土光敏夫の名言 一覧

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土光敏夫のプロフィール

土光敏夫、どこう・としお。日本のエンジニア、実業家。「石川島播磨重工業」「東芝」社長、「経団連」名誉会長。東京高等工業学校(のちの東京工業大学)卒業後、石川島播磨重工業に入社。その後、東芝との合弁会社の社長を経て、石川島播磨重工業社長に就任。合理化を徹底し経営危機を乗り切る。その後、経営危機に陥っていた東芝の経営再建を依頼され社長に就任。第4代経団連会長。「ミスター合理化」「荒法師」「怒号敏夫」「行革の鬼」また猛烈な働きぶりから「土光タービン」と呼ばれた。

僕は急がんからね。できることから順繰りにやるよ。
【覚え書き|経団連会長就任時の発言】


これから期待される社員像は変化に挑戦しうる人である。


部下は上司の後ろ姿を学ぶ。上司が真剣に仕事に打ち込むことが、最上の教育になる。


これからは頭脳の勤勉が求められる。


変化の時代の経営では時間の要素が大きくものをいう。スピードこそが生命である。


ルールが悪ければ、ルールを改める勇気を持て。


若い人に賭けられるも、賭けられないもないよ。賭けるしかないじゃないか。歴史を見てみい。みんなそうして、今日があるんだよ。


夢中になって生きてきた。石播も東芝も、それに経団連も、与えられた仕事に対して、それが自分の運命だと思って、ただ没頭してきただけだ。


年寄りは先に死んでいくんだから、どんどん若い人たちが中心にやってもらわなければダメだ。


死んだあとのことは引き受けてやるから、死ぬ気でやれ。


常に将来へのビジョンを描いておけ。それが人々に希望を植え付ける。


考えるより当たれ。体当たりによって生きたアイデアが生まれる。


会社で働くなら知恵を出せ。知恵のない者は汗を出せ。汗も出ない者は静かに去っていけ。


諸君にはこれから3倍働いてもらう。役員は10倍働け。俺はそれ以上に働く。
【覚書き:東芝社長に就任して事業再建に取り掛かったとき、社員に語った言葉】


自分の火種には、自分で火をつけて燃え上がらせよう。


60点主義で即決せよ。決断はタイムリーに成せ。


体力の続く限り、自分のことは自分で始末しなさい。


社長が雲の上の人であってはいかん。


豪邸に住んで派手な生活をするような人は、あまり信用できない。


若い人たちが、荷物を放り出そうとしたら、年寄りは、どんどん荷掛け役をやって背負わすんだよ。年寄りの出来ることはそれぐらいだよ。
【覚え書き:若者の鍛え方について】


自分で考えて、自分で自分の将来を切り拓いていくしかない。


徳川300年を破り、日本の近代化を叫ぶには、明治維新が必要だったし、軍国主義から民主主義に転換するきっかけは敗戦だったように、みんなで何か新しいことをやろうとするときには、きっかけが必要なんだ。


油ショックは産業構造を変えるための「陣痛」だな。だから油ショックを機会に、みんなが何とかしなければならないんだよ。


この変化の激しい時代に固定したものの考え方は許されない。スローガンは逆に新しいものの考え方をはばむ。もしつくるなら、毎日変わる社是社訓をつくるべきだ。


じゃあ経団連をやめて暇になるから、僕が行くよ。僕のほかにも会社を辞めて植木屋のアルバイトをやっている人がいるから、2、3人連れて行く。
【覚書き|ある人が自宅の庭木の手入れは植木屋に頼んでいると言ったことに対する土光氏の発言。土光氏は自分の家の庭を自分で手入れしていた。また、俸給から生活費10万円を抜いて他は全額近所の女学校に寄付していた。】


物事を成就させる力は何か、その力の中にはむろん能力があろう。だが能力は必要な条件であっても十分な条件ではない。十分な条件とは、その能力に、機動力、粘着力、浸透力、持続力などを与える力である。そのような諸力を私は執念と呼びたい。


成功は次の成功への呼び水とせよ。失敗は次の成功への足がかりとせよ。この二つの相反する格言は、アフターケアの大切さを指摘している点で、共通の真理なのである。


やりがい、働きがいは、やってみてはじめて出てくる。やりもしない、働きもしないで、どうしてそのような喜びが得られるだろうか。生きがいにしてもそうだ。精一杯生きる努力をして、はじめて生きる喜びを知るのだ。


仕事には節というものがある。仕事の節は一日ごとにつけていきたい。朝職場に入ったときに今日やるべき仕事が、もうちゃんと決まっている。それを全部果たすことによって今日の仕事が終わる。仕事を中途半端に残して家路に就く嫌な気持ちは、誰しも心覚えがあるはずだ。


少数精鋭という言葉がある。この言葉には二つの意味がある。一つは「精鋭を少数使う」ということである。そしてもう一つは「少数にすれば皆が精鋭になりうる」ということである。私は後者の意味を重視したい。前者だとすでに出来上がった精鋭を自分の手元に集めるということで、虫がよすぎるというものだ。後者では今自分の手元にいる玉石混交(ぎょくせきこんこう)の人々を、玉にはますます磨きをかけ、石にはトレーニングによって玉に変えていこうということで全員の能力を底上げすることを意図している。


私が最も重視するのは「早期・重課・鍛錬主義(早いうちに、重い課題を与え、鍛え上げる)」である。どんな人でも若いうちから、能力を上回る程度の仕事を与え、厳しく鍛える。そのような困難に立ち向かい、努力を重ね、苦労を積まねば人は育たぬ。実力と人間は形成されぬ。教育はキレイごとではダメなのである。


どんな人にも必ず一つぐらいは長所がある。上に立つものは、その長所を活用するのだ。長所をどんどん伸ばしていくと、短所はだんだん影をひそめてゆくものだ。このことを忘れてはならない。複数の人による共同作業のとき、もっとも重要なチームワークといわれるものも、各人の長所をうまく組み合わせることに他ならない。一人一人の長所が異質であればあるほど、チームワークの相乗効果は大きい。


各部門がお互いに議論しあうのは良いことだ。馴れ合いで議論そのものがなくなることは、恐るべき腐敗だからだ。しかし、その議論はあくまで前向きでなければなるまい。議論は「互いに自らを問う」ところから始まらねばならない。自らの姿勢を正すことが先決である。


組織はダイナミック(動的)でなければならない。たとえばルールを作っても、はじめたときは新鮮味があるが、ちょっとたつとマンネリになってしまう。今日決めたことでも翌日になると必ずいくらかのマンネリが生じているんだと私は言っている。企業は絶えずダイナミックでなければならない。清水でも動かなければ腐ると言われる。組織体には絶えず揺さぶりをかけておく必要がある。


相互信頼を本物にするため、まず自分が他から信頼される人になる。信頼される人になるためには、どのような行動基準が求められるのか。この五カ条はわかりきったことかもしれない。しかしわかりきったことが、なかなか行えないのである。
一、相手の立場になって物を考える
一、約束をきちんと守る
一、言うことと行うことを一致させる
一、結果をこまめに連絡する
一、相手のミスを積極的にカバーする


「仕事の報酬は仕事である」とは、藤原銀次郎さん(※)の言葉である。賃金と仕事の関わり合いについては、いろんな立場からの様々な議論があろう。けれどもそれらを超えていることは、人間の喜びは金だけからは買えないという一事である。賃金は不満を減らすことはできても、満足を増やすことはできない。満足を増やすことのできるのは、仕事そのものだといわねばならぬ。どんな仕事であろうと、それが自発的主体的に行動できるような仕事になってくれば、人々はそこから働きがいを感ずるようになるのだ。
【※藤原銀次郎:王子製紙社長。日本の製紙王と呼ばれた人物。戦前の三井財閥の中心人物】


人が人に向かってとる態度には、四つの類型がある。(1)自分にも甘いし、相手にも甘い。(2)自分には甘いが、相手には厳しい。(3)自分には厳しいが、相手には甘い。(4)自分にも厳しいし、相手にも厳しい。ある心理学者によれば、職場における上司の自己評価は3、4に集中し、部下に上司を評価させると1、2に集中する。ここで言いたいのは、人に向かって厳しさに欠けることがあるのは、自分自身に厳しくなかった証拠だ。管理者が部下をよく管理するためには、まず自らを管理することが必要なのである。


上司へのリーダーシップをうまく取れない人が、どうして部下へのリーダーシップをうまくこなすことができようか。上へのリーダーシップといえば、奇矯というかもしれぬ。しかし我が国では、あまりにも上下の差別が強すぎると思う。たしかに、年齢や勤続年数や賃金では上下の差がある。だが一人一人が担う職能は、横に並んでいると考えたい。横に並んで切磋琢磨するのである。このように考えれば、リーダーシップは上へ向かっても発揮されなければならない。


人と機械の原価計算をして、どちらが安くつくかという考え方では、これからは通らなくなる。人間には人間らしい仕事をしてもらうという立場から、取り組むべきだろう。そうでなければ人々は喜んで企業にとどまってくれなくなる。


リスクの大きさと利益の大きさは比例するものだ。リスクが小さければ、誰もがその機会を追及するから、利益も小さい。逆にリスクが大きければ、得られる利益は大きい。利益とは、リスクに対する対価だと言わねばならぬ。


問題とは、けっして日々解決を迫られている目前の問題をさすのではない。真に我々が取り組むべき問題とは、現状にとらわれずに「あくあるべき姿」の中に見出す不足部分をさすのである。問題意識を持つことは、このギャップを意識することを言う。問題はかくあるべき姿を求めて、日々真剣に自己の任務を掘り下げ追求し続ける意欲のある人の目にのみ、その真の姿を現す。問題とは、発見され創造されるものなのだ。


私どもの東芝では、上位者ほど早く出勤するという習慣がすでに定着している。私に言わせれば、当然のことといえる。上位者ほど忙しいはずである。その日の準備段取りは、部下が来る前に済ませておかねばならぬはずである。格別の美談でもなんでもなく、先進国のエグゼクティブやマネジャーがとっくに実行していることなのだ。そんな上司の姿を見て部下たちも変わってきた。古い言葉だが率先垂範こそ、人が人に向かう基本原理だと信ずる。


従業員はビジョンを感得することによって、自分がその集団に所属する意味を見出す。私どものある工場に勤める女性から次のような要旨の手紙をもらったことがある。「私は今まで単純な作業に従いながら、来る日も来る日も無自覚に過ごしてきました。ある日上司から、長期計画の話を聞きました。この工場を世界一のモーター工場にするので、私にも参加してくれと言われました。自分の仕事がこんなに素晴らしいものだと感じたのは初めての経験でした」


我々のようなメーカーにとって、研究開発こそは企業の生命を左右する。それゆえ私は、予算を大幅に削減せざるを得ない時期にあっても、研究所に対してだけは申請通り認めてきた。金が成果と結びつくというよりも、金を減らしたために所員の士気が低下するのを恐れたからである。


私はナポレオンのような人物は、あまり好まない。権力をもってロシアを征服したいとか、アルプスを越えてイタリアを征服したいといった野望を持つのは嫌いです。僕は覇権を好まないんだ。社長といえども、命令するなんてことはできないはずだ。ただ、社長としてはあらゆる計画を必ず実行する責任がある。業績の見通しと、配当を決めたからには、すべて社長の責任となる。決めたことに対しては、責任上私はシビアにならざるを得ない。


石川島播磨重工の社長のとき、こんなことがあった。ある部長がきて「部下に何回もアドバイスしても仕事が思うようにはかどらない」と、ほとほとまいっていた。そこで僕は言ったんです。それじゃ君、息子さんに下駄をそろえろと言って、三べん言ったらそろえるか?と。自分の子供が洟(はな)を垂らしていたら洟をかむまで、100ぺんでも200ぺんでも注意するだろう。ところが自分の肉親とは違うからといって、社員に三べんいってもやらんからと、放り投げるのはおかしいじゃないか。その社員が仕事をやるまで忠告しろ。


大きな事業でも小さな仕事でも、一つの失敗がそれだけで命取りになることがある。その失敗にくじけ、しっぽを巻いてしまうからだ。一回限りの失敗は、実はまだ失敗とは限らぬ。肝心なことは、ところんまで失敗の原因を見極め、同じ失敗を二度と繰り返さないことだ。そうすると失敗は成功の母となる。


十年間でどういうふうに変化するのかということについて常に我々は一応の見通しを持たなければならない。それから超産業社会に進みつつあるという一般的な知識をもっと重視する必要があろう。変化することが企業の本質であり、変化に先んじて変化を作り出す企業が必要ではないか。


入社試験の時に、多くの志願者に「あなたの家では何か東芝商品をお持ちですか」と尋ねたところ実に90%近くの人が何かしら持っていた。そこで考えた。不合格者だとて東芝製品の潜在的愛用者なのだから、おろそかに扱っては罰が当たる。その人たちがたとえ不合格になっても、東芝にいいイメージを持ち、固定ファンになってくれればありがたい。ということで不合格者への通知にも、十分な神経を使い、心のこもった文章をつづった。人を見たら、誰でも客と思うべきだ。


実績が予算を大きく上回ることがあるが、トップはこれを喜んではならぬ。実績が予算を下回った時以上に、警戒すべきであろう。控えめに作成された予算は、もはや予算の名に値しない。予実算は一致するのが原則である。これは、予算を建設的行動の指標と考える立場である。予算を支配する考え方である。幹部の見識の問題である。


学校というものは社会に出るためのウォーミングアップの場所に過ぎない。いま、どの学校がいいかなんとか、みんなが目の色を変えているのは、あれは単なる親のエゴに過ぎない。僕自身は大学に行く気なんて全くなかった。好きな機械を作っていれば、それでよかったんだ。


私は思考の大切さを否定するものではない。しかし行動となって現れないような思考は、ビジネスにとって無用であり、ときには有害でさえあると思う。行動を伴わない思考は、腐敗を生むからである。思考と行動は、むしろ両方が相互作用を積み重ねながら成熟してゆくとみるべきではないか。一つの思考を行動に移し、その行動を吟味しながら次の思考を生み出す。そんなスパイラルの中から行きたいアイデアが生まれてくる。


「人はその長所のみとらば可なり。短所を知るを要せず」この荻生徂徠(おぎゅう・そらい)の言葉は誠に感銘深い。完全な人は存在しない。どんな人にも長所短所が必ずある。そこに人生の妙味があるはずである。ところが、人が人を見る場合、とかく長所は見たがらず、短所を見たがる。飲み屋でのサラリーマンの会話を聞いていると、そのことがよくわかる。職場でも短所をあげつらう減点主義が横行している。こんなマイナス評価は、人の心を腐食するばかりだ。短所を知るを要せず。


われわれの周囲には、同じような能力でスタートしても長いマラソンレースの間に差がついて、ゴールで大きく水が開くという事実が厳然としてある。俗にいう「根性」にあると思う。根性とは、いろいろ定義の仕方があるだろうが、要するに「仕事へのよくの強度と持続力」だといえよう。仕事へのよくは実は誰でも持っている。だが人によって、強い弱いの差があり、長続きするか線香花火に終わるかの差がある。人よりも強い欲、長続きする欲で、途中でへこたれず最後の勝利を勝ち取ろうではないか。


今の大学は、人間尊重とか言って、人間をちっとも尊重していない。ただ知識を吸収させるエリート教育をしているだけだ。一流大学は就職へのパスポートだなんて言っているが、何が一流なのか。ぼくにはさっぱりわからない。教育なんてものは、本当を言えば人間を創るんでしょう。人間とは人間らしいということでしょう。松の木なら松の木に育てたらいい。松の木を杉の木に育てる必要はどこにもない。


価値観というものは、時代とともに変わっていくのが当たり前だ。それでなきゃ、歴史は生まれない。仲間のご老体たちが「このごろは価値観が違って困る」とこぼしているが、そんなことは当然のことなんです。僕らの世代だって個人によって価値観は違うのだし、価値観が一緒になったら、それは独裁国家ですよ。


計画とは将来への意思である。将来への意思は、現在から飛躍し、無理があり、現実不可能に見えるものでなくてはならない。現在の延長上にあり、合理的であり、現実可能な計画はむしろ「予定」と呼ぶべきだろう。将来への意思としての計画は、困難を受け入れ、困難に挑み、困難に打ち勝つモチーフを自らのうちに持たなければならない。


僕は石川島(播磨重工)でもそうだったけど、社員をクビにはしない。役付取締役に全部平取締役になってもらった。ウエットといやあウエットだけど逆なんだ。人はすぐあれはこの点が駄目だと欠点を言うじゃないですか。神様はそんなことしませんね。誰だって長所があるもんだ。長所を見ないで人事をやるなんておかしいですよ。そういうところで外れた人はぼくの直属にします。それが僕のやり方。意見は言います。熱を入れてしゃべるから社長は怒ったなんて誤解されることもあるが、ぼくは怒ったことなんてないんだ。


いつの時代を見ても「今の若い者は、実によくやっている」なんて年寄りがいってきた時代はないはずなんだ。昔から「今の若い者はどうしようもない。世の中は悪くなる一方だ」と、年寄りはぼやいてきたんだ。だからといって、ぼやいてばかりもいられない。年寄りはどんどん荷かけ役をやって、若い人たちに荷物を背負わさねばならない。おしなべて考えれば、世の中は悪くなった面も少しはあるかもしれないが、良くなったほうが多いに決まっている。世の中そういうものだ。


どんな人にも長所と短所が必ずある。ところがサラリーマンの会話を聞いていると、短所をあげつらう減点主義が横行している。これでは人の心を腐食するばかりで職場の活力も失われてしまう(土光敏夫、どこうとしお、石川島播磨重工社長・東芝社長を歴任、第4代経団連会長、質素倹約な生活と猛烈な仕事ぶりから多くの評価を受ける)


行動となって現れないような思考は無用であり、時に有害でさえある。思考と行動は相互作用を積み重ねながら成熟していくもので、その中から生きたアイデアが生まれてくる。行動は思考の芽を育て伸ばす触媒なのだ(土光敏夫、どこうとしお、石川島播磨重工社長・東芝社長を歴任、第4代経団連会長、質素倹約な生活と猛烈な仕事ぶりから多くの評価を受ける)


やるべきことが決まったならば執念をもってとことんまで押し進めよ。問題は能力ではなく執念の欠如である。


そもそも「経済」なんてものは、辞書で引くと「経国済民」でしょ。これを忘れちゃいけませんよ。進歩しながら、前進しながら、安定した経済世界をつくるということが目的ですから。


「いまの若い者は、よくやっている」と、言ってきた年寄りは、いつの時代だっておりゃしなかった。昔から「いまの世の中は悪くなった」と、年寄りはボヤいてきたんだ。しかし、悪くなった面も少しはあるが、良くなった方が多いだろう? そういうものだよ。


きみ、油ショック(オイルショック)を、降ってわいたような禍(わざわい)みたいにいうけど、逆に油ショックがなかったとしたら、いまの日本はどうなっていたと思う? 48年までの高度成長が52年まで続いたと思うかね。油ショックは、そういう意味では「天の報い」でもあり「禍転じて福となす」といったきっかけで捉えなければ、まったくもって意味がないじゃないか。


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