました。信頼度とはいわば「コマツでないと困る度合い」です。これがブランドになります。


事実を的確に把握するには見える化のための武器や方法も必要です。リーマンショック後、販売が落ち込む中で、コマツはどの代理店にどれほど在庫があるか、コムトラックスを通じてデータ化し、リアルタイムでつかみました。そこで生産を控えながら代理店間の在庫調整を行い、いち早く黒字転換しました。現状を見える化したことで、業績の回復法を見つけたのです。事実を把握すれば、どう行動すべきかが見えてきます。


私がデータ経営を「見える化」したのも、「日本はコスト高でものづくりに適さない」といわれるが、本当にそうなのかと思ったのがきっかけでした。問題は製造コストではなく、固定費でした。


見える化は、個人レベルでもそれぞれの競争力に結びつきます。とくに上司の場合、部下の信頼を得ていくには有言実行が基本になります。その際、自分の考えをきちっと見える化して示すことは重要なプロセスです。


私が社長に就任したとき、コマツは800億円の最終赤字に陥っていました。現状を分析し、強みと弱みをデータ化して明示する作業を徹底的に行いました。すると同じ機種を欧米、ブラジル、アジアの8か国で製造している中で、製造コストは日本が一番低かった。赤字の原因は非製造部門の膨大な固定費や建機以外の不採算事業にあるとわかりました。どん底の状態で構造改革に着手し、一転、翌期には黒字回復を果たしました。


天才的な人は目に見えない問題の本質をすぐ見抜き、「ここはこうなっているはずだから、こうしたらいい」と仮説を立てて解決します。ただ、そのメカニズムが見えるようになりさえすれば、誰でもアイデアが出せます。どこにどんな問題があるのか、見える化して事実をつかむことが仕事の成否を分けることだと知りました。


現実や現状を見ないままにして、ああでもないこうでもないと勝手な仮定で議論することほど不毛なことはありません。


天才は、その場で頭の中からアイデアを引き出すひらめき的な発想ができます。一方、凡才であっても、思いついたアイデアを常に見える化しておけば、発想が途切れず、天才とのギャップを埋めることができます。見える化は仕事の質を格段にアップさせる極めて効果的な方法です。


私の場合、複数の事業を抱え、グループ全体で連結対象200社以上、総従業員数4万人の組織のトップという立場上、思考の範囲は多岐にわたります。思いついたそばから前の記憶が消えてしまう可能性があるので、発想がわいたらすぐに手帳を開き、実行日の欄に短いキーワードで書き込んでいきます。


最終的には、お客さんの仕事を「見える化」してあげて、一緒になって生産性を高めます。そこまでやらないと、ダントツにはならないと思います。


大事なのは守るばかりではなく、攻めに転じることです。私がコマツに入社したころ、外資系企業の国内参入という事件が起きました。コマツはこれで終わりだと言われました。当時のコマツの社長、河合良成さんは「もう守りは一切しない、攻撃あるのみだ」と宣言しました。攻撃は最大の防御なりという彼の言葉を今でも覚えています。結局、その戦いにコマツは勝ちました。


「ダントツ経営」は一言でいうと顧客にとって「コマツでないと困る度合いを高めよう」という言葉に集約されます。まさしくダントツ商品を出し続けていれば、コマツでないと困る度合いが高まるという意味です。競合が追いついてきても、ダントツなサービスを提供すれば、やはりコマツでないと困る度合いが高まります。


ひとつ心がけていることがあります。社員の待遇は常にトップレベルを維持することです。できるだけコストをかけないといけないと考えています。


競争相手から社員を引き抜かれる会社が、社員を引き抜く会社に負けるわけがない。こうしたことは、どこかで止まります。この3から4年、何人もの社員がうちを辞めて競争相手に行きました。しかし、辞めた社員が「行った先の仕事は面白くない」とか「自分の能力向上にはこの会社は駄目。コマツにいたほうがよかった」という声が返ってくるようになりました。そうして辞めていく社員が少なくなってきたのです。どの会社も一度はたどる道だと思います。


東京から地方にいろいろな機能をシフトしなければなりません。東京が廃れることと、地方が活性化することの双方の影響を勘案すると、圧倒的にプラス面が大きくなります。一般企業も工場だけではなく、本社機能の一部を移すのです。そうした動きが起きたときに初めて、この国は変わっていくのだと思います。


何でもかんでもユーザーの言いなりになって作っていては、利益を生みだすことはできません。この際、標準化を進めて製品の数を減らして、生産性を高める必要があります。


コマツは本社機能の一部を石川県に移しています。最初に移したのは購買部門で、数年ほど前のことです。これだけITが進歩しているので、どこにいても情報は自由に手に入れることができます。むしろ購買部門は工場にあった方がいいのです。


社長に就任した年、建機需要の低迷とITバブル崩壊で806億円の最終赤字を計上しました。そこで私は、経営の抜本的な構造改革に踏み出す決意をしました。最初に、いくつかのキーワードを練り上げました。まずは、「経営を見える化する」などの4点を打ち出し、問題点の指摘と今後の方向性を示し、そのうえで「ダントツ商品をつくろう」と呼びかけました。ダントツ商品。いまひとつ洗練には遠い言葉かもしれませんが、そのためにかえって力強く、印象的でもあります。


日本と中国のように開発と生産の距離が離れてもやれるような商品があったとしたら、そういう商品について日本に勝ち目はないです。たしかに、米国のデルみたいに、開発と生産の密着度がなくてもやっていける商売はあります。でも、その商売には日本は長けていないんです。


うちの会社では、開発部門と生産部門が同居している工場を「マザー工場」と呼んでいます。ちなみに、アセンブリ(最終的な組み立て)だけをやっている工場はチャイルド工場です。栃木県小山市にエンジンや油圧のコンポーネント(個別部品)の工場があり、そこから車で30分ほどの真岡市に車両生産工場があります。小山に開発部隊を置いていたのですが、この30分の距離が大きかった。ほかの工場に比べアクションが遅いんです。だからすぐに開発部隊を真岡に移しました。


日本が強いのは開発力と生産力の組み合わせです。開発と生産が一体になってコンスタントに改善を積み重ねることによって、製品の特長を作ってきた。その意味で、開発は日本でやるけれど、作るのはコストが安いところでというのはおかしいわけです。本当にそうなったら、果たして日本に勝ち目はあるのか。


副社長時代は「常に下方修正のコマツ」だったわけです。屈辱を味わいました。私は絶対に下方修正はしたくありませんでした。対外公表値は社長が自分の責任で決める数値です。部下が集計した結果を見て「ああこういう数字か」と確認して、そのまま公表する会社もある。でも、私は自分で数値を理解して、この辺りまでだったら多少リスクが出たとしても大丈夫だなということを織り込みながら数値目標を公開するようにしています。


社長にはいろいろなスタイルがあると思います。私がコマツアメリカで社長をしていた時は、アメリカ人とやり取りするうえでコミュニケーションが非常に大事でした。本当の問題点は何か、自信を持っていいのはどこかを極めて合理的に、全社員に説明するように努力しました。そうすると自分たちの進むべき方向がわかってきます。だから私は全社員、協力企業の皆さん、販売員の人、投資家に対してどういう方向をめざし、どんな数値目標を目指してやっていきたいかを説明してきました。


何かを犠牲にしてでも、競争相手が5年は追いつけないような特色を織り込めと開発に言ったのです。原価を10%下げそのコストの余裕を商品価値アップに使うようにとも言いました。環境、安全、IT、それからコスト。4つのキーワードを挙げて、そのなかで何か特色を持った商品を作るようチャレンジさせる。そして出来上がったものがダントツ商品なのです。


プロダクトアウトは駄目だ、マーケットインだと言われます。つまりお客様の声を聞くということです。そしてお客様の声を代弁しているのは「営業」ということになります。新商品を作って評価会を実施すると、参加している営業の連中が「競争相手にここが負けている。ここを改善しなければいけない」と指摘するわけです。そのような意見に従うと、なんとなく優等生な新商品が出来上がるんです。ところが、1・2年もたつと、もう競争相手はその上を作ってしまいます。こんな競争をしてはいけないと感じました。


社内にダントツ委員会というのを作っています。ダントツ商品を認定する機関で、委員会と書くのですが実は私一人でダントツ申請を受けているんです。全く私の独断と偏見で認定基準を定めています。お客様のところに行って半年間、一年見てちゃんと予定通りの実績を上げていないと認定しないとか、10%コストを下げるといっても、商品によってはそれでは夢物語みたいなところがありますから、5%下げただけでも認定してやろうとか、この権限だけは誰にも渡していません。


この15年間、日米欧の経済規模はお互いを経済圏として膨らむだけ膨らんできました。こういった日米欧中心の経済循環だけでは成長できないところまで来ました。自国の経済規模の拡大にお金が全部行ったものだから、その他の世界にお金が行かなくなったということもあります。


この15年間、貧富の差も開いてしまったし、日米欧が経済規模を拡大するためには周辺マーケットを入れないとどうにもならないということになって、アメリカは中南米を、ヨーロッパは拡大EUに政治のリーダーシップで取り組んでいますが、日本はアジアとの共栄をもっと政治のリーダーシップで進めていくことが重要だと思います。


再建の目途を区切るとすれば、二年だと思います。三年というのは長い。一年では結果が出ません。丸二年で結果が出なければ、会社全体が疲弊してしまいます。本当のところ、三年くらいはほしいのですが、三年は結構長いんです。それだけの時間は、なかなか待てません。再建は二年だと思います。


事業というのは必ず苦しい時があるわけです。経営者の判断能力を問われるのは「一時耐えることで再び上昇に向かうのか?」の判断です。「3年で雇用を増やせたのだったら、頑張って人数を減らさずにしておけばよかったじゃないか」とおっしゃる人がいると思うんです。でもそれでは危機感が生まれないんです。危機感を持ったから、会社が再スタートして、雇用を増やせるところまで来たんです。危機感がなければ再生はあり得なかったんです。


日本の建設機械市場はバブルのころと比べると3分の1になってしまいましたが、それでも必死になって多角化を目指したり、雇用を維持してきたわけです。でも、それでは結果が出ず危機感も生まれずジリ貧状態でした。そこで私は早期退職者を募ったのです。


厳しいことを言う社外取締役の存在は、平穏無事に過ごしたい社長にはうるさい存在だが、強い意志を持った改革派のトップには力強い味方になる。


現経営者の大きな役割は後継者を育て、選び、自分の代より次がさらに強くなるようにすることだ。


正しい方向で機能したリーダーシップが、いつしか間違った方向に進み始めることがある。名経営者の任期があまりにも長くなり、後継者問題が最大の経営リスクになるケースも少なくない。


私は社外取締役の是非だけを論じていては、コーポレートガバナンスの議論を矮小化しかねないと危惧している。まず企業と経営者が「何のためのガバナンスか」を自分の頭で考え、明確にしておかなければどんな制度も形骸化するからだ。


物事にはいろいろな見方がありますが、ビジネスにおいては、「長期最適」と「全体最適」を考えることで物事の本質に辿り着くことができます。逆にいえば、短期最適や部分最適で考えても、本質をつかむことはできません。


仕事が自分に向いているか向いていないかを決めるのは、自分ではなくて上司や周りの人です。自分で自分の能力を決めてしまわずに、与えられた仕事は何でもやってやろうと飛び込むことから、道は拓けてくるはずです。


とくに難しい仕事を任せられたときはチャンスです。難しい仕事を与えられるということは、期待されている証拠です。重要な仕事を、期待していない部下には任せません。


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