吉野彰の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

吉野彰のプロフィール

吉野彰、よしの・あきら。日本の技術者、化学者。リチウムイオン二次電池の発明者の一人。京都大学工学部石油化学科卒業、京都大学大学院工学研究科修士課程修了。卒業後、旭化成工業(のちの旭化成)に入社。株式会社エイ・ティーバッテリー技術開発担当部長、旭化成イオン二次電池事業推進室室長、旭化成フェロー、旭化成吉野研究室室長などを務めた。ポリアセチレンの材料研究の市場調査時、電池の技術的進歩が止まっていることに気づき新型電池の開発に着手。リチウムイオン二次電池の開発に成功した。主な受賞に日本化学会化学技術賞、米国電気化学会Technical Award of Battery Division、市村産業賞功績賞、全国発明表彰文部科学大臣発明賞、文部科学大臣賞科学技術功労者、材料科学技術振興財団山崎貞一賞、NEC「C&C賞」、米国IEEE「IEEE Medal for Environmental and Safety Technologies」ほか。

旭化成のリチウムイオン電池事業について言えば、残念ながら2000年に「競争が激化したから」と電池生産からは撤退したけれど、電池技術に関する権利をもとにしたライセンスビジネスが形になり、累計で数百億円という規模のビジネスになりました。


旭化成入社数年後、「光触媒を使った活性物質」などの基礎研究をしました。当時は先端研究だった光触媒については、いい実験データも出て、面白い物質もできたのに、用途が見つからないがゆえに、結局、実験はムダになってしまったんです。この時のショックで、研究というのはマーケットのニーズを見てやらなければならないのだな、と反省しました。


ほとんどの情報をインターネット上の論文などで取れるようになった時代には、勝負を決める要素はモチベーションになってくると思います。「生活のためにやらなければ」と必死で追いこんでくる世界中の研究者たちと同じ土俵にいる、ということについては、今後の日本人の産業研究者はかなり意識をするべきなのではないでしょうか。


リチウムイオン電池は、私の四つ目の仕事である「ポリアセチレンの材料研究」において、市場調査をしたところから生まれました。ポリアセチレンが事業になるのはどこなのかと、半導体や超伝導等、各分野を調査したら、電池の進歩が途中で止まっているようだとわかった。電池って、電気と化学の問にあるもので、電気と化学って、その両方に精通した人ってあんまりいません。だから、ものすごく進んでいる電気の研究もまだ生かされていなかった。これはチャンスでした。それまでの研究と逆で「ニーズはあるけど研究成果はまだなもの」を探して、それが電池だったのです。


いまでこそ、リチウムイオン電池はたいていのバッテリーに使われていますけれど、1985年に開発した直後の市場における反応は「……で、うまくいくの?」と非常にクールなものでした。新製品なんてだいたいはそういうもので、基本的には「開発に5年、製品化に5年、認知に5年」とずいぶん時間がかかるものなんです。


よく、ユーザーの声に耳を傾けるなんて聞きますけどあれはウソでね、旭化成にとってのユーザーはメーカーですが、彼らが本当に困っていることなんて、こちらが引き出そうとしなければ絶対に出てこないものでしょう。そもそも、メーカーの本当のニーズをつかむためには、こちらもそれなりのブツを持っていかないといけません。このリチウムイオン電池の開発にしても、まずはじめは紙のデータで、次にサンプルで、とメーカーに説明に出かけますよね。その時の反応がニーズのすべてなんです。「4.2ボルト……うわ、従来の倍以上ですか!」と、ユーザーの関心は尋常ではありませんでした。小型ビデオカメラを手がけるあるメーカーのそうした反応によって、やはり充電池こそが電気機器小型化の障害だったのだということに確信を持つことができた。


リチウムイオン電池を作るために技術的な着眼点として大切だったことは負極の安定性でしたけれど、もっと重要なのは、「当時の8ミリビデオカメラメーカーが、電池の小型軽量化ですごく困っていた」というニーズを、開発の初期につかんでいた点なんです。そのときどきにメーカーが「あれさえあればいいのに……」と考えていることはビジネスチャンスの中心であって、基本的にはトップシークレットでしょう?普通の会議では教えてくれるはずがないんです。


「ニーズはあるけど研究成果はまだない」のと、「研究成果はすごいけどニーズはまだない」のとでは前者の方がやりがいがあるんです。少なくとも、ニーズがあればゴールはありますから。研究の目的とゴールまでの理由づけがはっきりなければ、研究していて何回も出てくる難局を、同僚や他社と協力して集中的に乗り越えることができないんです。「ここさえ越えたら、絶対に商品になるぞ」と、ゴールがあるとわかることこそ、開発の現場にとっては大事なんです。


いつも面白いなと思うのは、のちのち巨大ビジネスになる分野ほど、予想もしていなかったような枝葉の特許が効いてくるというところですね。これは考えてみたら当然で、5年、10年と時代が変化すれば技術も進歩するのに、それでも前に予想していたままの基本特許が中心になっているような産業は「進歩がなかった」「巨大ビジネスとしての裾野が拡がらなかった」ということなんです。


特許にスキマがあれば、競合他社に入りこまれて権利は無効になってしまいます。だから「これが花開くだろう」という基本特許を取得しておくことはもちろん、枝葉のような技術、それこそ5行のメモで終わるような小さい技術のオリジナリティを主張することも含めて、さまざまな特許を準備しておくという戦略が要るんです。


すばらしい発見をし、開発に成功し、特許を取っても、事業化にコケてしまったら、ビジネス的には二束三文の価値しかないわけでしょう?それでは、産業の世界ではリスペクトされることはありません。じつは日本人の産業開発の中にはそういうパターンが多いんじゃないのかな。


学問の世界とちがって、産業研究の評価される基準というのは「誰がはじめに開発したのか」ではありません。特許を出願すれば出願日も出願者も記録されるので、世界ではじめて発案した人というのはちゃんと記録されるのですが、それだけではビジネスの世界ではまるで評価がもらえないんですよね。むしろ、大事なのは「誰がはじめに権利と利益を確定させたのか」です。


IT化以前というのは、船便で何ヶ月もかけて送られて来る欧米の論文を参照しているだけでも、論文を手に入れられないほかのアジア諸国に比べたら、日本の産業研究というのは有利な側面がありました。そういう時代には大学の研究室に足を運んで、先生方に話をうかがっても、まだ、あんまり外に出ていない情報を得ることができた。でも、今はネットに最新の論文がいつも載っているという時代なので、日本の優位性は相対的には低下しましたね。競争相手になる国がうんと増えて、実力で勝つしかない時代になりましたから。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ