名越康文の名言 一覧

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名越康文のプロフィール

名越康文、なこし・やすふみ。日本の精神科医、評論家。奈良出身。近畿大学医学部卒業。大阪府立中宮病院(のちの大阪府立精神医療センター)にて精神科緊急救急病棟の設立に携わり責任者を務める。その後、臨床に携わりながらテレビ、雑誌、書籍そのほかで広く活動している。専門は思春期精神医学、精神療法。そのほか京都精華大学人文学部特任教授・客員教授などを務めた。主な著書に『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』『女はギャップ』『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』『毎日トクしている人の秘密』『幸せを見つける性格診断』など。

運動不足になると、「こらえ性」がなくなるんです。イライラする原因はこれが大きい。イライラ解消には体を動かすことが一番。


心と身体はつながっています。身体の調子はダイレクトに心の調子に影響します。


やる気を維持したいなら、心をポジティブな方向に向けることが大切。


「どうせ自分は……」が口癖の人は要注意。愚痴をこぼすとエネルギーを無駄に使うため、たとえ体調が万全でもエネルギーが早々に尽きるのです。


自分の怒りを冷静に見つめて整理することで、問題を減量することができる。


自分がムスッとしていると、相手も同じ対応になってお互いにいいところに気づかない。相手の違った面を見たいなら、まずこちらが好意を示すべきです。


体調を整えるには、「毎朝同じ時刻に気持ちよく目覚めること」が何より大切です。


自分が何をやりたいのかを考えて目標を立てるべき。それでこそ目標を達成する意欲が湧いてきます。


自分の中で、「このままでいいのだろうか」という迷いがあり、なんとなく惰性で続けているところがあるなら、一度しっかり心の声に耳を傾けるべきです。できれば一週間、一人旅でもして自分がいま本当にやりたいことは何かを考えてみるといいでしょう。


冷蔵庫や携帯電話に象徴される科学技術の発達を手放しで喜ぶことはできません。私たちは便利な生活と引き換えに、欲求を先送りする能力、つまりポストポン(延期)力を失っているのです。


私たちはなぜ、心から欲しているわけでもないものに多くの時間を使うのでしょう?それは心に不安があるからです。人は気持ちが不安定になると、それを紛らわすために強い刺激を求める傾向にあります。逆にいうと、刺激がない状況を人は怖がり、不安に思う傾向があるのです。


先人の知恵なしに自分で正解を生み出せるのは、ひとつまみの天才だけです。普通の人は本などに触発されながら生きる意味について考えていくことになります。とくに哲学書などの人生の指南書は、自分の思索を大いに深めてくれるので積極的に読みたいところです。


自分を利用しようとして近づいてくる人には、誰もが警戒するでしょう。また会いたいとは思えませんよね。そのような人は、たとえ大きな成功を手にしたとしても、敵をつくるから、足元をすくわれるかもしれません。


基本的に、人間は一人では何もできません。自分の可能性を伸ばしたいなら、仲間に貢献したいという気持ちこそが必要です。


「人生、ほどほどでいい」という人も増えてきました。私も同感ですが、「ほどほど」には2パターンあることに注意です。ひとつは、本当は成果を出したいのに、上手くいかないことを見越して「俺はほどほどでいい」と予防線を張るパターンです。このパターンの裏側には、自分への諦めの気持ちがあります。諦めは形を変えた自己否定であり、一見さっぱりしているようで、心の中は自分への怒りの炎が渦巻いています。その炎はいずれ自分自身を焼いてしまうでしょう。もうひとつは、仕事とは別に自分の軸足を置く世界があるので、「仕事はほどほどでいい」というパターンです。これは結果的に良い成果を生み出しやすく、スランプ期間が短い。本人はほどほどにしか頑張っていないつもりでも、それ以上の成果を手にしているはずです。


趣味を持っていると、仕事が上手くいかない時期があっても、それほど落ち込まずにすみます。仕事一筋の人は、仕事で失敗すると自分の全人格が否定されたと受け止める傾向があります。一方、趣味の分野で成果が出ている人は、仕事で失敗してもアイデンティティが揺るぎません。仮にスランプに陥っても、趣味の世界に緊急避難して「自分はまだ大丈夫」と勇気付けることができるため、再チャレンジしやすいのです。


松尾芭蕉は、旅から戻ってきたあと、江戸で『奥の細道』を書き上げました。なぜ旅先で書かなかったのか。それはおそらく、旅という体験が芭蕉の中で熟成される期間が必要だったからでしょう。人が新しい発想を生み出すときには、インプットしたものを身体の中で熟成させる時間がいります。効率を追い求めてその期間を省略すると、付加価値の低いアウトプットしか出てこないのです。


じつは人の能力は、努力に比例して伸びるわけではありません。努力を重ねてもしばらくは変わらず、ある日突然、階段をひとつ上がるようにステップアップします。英会話をイメージするとわかりやすいかもしれません。英語の音声を毎日聴いても、それに比例してリスニングは上達しません。何週間か続けて耳が慣れてきて、「あっ、わかる」という瞬間がいきなり訪れるのです。階段をひとつ上がったときは、能力が量質共に向上しています。


自分が生きる意味を考えることを避け続けた先に待っているのは、憂鬱や悲哀です。晩年、いざ生きる意味を問い直そうとしても、それまで何もしてこなかった人がその答えを見つけるのは難しい。結局、些細なことにとらわれて、怒りや悲しみといった感情を抱きながら死を迎えることになります。これはやはり悲しいことです。


継続を目的にするなら、意欲を使い切らず、翌日のために少し残しておくべきです。たとえば本を一章読むのではなく、わざと数ページを読み残したり、逆に2章の最初のページまで読む。あえて中途半端な状態にしておくことで、翌日の入りがスムーズになります。


新しいことを毎日続けることは、もう少しやりたいなというところで切り上げることです。調子がいいと、「15分じゃなくて、キリのいいところまでやろう」という気持ちになりがちです。これは意欲的でいいことのように見えます。しかし、キリのいいところまでやると到達感を得て、かえって気持ちが途切れてしまいます。


新しいことを続けるテクニックをお話ししましょう。週1~2回、数時間確保して計画的に取り組んでいるが、いつも途中で挫折してしまう人は、1日15分でいいので毎日続けてみてください。毎日はハードルが高そうですが、挫折しやすい人は案外この方が継続しやすいはずです。毎日続けることを重荷に感じるなら、ひとまず2週間をゴールに設定しましょう。2週間だけやると思えば、結構気楽にできます。2週間続けば、たいていは「せっかくここまでやってきたのだから」となります。それで2週間が一か月になり、一カ月が三カ月となっていけば、しめたもの。数カ月続けば、どの分野でも成果が出て手ごたえをつかめるので、もはや義務感からではなく、自ずと楽しんで取り組んでいけるでしょう。


忙しい毎日の中で、新しいことに挑戦するには、煩雑な日常を受け止め、その中から無駄だと思われる時間を削り、新しいものが入る余地をつくってあげることが大切です。考えてみれば当たり前のことですが、ものごとが続かない人の多くはここでつまづいてしまうようです。


英会話やダイエットなど、新しいことを始めたものの長続きしない、という人は多いかもしれません。しかし、すぐに挫折するからといって自分を卑下する必要はまったくないと私は考えます。そもそも普通の人にとって、新しいものを始めることは非常に難しいのですから。挫折したとしても恥ずかしいことではないのです。


人間関係について会社だけという状況は危険です。仕事で思いつめたら、それを相談できるようなプライベートの人間関係はきちんと継続しておきたいところです。週に2日休みがあるなら、1日は本当に会いたい人と会うために使った方がいいでしょう。とにかく親身になって話を聞いてくれる人との時間を絶やさないことが重要です。


真面目な人は仕事以外の世界を持つことを一種の逃げととらえて、自分を仕事に追い立てようとします。しかし、じつは仕事から離れた世界へ越境したほうが自分の成長につながります。異分野への越境は攻めです。そう考えると、仕事一筋の自分に「無理をせずに仕事から離れよう」と言いやすくなるのではないでしょうか。


私は普段、精神医学のことは考えず、ほかのジャンルのことばかりしています。ただ、精神医学は25年携わって身体化されているので、漫画を読んでいるときにもパッと精神医学に結びつく瞬間があります。これはある意味、24時間365日仕事のことを考えているともいえるし、考えていないともいえます。どちらにしても、仕事とは別の世界に浸ることで、専門分野もまた深まっていくのです。


イノベーティブな発想でビジネスを成功に導く人は、ひとつの世界にとどまらず、異分野への越境を好みます。社会と世界、つまり仕事と趣味の世界で振り子運動をしてブレイクスルーのヒントをつかみ、自分の仕事に還元させているのです。


趣味を持てと言うと、「若いうちは成長のために仕事に集中すべきだ」という年配者の声が聞こえてきそうです。しかし、本当に仕事だけの生活で成長できるのか疑問です。会社から与えられた仕事を一生懸命やれば、会社に蓄積された過去のノウハウを踏襲して自分のものにできるでしょう。仕事力の基礎固めとして、それ自体は大切なことです。しかし、それで身につくのは答えのある世界での実力であり、答えのない世界で通用するとは限りません。


無理をして会社にしがみつくのは、そこにしか自分の居場所がないと考えているからです。別の世界にアイデンティティを担保しておけば、いざというときに会社に見切りをつけることができるでしょう。


普段は些細なことで動揺しない理性的な人も、いざというときに感情的になって冷静さを欠く場合があります。普段の鍛錬が少ないせいではありません。いつもは冷静な人でも、予想外の事態に直面すれば感情のコントロールが難しくなるのです。ところが、自分は理性的だと過信している人は、いざ感情的になったときにその状態を正しく自覚できず、気持ちが高ぶった状態で判断を下してしまうのです。これでは詐欺師の思うツボです。


たとえ欲のスケールが小さくても、対象への執着が深いと、そこが弱みとなってつけこまれる恐れがあります。執着心は自分が依って立つ基盤が小さい人、あるいは単線になっている人ほど強くなりがちです。騙されないようにするためには、これを失ったら後がないという状況に自分を追い込まないことが大切です。


なぜ人は騙されるのか。ひと言でいうと自分の中に抗しがたい暗い欲があるからです。人の欲には表だった欲と、隠さずにはいられない暗い欲の二種類があります。「出世してスケールの大きな仕事をしたい」「尊敬される人間になりたい」などは公言できる欲です。しかし人間はそれと同時に、「成功している人を引きずり下ろしたい」とか、「誰かを差別して優越感を得たい」というような、決して人に言えないドス黒い欲も抱えています。暗い欲を刺激されると、人は感情が高ぶり、冷静な判断ができなくなります。その結果、普段ならおかしいとわかることでも、無批判で受け入れてしまったりするのです。


地味な容姿をしている相手こそ、人は簡単に信じてしまいやすいのです。考えてみてください。絶世の美女が猫なで声で近づいてきたら、普通は何か裏があるのではと勘繰りたくなりますよね。都合のよすぎることに対して、人間は自然に自制心や警戒心を抱くようにできています。それが人間の防衛機制です。ところが容姿や立ち居振る舞いに目立つところがない人が相手だと、防衛機制が上手く働かずに無防備になってしまいます。


「心の基準点」は朝の過ごし方で決まる。朝、嫌な気分になると、それが1日を支配することもある。朝の過ごし方を変えることは、イライラを抑制する効果的なカンフル剤になる。


私もかつては、怒鳴り散らしはしないものの、怒りやすい人間でした。しかし、5年前から瞑想を始めてイライラしにくくなりました。心が落ち着いて晴れやかになり、気分が良くなる。心がざわつかないから集中力がアップし、頭の回転も速くなります。感情的にならないから、省エネで仕事に取り組めます。


はっきりさせておかなければいけないのは、「イライラする感情を作り出しているのは自分の心」だということ。ストレスの要因を自分以外の何かにしている限り、イライラは抑えられません。


人生の中で「成長することに価値を見いだせる人」は怒りにくいんです。一方で、目先の利益ばかり考えるような人生を歩んでいる人は、こらえ性がないから怒りやすい。また、30代を過ぎて中長期的な目標をうまく見いだせない人も、イライラする傾向にあると思います。


世の中の仕事の8割くらいは、全体像が見えてくると面白くなってくるものです。そのためには積極的に仕事に取り組まなければいけないし、積極的であるには気分と体調が良くなければならない。自分に余裕がないと仕事の面白さを見つけることはできません。


「自分が好きな仕事、楽しい仕事を選びなさい」という人もいるけれど、それは天才だからできること。我々凡人が現状の未熟な判断力で「楽しい仕事」を選んだとしても、うまくいかないことも多い。それより、任された仕事を苦労してこなすうちに、だんだん楽しさがわかってくるほうがいい。私も精神科医になってから5年間は本当につらかった。その後に、ようやく少し面白さが見えてきたかな、という感じでした。


有益な交流はどんどんすべきです。人に会って触発されるのは本を何冊も読むのに匹敵する学びがあります。ただし、本当にお互いが高め合える相手、勇気づけられる相手、触発される相手と時間を過ごしているかをしっかりと見極めることです。あえていいますが、そこは「利用価値」にこだわっていいと思う。尊敬できるところがある、見習いたいなと思っている、一緒にいるとスカッと気分が晴れる。そういう人だけを選んで、有益な人づき合いに時間を使うことです。


電車に乗ると、みるからにしんどそうにしているビジネスマンをたくさん見かけます。限界を越える量の仕事と責任を引き受けて、とにかく忙しい。当然、体調は悪いし、気分も落ち込んでいるのに休むこともできない。「つらいだろうな」というのが、顔をみるだけでわかります。そういう人に「仕事は楽しくしよう」といって仕事術のノウハウを伝えても、おそらく耳に入らないと思う。そんな各論よりも、根本が大事。体調と気分がよくなかったら、仕事を楽しむことはできません。まずは、その点から改善していく必要がある。


ぜひやっていただきたいのが人間関係の整理です。私のみるところ、いつも「忙しい、忙しい」といっている人は、さほど成果が出ていないし、体調も悪い。そういう人の大半は、一日に3時間くらいはムダな時間を使っているものです。その最たるものがムダな飲み会。飲み始めたらあっという間に3時間くらいは過ぎてしまう。おまけに、余計なカロリーを摂って内臓に負担もかかり、朝の目覚めが最悪になるわけです。


私自身、朝が大切だと気づいたのは5年ほど前のこと。思い立って孔子や老荘思想といった古典から、松下幸之助さん、安岡正篤さん、中村天風さんなどの、名著と呼ばれる本をまとめて読んだときに気づいたんです。思うがままに生きて、命を使い切って満足して死んだ人というのは、ほぼ例外なく朝を大切にしているんだと。安岡正篤さんなどは、ずばり「朝こそすべて」とおっしゃっています。朝を変えれば人生は変わるんです。


嫉妬や羨望の気持ちに支配されないためには、現実を見ることが大事です。誰かをうらやましく感じるのは、その人を理想化しているからです。しかしよく見ると、じつは一時的なものであったり、ある面ではうまくいっていても別のところで問題を抱えていることがよくあります。そうした現実を直視することで冷静になれるはずです。


イソップ寓話の「すっぱい葡萄」をご存じでしょうか。キツネが木に実った葡萄を見つけます。何度もジャンプして、取ろうとするものの届かなかったため、最後は「あの葡萄はどうせ酸っぱい」と自分を納得させるというお話です。他人がうらやましく見えるときは、この寓話を活用してもいいと思います。周りの人気者を見たら、「あの人は、すっぱい葡萄だ」と考え、自分は自分にできることをやるのです。


目標にするなら、人気より評判です。たとえ一時的に人気が下がっても、「あいつは信頼できる」、「あのふるまいは立派だ」と言われるような選択をすべきです。そのほうが長期的には心の安定につながると思います。


「人気」と「評判」は違うということをよく理解したほうがいいと思います。人気というのは、その場限りのもので乱高下します。それに対して、3カ月とか半年ぐらいかけて、徐々に積み上がっていくのが評判です。都合よく使われやすい人は、目先の人気ばかりを追うので、むしろ人に軽く見られてしまいます。その結果、かえって自分のやりたいことがやりにくくなったり、自分の意見を言いづらくなり、ストレスをためてしまうことになります。いわば戦術で成功しても、戦略で失敗しているわけです。


相手のペースに巻き込まれているなと感じたら、しっかり食事を取ることも大切です。人は胃袋が膨らむと、落ち着いて物事を考えられるようになります。上司や顧客に無理なことを振られたら、その場で返事をせず、親しい友人とおいしいランチを食べて考える。これが鉄則です。


感情と論理は「わたあめ」に似ています。感情に反応しやすい人は外側のあめの部分に目を奪われがちですが、じつは中には論理という割り箸が一本入っています。相手を理解するために見つめるべきなのは、中の割り箸のほう。つまり、相手がなぜ怒ったり不安を抱くようになったのかという文脈にフォーカスするのです。感情の裏の隠れた論理的な部分を理解できると、相手が感情的になっても、それを冷静に受け止めて、代替案を示すことが可能になります。


重要なのは、相手の感情を理解することです。たとえば相手がイライラしているときは、「何かやってあげようか」と即物的に反応したり、逆に頭から反発するのではなく、「困っておられるのは、こういう理由があるからですね。よくわかります」等と共感を示すのです。別の言い方をすると、相手の感情そのものではなく、その中に隠れている論理にフォーカスすることが大切です。


「都合のいい人」はさまざまな面から定義が可能ですが、心の面に寄せると、「都合のいい人=感情に反応しやすい人」と言っていいでしょう。相手を自分都合よくこき使おうという人は、怒りや不安といった感情を使って相手をコントロールしようとします。逆の立場から見ると、都合よく使われやすい人は、相手のそうした感情に敏感に反応して動いてしまうわけです。


まずはストレッチを始めてみてください。体をほぐして、特に関節を柔らかくする。そうすると心も柔らかくなって、吹き荒れていた嵐のような気持ちも収まり、かなり落ち着きを取り戻すことができます。これは実践してみないと分からない。でも、ネガティブな気持ちやよからぬ妄想を断つ、一番の即効薬なのです。


心をコントロールするのにお勧めなのが、体を動かすこと。心と体は一体。心が乱れていたら、体のバランスも崩れる。体のバランスが崩れ、硬くなっていたら、心も柔軟でなくなり、視野が狭くなって集中力も落ちる、というふうに、心と体は常に連動しているのです。


上から与えられた目標をこなすだけの人は、モチベーションというより、「評価されなかったらどうしよう」という不安で動いています。これは会社に依存した関係なので、いずれ行き詰まる恐れがあります。ただ、行き詰まったときこそ会社依存から脱却するチャンス。自分が何に価値を感じているのか、見つめ直すといいでしょう。


部下のやる気を引き出すとき、一般的には相談に乗るなど、個別のアプローチを考える上司が多いと思います。もちろんそれらも大事ですが、それ以前にやることがあります。それは、部下たちが体調を整えやすい職場環境を用意することです。


対人の感情的なトラブルを避けるコツは、予測をせずに人の話を聞くことです。相手が何を言うのか予測して話を聞くと、予測と違ったときに反発を覚え、それがトラブルの元になったりします。決めつけはせずに素直な気持ちで人の話に耳を傾けてください。


自分が好きで意欲を持てることに取り組むのは、一見楽なことのように見えます。しかし、たとえ好きな仕事だとしても、体調が整っていなければ決して楽ではないのです。


20代30代のうちはどんな仕事にも積極的に取り組むことをお勧めします。しんどいと思う仕事も、しんどい部分は8割程度で2割は自分のアピールに利用できたり、人との信頼関係を築くのに役立つ部分があります。そうした仕事の副産物を積み上げていくと、次第に周りから「あの人はこの分野が得意だ」と評価されるようになって、40代になると、自分に向いている仕事ややりたい仕事を振られる機会が増えていきます。


人の頼みを断われる強い心を持つといっても、居場所を失う恐怖に打ち勝つという直接的な克服法は逆効果です。本当は引き受ける余地があるのに、「嫌われてもいい」という思いで断わると、結局は罪悪感が出てきて心が折れるからです。それよりお勧めしたいのは、人から頼まれたことよりもっと重要な案件を人生の中に持ち込むことです。


人の頼みを断われない人生は、人に支配される人生といってもいい。人に振り回されると自分自身を確認する時間が取れないので、ますます自分軸ではなく他人軸で生きることになります。自分らしく生きるためには、この悪循環を断ち切る強い心と技術を身につけることが大切なのです。


おもてなしの心は日本の誇る精神ですから、守っていきたい大事なものではありますが、振り回されてはダメ。私たちは繊細なホスピタリティを悠々と発揮できるような人格に成長していく必要があります。


おもてなしの心は、人の期待を裏切りたくない、相手に喜んでもらいたいという気持ちがポジティブに出たものです。しかし、その気持ちは居場所を失うという恐怖心と表裏一体。ネガティブに出ると、自分を殺して他人の顔色をうかがう人生になります。


人の頼みを断われない人は、一度でも断わると自分の居場所にヒビが入るのではないかと不安を抱えています。誰でもそうした不安を抱えるものですが、居場所を失うことを過剰に恐れる人は、一種の「基底欠損(きていけっそん)」である可能性があると思います。基底欠損とは、精神分析の用語で、本来は安定しているべき心の基底にいわばヒビが入っている状態を指します。たとえば、幼いころに親との間で情緒的な交流がうまくできなかったりすると、基底欠損を伴いやすい。私の臨床経験でいうと、日本人の大半は多かれ少なかれ基底欠損的ではあるのです。基底欠損の人は、自分の心にあるヒビを毎日、漆喰(しっくい)で塗り固めようとしています。普段からそうなので、頼みを断わって新たに大きなヒビを作ることには、なおさら耐えきれない。そこで、無理をしてでも引き受けてしまう。


持続的にメンタルの状態を良くするには、まず、身体を機能的に動かさなくてはダメ。


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