和田秀樹の名言 一覧

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和田秀樹のプロフィール

和田秀樹、わだ・ひでき。精神科医、臨床心理士、カウンセラー、作家、評論家、受験アドバイザー、学習塾経営、映画監督など多方面で活躍した。大阪出身。東京大学医学部卒。『大人のための勉強法』『数学で考えれば仕事がうまくいく』『40歳から何をどう勉強するか』『大人のための試験に合格する法』ほか多数の著作を執筆。

私はまだまだやりたいことはあるし、やるつもりでいる。そのためには一匹狼を気取るべきではない。


小さな目標達成を重ねていくと、「自分はできるのだ」という気持ちが出てきて、これがさらにモチベーションを高めてくれます。


人間のやる気というのは、報酬の大小よりも、達成可能性の高低に左右されることが多いのです。このことを日々の仕事に応用すれば、仕事のゴールを細かく分解して、それを達成するごとに自分に少しづつ「報酬=ご褒美」をあげる、というやり方が考えられます。


人間の脳というのは、「できる」と思った途端に、挑戦しようという意欲が猛烈に湧いてきて、同時に、脳が内部にストックされている情報を検索し、どうすればできるかという問いに対する最適な解を見つけようとしはじめるものです。


「できない」と思ってしまうと、脳は答えを探す作業に入れません。たとえ膨大な知識や情報が蓄積されていたとしても、これでは宝の持ち腐れになってしまいます。


「努力してもできない人」は、チャレンジ精神があって努力を厭わないのですから、自分に合うやり方さえ見つかれば、大きく化けるのも夢ではありません。


「仕事ができる」といわれている人の中には、自分が得意なことしかやっていない、という人が実は多いのです。普段から自分の得意なことを周囲にアピールして、やりたい仕事を買って出るようにするのです。そうやって忙しくしていれば、まわりは苦手な仕事を振りづらくなりますし、得意な仕事で実績をあげたり、チームに貢献していたりすれば、マイナス評価にはならないはずです。


どうしてもやる気が出ないときは、すぐにできることや得意で楽しい仕事を先にやってみるのもいいでしょう。日本人は、先に苦手な仕事を片付け、それから得意な仕事に手をつけなくてはいけないという禁欲的なところがありますが、これは順番が逆です。気分が乗らないままやったら8時間かかることも、ほかの気分的なラクな作業で弾みをつけたあとなら、4時間でできるかもしれません。


仕事は受験と同じで、結果がすべてです。たとえ医者になった動機がお金儲けだったとしても、多くの患者さんの苦痛を軽減し、命を救っているのなら、その人は高く評価されます。逆に、医は仁術なりと志は高くても、いつまでも血管や神経の場所すら覚えられないような医者に、私はお世話になりたいとは思いません。


自分に合ったやる気が出る方法を見つけるには、「こうすればやる気が出る」というテクニックを書いた本が世にあまた流通していますから、それを買ってきてどんどん試してみるのが一番の近道だと思います。そこに書かれていることは、少なくとも著者にとっては効果があったことのはずです。次々と試してみて、そのなかから一番自分に合った方法を探せばいいのです。


やる気が出る要因というのは、とにかく個人差が大きい。ですから、こうすれば誰でもやる気が出るという万能薬ではなく、自分に合ったモチベーションの高め方をひとつでも多く見つけることが大事だといえます。そのためにもまずは、「自分はどうすればやる気になるか」ということをよく知っておくことです。


何によってやる気が出るかは、人によってまったく違います。外発的動機に基づいた成果主義が上手くいかない理由もまさにそこにあって、アメとムチで動機づけされる人は確かにいますが、一方で、仕事への興味や充実感が湧かないとまるでやる気が出ない人もいます。


モチベーションがずっと高いままという人はいません。いつもヤル気満々に見える人でも、必ずヤル気が下がるときはあります。でも彼らは、自分なりの「ヤル気を短時間で高めるコツ」をたくさん持っていて、それを絶えず実践しています。だからいつもモチベーションが高いように見えるものであって、人一倍気合いを振り絞っているわけでも、生まれつき強靭な精神力に恵まれていたわけでもないのです。


やる気がどうしても起こらない仕事からは、逃げられるだけ逃げるというのもひとつの手です。先日、ある雑誌の企画で東大生100人にアンケートをしました。「受験のとき、苦手科目はあったか」という私の質問に、「ある」と回答したのが89%。続いて、「その苦手科目をどうしたのか」と聞いたところ、一番多かったのが「諦めた」でした。東大生だって苦手なものはやらないのです。


一番よくないのは、あんなことをやっても効果なんて出るはずがないと傍観を決め込むことです。よく、「努力してもできない人」と「努力しないでできない人」とでは、後者の方が可能性を秘めているような言い方をしますが、あれは嘘っぱちです。努力しないでできない人は、努力したのにできない自分を直視するのが怖いか、もともと新しいことに挑戦する習慣がないかのどちらかです。いずれにせよ、一生努力しない確率が高いでしょう。


勝てない戦いはするな。まず自分の特徴を知ること。自分の得意な分野を見つけ、その分野で勝負した方が成功する確率は高くなる。私はギャンブルもしないし、女遊びもしない。それは私が道徳的だからではない。それらの分野はあまり得意ではないし、勝てそうにないと思うからやらないのだ。


最初のチャンスを待っているときから、それに続くチャンスもモノにできるように、十分に勉強や準備をして実力を磨いておかなければ、あきらめずに持っていることでチャンスは必ず訪れるし、そのチャンスを見事にモノにできるはずだ。


成功体験がまだないという人は、自分は成功できないと諦めるのではなく、自分のやり方が悪いのかもしれないのだと考えて、やり方を変えてみるべきだ。まわりに成功している人がいたら、その人のノウハウを一つでも真似しよう。成功している人には必ず何かノウハウがあるはずだ。真似をすることは決して悪いことではない。成功体験は人を変える。だから人の真似をしてでも成功すべきだ。


人間のエネルギーや時間には限界があるから、できるだけ自分の得意な分野にそのエネルギーや時間には限界があるから、できるだけ自分の得意な分野にそのエネルギーや時間を振り向けた方が成果は上がりやすくなるはずである。不得意な分野だけど、この分野をどうしてもやりたいというものがあるなら話は別だが、そうでなければ自分の得意分野に情熱を振り向けた方が良い。


多くの小中学生は勉強で悩んでいるが、一度でも真剣に勉強して良い成績を出すと、嬉しくなってものすごく自分を深めていく。それがモチベーションを高め、その後の勉強だけでなく、運動でもほかのことでも自然に伸びていくという子が多い。どんな形であれ、成功体験を持つことはとても重要なのだ。


世の中にはやってもいないのに物事を諦めてしまう人が少なくない。これではどんなことも成し遂げることはできない。そういう人は、人生を豊かにすることができない生き方をしていると言ってもいいだろう。やってみたけど駄目だったということで物事を諦めてしまう人もいる。何もやらない人に比べればずっといいと思うが、諦めてしまうというのは非常にもったいない選択である。


要するに一つの方法だけで諦めてしまったらそれで終わりだから、やり方を変えて再度チャレンジしてみるということが重要なのだ。一度失敗したくらいで諦めたら、それまでの努力はすべて無駄になる。諦めるのではなく、やり方を変えて再挑戦してみよう。そうすれば、人生への投資で回収できるものはより多くなる。


サイドビジネスをはじめたいという場合でも、会社を辞める必要はない。就業規則がどうなっているかにもよるだろうが、副業をやっているからクビだとは言いにくい社会情勢になっていると思う。むしろ、会社側も職と給料を保証しきれなくなっているから、副業でもやって自分でお金を稼いでもらいたいというのが本音だろう。


収入が一定であればお金に対する価値観は変わらない。収入が増えればお金に対する価値観はどんどん切り下げられていくということだ。支出をケチるという考え方を、収入を増やすという考え方に変え、ケチケチして1000円のもので迷っていたのが馬鹿馬鹿しくなるような形に持って行った方が人生をより楽しめるのではないかと思う。


贅沢をしてみるというのも一つのチャレンジなのだ。消費という面でも、思い切ったチャレンジをしてみれば、人生はもっと楽しめるようになる。それは自分のこれまでの限界を超えるという意味になる。新しい自分が見えてくることも多い。不思議なことにもっと稼ぎたいという新たな欲望もわいてくる。その気持ちを前向きなことに結び付けていけばよい。


仕事の分野でも、二足のわらじを履く時代になりつつある。時代が過渡期に来ているからこれは当然だと思う。サラリーマンの副業を認める企業も出てきているし、世の中で活躍している人たちを見ても二足のわらじを履いた人が少しずつ増えてきている。もはや何かをやるために今やっていることを捨てる必要はまったくない時代なのだ。上手に二足も三足もわらじを履いた方が、人生は豊かになる。


世の中には勉強家スポーツか、仕事か家庭かというような二者択一の考え方をする人がいるが、両立できないと考えるのは偏見であり、決めつけだと思う。両立できている人は世の中にたくさんいるからだ。金儲けをしていると勉強ができなくなると思う人もいるかもしれないが、それも違うと思う。金儲けをしてそのお金で、さらにたくさん勉強をしようという考え方をした方がはるかに生産的だ。


医者になる、小説家になる、ベンチャー企業を興すなど、いろいろな夢を持つことは重要だ。しかし、その夢のために今すぐ会社を辞める必要はまったくない。働きながら新しいことを始めたいという場合には、リスクヘッジのため、クビになるまでは会社にしがみつけばいいと思う。会社から給料をもらいながら、新しいことが始められるように、ギリギリのところで折り合いをつけるのが賢い道だ。


私がこうして一般向けの本をたくさん書かせてもらうようになっても、精神科医や受験産業の経営を辞めないのは、保険でもあると考えているからだ。二足のわらじ、三足のわらじを履いた方が人生が豊かになると述べたが、実はそれはリスクヘッジにもつながる考え方だ。何かで失敗しても、別のものが残っていれば安心なのである。


情報がインターネットで引けるようになって情報がたくさん入手可能になるほど、その分野についての概括的な知識や理解が必要になる。私だって精神医学領域、とくに精神分析についてはどの分野について検索すればいいのか筋道も大体立つ。でも、イスラム文化史についてのレポートを書けという課題であれば、いくら情報がたくさん入手可能であっても、どの説が本当で、どの説が眉唾か区別もつかない。


仕事の面でも、人間関係の面でも、育児や介護の面でも、老後のことでもいろいろな悩みが出てくる。しかし、悩みにとらわれすぎてしまって、悩みから抜け出せないでいると、時間もエネルギーもどんどん減ってしまう。一番まずいのは悩みによって堂々巡りの状態になることだから、まずは問題を整理してみる必要がある。


もはや一流大学を出ても、地位はおろか、食べることすら保証されなくなってしまった。精神科医である私のもとに相談に来た40代の一流大学卒のエリート銀行員は、大学の同級生が勤める銀行が倒産して失業したのを聞いて、自分が鬱になってしまった。いわく「X大学を出て、出世競争に敗れる心配をしたことはあったけど、これまで失業の心配をしたことがなかった」


意欲レベルを保つために、意識して自分に強い刺激を与え続けることとともに、もう一つ大事なポイントは、自分のチャレンジすることを達成可能にする戦略なり発想を持つことだ。


情報が氾濫している今だからこそ、自分に情報の選択能力がない分野では、まずできる人からわかりやすく話を聞くことが、今後は言ってくる情報を有用に活かす能力を身につけることに直結する。テクノロジーが発達し、昨日までつかえていた技術がいつ時代遅れになるのかわからない時代だから、苦労して時間をかけて新しい技術を身につけるより、できるやつからは辞めに教わった方が賢い。


できる人から学び、できる人に追いつけ追い越せが得意というのが日本人の能力特性なのだとしたら、それを活かさない手はないということである。少なくとも、その方が独創性を身につけろという課題よりは簡単なのは確かなことだ。


資格試験を受ける際に、二つの基本的なスタンスが必要となる。ひとつは、将来少なくともこの先20年くらいはニーズがありそうだというものを選ぶこと。もうひとつは、資格試験を受験するという体験自体から学ぼうとするスタンスだ。受験勉強という体験が将来に向かって効いてくる。別の資格試験を受けることが億劫でなくなるのだ。


途中で勉強を放り投げてしまえば、いままでやったことが無になってしまい、取り戻すためには休んでいた期間以上のリハビリが必要だ。はじめた以上は、毎日ちょっとずつでも続けることである。努力が実って成果を手にしても、そこで満足しないで次の目標を見つけてチャレンジすると言ったことが必要だ。


いろいろな人生投資の中で、自分自身への投資というのが一番投資効率が良かったのではないかと思っている。私の場合は、留学にお金を投資したわけだが、どんなことに自分の時間やお金やエネルギーを投資するかということは、その人の価値観によって変わると思う。


長い間楽しめて、歳をとっても実利が期待できるカウンセリングや精神分析は、大人の勉強の中ではおすすめのうちの一つであるのは確かなことだ。はじめる時期も若いうちである必要はない。アメリカでは50歳を過ぎて正式の分析家になるなどというケースはごまんとあるのだ。定年退職後に臨床心理を勉強しなおすというのも、十分考慮に値する選択だろう。


知的好奇心が強い人は、性的好奇心も強いのは当たり前であり、事業欲や開発欲の強い人は金銭欲も名誉欲も強くて当たり前である。その中で、とびぬけて欲求が強い人が社会を引っ張るリーダー足りえるわけで、リーダーたちに禁欲を求めるのではなく、逆に欲望や好奇心に対して寛容にならないと社会全体が老け込んでしまうだろう。


長寿高齢化社会において、大人のための勉強を選ぶ基準として、高齢になっても続けられ、楽しめるものを選ぶということは一つの知恵かもしれない。競争社会・能力主義社会の文脈でも、そして長寿高齢社会の文脈でも、勉強は必ずあなたの身を助けることは確かなことのようだ。


知識がいくらでもアウトソーシングできたり、言葉の翻訳や計算のようなテクニカルな問題はツールがクリアしてくれる時代になると、情報処理能力や問題解決能力、背景情報の理解が重要になってくる。わからないことを聞くとか、どこに聞けばいいかを知っているという、情報処理のための情報収集能力のようなものが重視されることになる。


時間や労力を注ぎ込むだけなら、それは投資とは言えない。何かを回収できてはじめて投資と呼べるのである。何を回収するのか。それは自分が人生に何を得たいのかということによって違ってくる。投資の原点はまず自分が何を回収したいのか、ということをはっきりさせておくということだ。自分は人生で何を得たいのか?


加齢による知的機能の低下は一般に考えられているほどひどいものではない。知能テストなどを行ってみると、こちらの予想に反してよくできるお年寄りは珍しくない。実際の統計調査では、痴呆がない高齢者の言語性知能や結晶性知能と呼ばれる部分の知能、つまり若いうちから勉強を続けることで得られる知能は歳をとっても落ちないことが明らかにされている。


20代や30代という若いころに成功して、その先は年を取るにつれて下り坂というよりも、晩年になって成功し、そのまま人生をまっとうするというほうが楽しい人生で終われると私は思う。若いうちに少しくらい遠回りをしても、晩年に成功すれば、そちらのほうがトータルとしてみれば、人生投資に成功したことになる。人生はあくまでも超長期投資として考えるべきなのだ。


世の中の発明品の多くが、イライラから生まれています。私の知るかぎりでも、ポスト・イットは本のしおりがいちいち落ちてしまうというイライラから発明されたものですし、洗濯機の糸くずをとるネットも、主婦の方が家事のイライラから考え出したものだとか。私自身、イライラに関する著作がありますが、これもイライラをビジネスに変えたと言えるかもしれません。オフィスのイライラからなら、もっと建設的なアイデアが出てくるでしょう。イライラが溜まるような、ストレスフルな職場環境がどうすれば良くなるか。イライラのもとを分析し、ソリューションを提案できるかもしれない。まさに、イライラを味方につけるわけです。


最新の精神医学の世界では、性格自体を変えることは難しくても、モノの見方は変えられると考えています。たとえば、相手が気に障ることを言ったときに、「こいつは嫌なヤツだ」と考えるのではなく、「言い方はともかく、自分へのアドバイスをくれたんだ」とか「この人はこういう言い方しかできない心の貧しい人なんだ」とか、いくつかの可能性を考えるようにするのです。


イライラに対する具体的な対処法として、まずアドバイスしたいのは、肉体的なものです。イライラというと、精神的、心理的な問題だと考えがちですが、実は体調と密接な関係があるのです。寝不足や空腹のときは、いつもはやりすごすことができるようなことでも、イライラしてしまうものでしょう。これは、空腹時は攻撃的な肉食動物が、満腹時には獲物を襲わないのと同じ理屈です。寝不足や空腹になると交感神経が興奮し、イライラするのです。朝食を抜いたり、過度のダイエットをしたりするのは、イライラのもと。まずは、しっかりとした睡眠と規則正しい食事を摂ることで、かなりイライラを防げるはずです。


人生において、イライラすることはとても損なことです。ビジネスシーンを例にとっても、ついカッとなって失礼なことを言ってしまったり、感情的になったがゆえにミスをしてしまったり。そもそも、つねにイライラしているような人間は、周囲から嫌なヤツだと思われてしまいます。


認知的に成熟度が高い反応とは、もっともな学説を聞かされたときに、「本当にそうなの?」「ほかの説があるのではないか?」と自問できることだ。その発想があってこそ、より検証材料を得るためにたくさんの情報を集めようと工夫する。それが、常にニュートラルな思考でほかの方法を試すことへと繋がっていく。


どんな話に対しても「その話は本当か」「(本当だとしたら)その方法論はふさわしいか」「正解は一つではなく、ほかにもあるはず」と多段階で疑ってかかることが、支配されない思考のコツ。


形式や秩序にとらわれやすい、頑固完全主義的などの傾向が強いとき、人は物事にのめり込みやすく、心に余裕がなくなりがちだ。すると、考え方の幅が狭くなるために、ほかの可能性が考えられなくなってしまう。こうした傾向を、心理学では心理的視野狭窄ともいう。


「自分がいなければ回っていかない」は、どんな場合でも誤った信念。誰にでも病気にかかるリスクはあるし、そのために休める環境でなくてはいけない。本当に職場になくてはならない人ならば、自分がいなくても回るような職場をつくっていくことができるのではないだろうか。


うつ病を完全に予防する手段は確立されていませんが、予防に効果のある方法は明らかになっています。たとえば、心のバランスを整える作用のある神経伝達物質であるセロトニンは、トリプトファンという物質から作られますが、これは肉類に多く含まれています。ですから、肉類を定期的に食べるのは効果的です。また、うつ病は光に大きな関係のある病気です。欧米で冬場にうつ病が多いのは、部屋が薄暗いことが関係しているのではないかと私は考えています。ですから、昼間に外に出て散歩したり、できるだけ明るい所で仕事をしたりするのも有効な予防法です。そして、夜更かしをせず、なるべく自然のリズムに近い生活を心がけましょう。そして、完全主義やグレーなものを認めない「二分割思考」といった思考パターンを変えるのも大切なことです。完璧を求めすぎてしまうと、自分をうつ病へと追い詰めることになります。どんな物事に対してもほかの可能性や選択肢を想定するオルタナティブな考え方をするよう心がけることは、うつ病の予防だけでなく、仕事の能力を上げていくうえでも、メリットがあると思います。


精神科医も人間ですから、性格的に色々なタイプの人がいるのは当然ですが、決めつけが激しい人はあまり信頼しないほうがいいと思います。うつ病はさまざまな原因が絡み合って生じるため、最初の診断が正しいとはかぎりません。この治療法が最適なのだと決めつけるよりも、「こうかもしれない、ああかもしれない」と柔軟に対応する姿が必要なのです。


自宅や会社の近くの精神科に駆け込む前に、ネットの口コミ情報などを利用して、比較的評判のいいところを見つけて診てもらったほうがいいでしょう。うつ病は場合によっては命に関わるのですから、リサーチに多少の手間をかけたほうがいい。診断を受けてからも、治療法が自分に合わないと思ったら、それを医師にきちんと伝えて相談しましょう。もし、医師の説明や治療方針に納得がいかなければ、ほかの医師に診てもらうということも必要です。


うつ病の主な特徴は「憂うつな気分」や、「興味や喜びを感じない状態」がずっと続くことです。両者が同時に起こることもあります。このような状態が休日になっても回復せず、2週間以上続く場合、うつ病の可能性を疑うべきです。できる限り早く医師の診察を受けましょう。


生活習慣病にならないように心がけている人は増えても、うつ病の予防対策を立てている人は極めて少ない。しかし、うつ病に対して何の予防策も取らないのは極めてリスクが高い行為です。うつ病になれば仕事にも大きな影響が出ますが、能力が十分発揮できない社員を雇い続ける余裕のある企業は多くありません。また、休職をするにしても、規定の体職期間が満了して仕事に復帰できなければ失職してしまいます。転職をするにしても、以前の会社と同じ条件で転職するのはなかなか難しいでしょう。なかには働くことができなくて、生活保護を受けることになる人も少なくありません。このようにうつ病は、人生を大きく変えてしまうほどの影響力を持っています。ですから、「うつ病かもしれない」と思った場合には、早めに診察を受けることをお勧めします。


うつ病が「心の風邪」と言われるのは、誰もが発症する可能性がある病気だからです。ただ、うつ病が風邪と違うのは、多くの場合、自然治癒しないということです。うつ病によって脳の神経細胞がダメージを受けている場合は、適切な治療を受ける必要があります。それを長い期間放置していると、脳に重大な後遺症を残してしまう可能性もあるのです。


うつ病について、「心の弱い人がなるもの」と思っている人も少なくないでしょう。しかし、それは誤解です。これまでの研究によって、うつ病は心のバランスを整える神経伝達物質であるセロトニンの不足など、脳の環境が変わることで発症する病気であることが明らかになっています。ですから、心の強い弱いに関係なく、風邪を引くのと同様に、いつ、誰がなってもおかしくはないのです。


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