坂本龍一の名言 一覧

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坂本龍一のプロフィール

坂本龍一、さかもと・りゅういち。日本の作曲家、音楽プロデューサー。東京都出身。幼少期から作曲を学び、東京芸術大学在学中からスタジオミュージシャンとして活動を開始する。イエロー・マジック・オーケストラ(Y.M.O.)に参加し、テクノブームを牽引し人気ミュージシャンとなった。その後、ニューヨークに移住し、プロデューサーやアレンジャー、映画音楽の作曲などを手掛ける。映画「ラストエンペラー」で日本人初のアカデミー賞作曲賞を受賞。主な代表曲に「メリー・クリスマス・ミスター・ローレンス」「ジ・アザー・サイド・オブ・ラブ」「エナジー・フロー」など。

人間は自分で自分に無理難題を出すことはない。けれど、他人はやるんです。


100年後にも人々に聴かれている音楽をつくること。自分を漱石と比較する気はないけれど、漱石が死んだ年をとっくに過ぎてしまったことに忸怩たる思いがある。


売上を伸ばしてやろうとか、一位になってやろうなんてまったく考えずに作った曲がたまたまヒットしただけ。その前にそんな努力をした時期もあったんですけど、それはぜんぜん実らなかったのにね(笑)。あれで逆に、結局僕の場合、そういう努力は無駄なんだなあということを突き付けられました。
【覚書き|「エナジーフロー」が初のオリコン一位を獲得したときを振り返っての発言】


あのころは、1日16時間くらい仕事しても全然平気でした。僕をマネジメントしてる人たちが体調崩してバタバタ倒れていく中で、僕だけが馬並みの体力で、事務所の人が「あいつにトリカブトを飲ませて、カラダを弱らせろ」って言ってたくらい。自分のことしかなかった。でも30代はそれでもいいんじゃない。いずれできなくなる日が来るから。
【覚書き|ラストエンペラーでアカデミー作曲賞を受賞したころの状況について語った言葉】


スタジオにいると、クイーンのギタリストがひとりでギター抱えてやってきたり、エレベーターで隣になったおじさんがボブ・デュランだったり(笑)。もしあのまま日本にいたら、偉い人になっちゃって、自分が一番嫌いなタイプの人間になっちゃってたかもしれません。


向こうに行って本当によかったなと思ったのは、すべてをひとりでやらなければならなくなったこと。英語もろくにしゃべれなかったから、郵便局で手紙を出すのにもオドオドしていて、「もっとデカい声で言えよ!」って郵便局員に怒鳴られて、ますます焦ったり。そんなことを繰り返すことが、自分を取り戻す作業になっていた。
【覚書き|ニューヨークに移住した当時を振り返っての発言】


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