古川貞二郎の名言 一覧

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古川貞二郎のプロフィール

古川貞二郎、ふるかわ・ていじろう。日本の官僚。内閣官房副長官。佐賀県出身。佐賀大学を経て九州大学法学部を卒業。卒業後、長崎県庁職員を経て厚生省に入省。内閣官房首席内閣参事官、厚生事務次官、厚生省顧問、内閣官房副長官などを歴任した。内閣官房副長官の在任期間8年7ヶ月。

公平・公正の視点は人事でも重視しました。こまめに情報を上げに来てくれる人物はありがたい存在ですが、いくらか小さく見るように心がけ、見えにくいところで地道に実績を上げている人たちを評価するよう努めました。それにより組織が活性化し、信頼が深まる面もありました。


官房副長官時代に自らの判断基準と心がけたのが「公平・公正」です。事務方のトップとして各省庁をまとめ、政と官のつなぎ役の要の存在である以上、我欲を抑え、何が大義なのかという物差しを軸に平らな大地に真っすぐに立って判断する姿勢が求められたからです。首相官邸の自室では来客が途切れた時、床をトントンと踏んでは「真っすぐに立っているか」と自問自答していました。


私の実家は農家です。高校生時代の「ごぼう掘り」の経験は人生の大きな支えになりました。みぞれが降るような寒い時に、畑にごぼうを掘りに行くのですが、ごぼうは先が切れてしまったものは安くしか売れません。短いものはスッと畑から抜けるのですが、長く、根が張ったものはそうはいかない。金棒を使ってごぼうの先端を傷つけないように根を切る必要がありました。ところが、それでも抜けない大物がある。腰も痛くなり、とにかく寒い。大学受験を控え「何でこんなことをしているのか?」と自問することが多かったのですが、それでも再び体勢を整え土を掘り、根を切るとごぼうが抜けるのです。忍耐強く継続し、最後の一押しをいとわない。ごぼう掘りから得た教訓は私の助けとなりました。


厚生省の面接を受けるため上京しようとした際、伊勢湾台風の直撃で列車のダイヤが大幅に乱れ36時間もかかってたどり着きました。疲労困憊のまま面接に臨み、不合格になってしまいました。このままでは引き下がれません。結果を知らされた翌朝、厚生省の人事課長に直談判しに出向き、国のために仕事をしたいと全身全霊で訴えました。その結果、その日の夕方に吉報が届いたのです。一度不合格とされた者が這い上がることなどほとんどあり得ないこと。肝の太い人事課長や幹部に巡り会えた強運に感謝するとともに、以後、「決して諦めず事に当たれば、道は必ず開ける」という信条が様々な場面で生きることになりました。


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