吉川廣和の名言 一覧

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吉川廣和のプロフィール

吉川廣和、よしかわ・ひろかず。日本の経営者。非鉄金属の製錬、加工、環境・リサイクルのDOWAホールディングス会長。群馬県出身。東京大学教育学部卒業後、同和鉱業(のちのDOWA)に入社。新素材本部長、常務、専務、副社長などを経て社長に就任。専務に就任してから経営改革を担当し、7年で経営利益を10倍にした経営者。そのほか、行政刷新会議民間委員、内閣府参与、日本鉱業協会会長、日本銅センター会長、日本経団連理事なども務めた人物。主な著書に『壁を壊す』。

改革の原動力として3つの「はみ出し者」の存在が挙げられます。「ばか者」「よそ者」「若者」です。古い社風に反旗を翻したばか者たち、中途採用した異文化のよそ者たち、情熱と新鮮な感性を持つ若者たち。彼らに共通するキーワードは「非常識」です。旧来のマネジメントの常識への同化を拒否し、新しい理念と行動を提供してくれました。


先見、すなわち先を予測することなど、できっこない。何も分かっていないことを分かっていることが大事だ。


リーマンショックや自然災害など、予期せぬことが起きることを肝に銘じるとともに、経営者としては最大のリスクに備えなければならない。


重要なのは、実践しながらデータに基づいてチェックすることだ。裏づけのあるデータがあってこそ説得力が生まれる。このことを今も肝に銘じている。


社員に対して3つの基準を発表した。たとえ黒字事業であっても、3つの基準のひとつでも欠ければ、撤退を決めた。その逆に現状は赤字事業でも3つの基準を満たしていれば、継続を決めた。これら3つの基準を基に、投資を決めたり、買収したりした事業は現在もすべて黒字だ。

  1. マーケットの成長性。
    マーケットがあるかどうか。そして衰退のマーケットなのか、成長マーケットなのかどうなのか」という基準。
  2. 世界一の技術力。
    当社が世界でトップになれるかどうか。基本的に製造業なので、世界一の技術力があるかどうかという基準。素材産業はいつもグローバル競争にさらされている。世界一の技術を持っているか、一生懸命頑張れば世界一になれるかどうかを見極める必要がある。
  3. 社員のやる気。
    社員が動く原動力があるかどうか。要は、良い意味でのやる気があるかどうかという基準。

「会社に決定的なダメージを与えるリスク」の筆頭は、社風のリスクだ。社員の心が、改革マインドから保守マインドに変わっていくこと。あるいは、当社の例で言えば、オープンな社風から以前の隠蔽体質の社風に逆戻りしてしまうことだ。さらに、公平な人事ができなくなり、異質な文化を受け入れられなくなる同質の文化になることである。これは当社にとって最大のリスクだと考えている。


私は事務屋なので、技術陣に何度も何度も確認し、うまくリサイクル炉を開発できるのか確認した。しかし技術的な問題で失敗するリスクは残った。だから、もし失敗したときのことを想定して財務的な準備を進めた。岡山県にある当社所有のゴルフ場の一角を売却して資金を用意し、会社に与える決定的なダメージを回避しようとした。「失敗しても、会社に決定的なダメージは与えない。心配するな」と技術の責任者たちに伝えた。幸いにしてリサイクル炉は完成したので、土地は売らずに済んだ。


当社にとって最大の問題は、財務体質だった。このまま借金体質を続けていたら、それこそ会社が持たない状態だった。不良資産を処分し、借金を極力減らして身軽になり、再スタートしなければならなかった。


社員や部下への文章は、思いが伝わるだけでは不十分です。行動を起こしたくなる力のある文章でなくてはなりません。


(イントラネット内の社長通信の)画面からは直接私に返信できるようになっており、返信が来ると印刷し、手書きで返事を書きました。手書きの方が嬉しいでしょうし、書き手の熱意や思いなどの感情が表れ、迫力が伝わるからです。


経営改革で重視したのは直接対話です。約一年半をかけて全国行脚し、約70の事業所で討議集会を実施しました。さらに、イントラネットでは「社長かわら版」を三週間に一回配信。工場勤務で、パソコンを持たない社員も読めるよう、掲示もしました。


社員に動いてもらうにはトップの「本気度」を伝える必要があります。私は、あらゆる方法を駆使してひたすらメッセージを送りつづけました。


当社は大規模な構造改革に着手しました。伝統にあぐらをかいて、慢心、おごり、危機意識の希薄さがはびこっていたためです。ところが、改革の必要性を伝えようにも、口頭では役員から部長、課長を経る「伝言ゲーム」になり、正確に伝わらないばかりか、情報が途中で止まることもありました。


風土改革には立ち止まることは許されません。はみ出し者を育成・支援し、守り続けて改革を継続していくことの難しさをいまも痛感しています。


経営の一線を離れたことをきっかけにいくつかの地方自治体や中小企業の再生のお手伝いをしています。足踏みしているところに共通する特徴は、守旧の権力構造を壊しきれず、古い風土が残存していること。こうした組織でも改革に欠かせない異端者グループは育ってきていますが、組織を動かすにはまだ力不足です。時間をかけて挑戦を支援し続けるしかありません。


実体験として2つの失敗例を見てきました。1つは、「改革ばか」が厳しい抵抗に遭って「物分かりのいい人」に変身するケース。ミイラ取りがミイラになれば、もはや、改革のエネルギーは残っていません。2つ目は、ようやく出現した改革リーダーが組織の主流に躍り出るや、反改革の色を見せてくる例。かつての改革姿勢は権力を握るための着物でしかなかったのです。力量不足かつ臆病であるが故に、守旧派に同調して巧妙にはみ出し者たちを排除し、自己権力の安定に走り始める。かつての仲間は邪魔者なのです。こうなると、組織は内向きになって「ゆでガエル現象」を起こし、気づかぬうちに旧風土が復活し、活力を失います。


改革には光と影があります。合理化と事業撤退で巨額な特別損失が発生し、売上高も一時的に急減する痛みを味わいました。一方、新規投資が順調に育ち、経営基盤が抜本的に強化されました。改革の社風が浸透してきたことは最も重要かつ本質的成果でした。


組織内における「改革と抵抗の葛藤」の厳しさは想像以上でした。裏に回っての非難や非協力が執拗かつ長期的に繰り返されます。アフター5に流される好ましからざる噂、一部OBの現場介入の発言などは組織運営にとって煩わしいもの。それでも異端者たちは悩みを共有しながら、粘り強く信念を貫いて行動してくれました。


企業経営には常にリスクがつきまとう。だから経営者は常に不安を感じる。


私が持っていないデータを相手が出せば、冷静に受け止めて、自分が間違っていたら自分の説を変えればいいと思う。要は、正しいことが分かればいいわけだ。


私も若い頃は、お酒を飲みながら居酒屋談義というのか、いろいろな人と議論を激しくぶつけ合った。しかし、いかに無駄だったかということが分かった。翌朝、何を議論したか忘れている。結局相手を説得できないし、実践に活きるわけでもなかったからだ。とくに権力の前には全く力がないことを思い知った。改革という行動に移させるためには、裏づけるデータがないと話にならない。データに基づく議論は、データで答えるしかない。データを出し合うことで本当の議論ができるし、不当な権力にも対抗できる。


ある工場が、仮に中国から撤退することになっても、当社の経営にダメージを与えない範囲でしか投資していない。具体的な金額を申し上げるわけにはいかないが、中国国内で得られるキャッシュフローの中で次の投資額を決めている。何か中国で問題が起きても、若干の追加投下資本の範囲で済む。中国リスクは当社に決定的なダメージを与えることはないはずだ。


ベルギーとオランダに先駆的なリサイクル炉があり、当社の技術者を派遣して、教えを請うた。「こんな炉は難しいからやめなさい」と言われながら、データを蓄積していった。公開されている技術を勉強して、当社独自のリサイクル炉を目指した。


当社固有の大きな問題、それは秋田県内にある年産20万トンという日本最大級の亜鉛製錬所と銅製錬所のコンビナートに関するリスクである。具体的には、この大きなコンビナートの心臓部、銅の製錬所にある炉が非常に古く、もはや時代に合わなくなっていた。この古い炉を維持していくと、いずれ破綻するリスクがあり、何とかする必要があった。結論から先に言えば、大きなリスクを避けるために、この銅製錬所の古い炉を取り壊し、三菱マテリアルと提携して銅製錬を委託することにした。かも、古い炉に代わる新しい炉として、携帯電話やパソコンなどから銅や貴金属を精製するリサイクル炉を造った。この決断に5年ぐらいかかった。もう迷いに迷い、苦しんだ。とにかくこの炉ではダメだ、やっていけないと、だいたい予測できた。しかし、炉がなくなったらコンビナート全体が潰れてしまう。古い炉に代わる設備として考えたのが、銅の鉱石を原料にしないリサイクル炉だった。


人間は弱い。だからついつい安易な方に流れてしまう。できれば出世したい、良い思いをしたいと願う。高い給料をもらい、会社が赤字になることは避け、自分はいい会社に勤めていると思われていたいのだ。しかし、そうした気持ちが、回り回って隠蔽体質につながっていく。だから経営者時代、それを防ぐための様々な取り組みを実施した。毎月2回ぐらい、イントラネットを通じて私の考え方を発信し続けていた。あるいは、現場に入って社員と対話した。できる限り現場に行く手間暇を惜しまなかった。


実は、経営者としてジム・コリンズには感謝をしている。その理由は1999年以降本格的に進めてきた当社の構造改革は、氏の著書『ビジョナリーカンパニー』に出合ったことで大いに助けられたからだ。同書には「偉大な企業への道」が書かれていたが、当社は正反対のことをやっていたことに気づいた。そして、これまでとは正反対なことをやればいいと確信を持てた。


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