古川裕倫の名言 一覧

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古川裕倫のプロフィール

古川裕倫、ふるかわ・ひろのり。日本の経営コンサルタント。早稲田大学商学部卒業後、三井物産に入社。エネルギー本部情報産業本部、業務本部投資総括室などで10年間のアメリカ駐在を含み23年間にわたり勤務。その後、ホリプロ取締役、日本駐車場開発社外取締役などを務めた。また、世田谷ビジネス塾を主催している。主な著書に『他社から引き抜かれる社員になれ』『バカ上司その傾向と対策』『大きな器のリーダーになれ』『課長のノート』『一生働く覚悟を決めた女性たちへ』『失敗を成功に変える生き方』など。

困った上司は反面教師です。自分はこんな上司になるまいと誓いつつ接するのです。「恵まれない上司に恵まれている」と考えればすごく楽になります。


「自分はこの案件が好きなのでやりたい」ではなく、「会社が成長するために必要だ」と会社を主語にした意見で押しましょう。


嫌な上司のあまりに不愉快な言動には、「私のような者が申し上げるのはどうかと思いますが」「私が言うのもおこがましいのですが」という枕詞を付けてから、その旨をハッキリと指摘します。ダメ上司には日ごろから積極的に話しかけコミュニケーションを円滑にして、案件については一度だけでなく二度三度繰り返し説明するなど手間暇をかければいいでしょう。ここで注意したいのは、自分のためではなく、あくまで会社のためにもの申すことです。


嫌な上司とダメ上司には目をつぶることです。性格はそう簡単に変わるものではないし、能力のない上司がいまさらできる人になる確率も恐ろしく低いのです。


上司と強く衝突してしまうようなイザというときのために、日々廊下とんびになって(社内の廊下をうろうろして)人脈を築いておく必要があります。フェース・トゥ・フェースでコミュニケーションすると信頼関係も厚くなります。いい意味で油を売って社内ネットワークをつくるのとつくらないのとでは、イザというときの協力体制が全く異なります。


実績以上に自分をアピールしようとする部下は多いですが、意識的に実績以下にとどめる部下のほうが上司の印象はよくなると思いますね。


例えば、上司に目を通してほしい資料がある場合には、無造作に書類を突き出すのではなく、「お手すきのときにでも……」「ご承知かもしれませんが、念のため……」といった前置きがあると、上司も読んでやろうかという気持ちになりやすい。ほかにも、「私のような者が申し上げるのはどうかと思いますが」「私が言うのもおこがましいですが」「生意気ですが」といったフレーズも覚えておくべき。そうした枕詞を使える部下が報告上手であり、上司を説得する達人といえるでしょう。


ダメ上司にあたってしまったときは、恵まれない上司に恵まれたと開き直って、上司を反面教師にして日々修業するしかない。


お客様を味方にしたり、顧問弁護士や契約している経営コンサルタントに言わせたりすると効果が出やすいですね。上司によっては部下からアレコレ言われるとツムジを曲げるのに、そうした外部の専門職や先生の意見に対しては意外と素直に聞くタイプが意外に多いのです。


技術の変化の重要性については、たとえば、ポケベルの例が挙げられます。ポケベルが衰退したことによって倒産した企業としなかった企業の違いは、技術の進歩に早くから気づいて、携帯電話事業への投資をしていたかどうかです。


1日に5分でいいので、毎日、技術や社会構造の変化について考えるようにしてください。目の前の仕事をしなければならないのはもちろんですが、将来の事業について考えておくことも、リーダーには必要だからです。


つねに向上心を持って、学ぶことも重要です。学んで得た知識が重要なのではなく、学ぶ姿勢自体が重要なのです。向上心のある人には、人がついてくるからです。


発信力があるということは、必ずしも雄弁、多弁であるということではありません。重要なのは要点を伝えることです。そして、相手に話を聞く姿勢をとってもらうためには、自分のパーソナリティを知ってもらうことが大切です。何も難しいことではありません。私が勧めているのは、自分の好きな言葉や、これまでに読んで良いと思った本を伝えることです。


まずは、自分が普段している業務フローを文書化する。そして、それを部下など他の人に渡して共有する。渡された人は、さらにそれに改善を加えていく。そうすることで、仕事がどんどん効率化していきます。大企業にある引き継ぎ書は、まさにそのためのものです。


管理職と現場担当者では、会社に対する貢献のしかたが違います。管理職には、個人としての成果を挙げることが求められているわけではありません。成果を挙げる優秀な人材を育てることが求められているのです。そのためには、属人的な能力や知識を部下に伝えて、組織のものにすることです。つまり、仕事をマニュアル化、しくみ化することなのです。


よほど利己的な経営者でなければ、会社の利益が上がれば社員の給料を上げます。会社の利益は、社員の会社に対する貢献によって上がります。そして、個々の社員の貢献が会社に認められれば、その社員のボーナスが増えたり、昇進して給料が増えたりします。つまり、給料の金額を決めているのは自分なのです。「給料が安い」と愚痴を言うのは、「自分は会社に貢献していない」と言っているのと同じです。


会社には理念があり、それに基づいて事業の方針を打ち出し、具体的な事業計画に落とし込んでいきます。管理職は、その事業計画を達成しなければならない。しかし、達成のためなら何をしてもいいというわけではありません。王道を行くというのは、要するに、後ろ指を指されるようなことをしないということです。そうでなければ、人はついてきません。


管理職に求められるものとしては、コミュニケーション能力などのスキルももちろんありますが、まずはマインドが重要です。大袈裟な言い方かもしれませんが、崇高な理念を持って、王道を行くことです。


私がいつもこういう寓話を話しています。旅人がある街を通りかかると、同じ仕事をしている3人の職人がいました。そのうちの1人に「何をしているのですか?」と尋ねると、「レンガを積んでいるのです」と答えました。2人目にも「何をしているのですか?」と尋ねると、「強くて壊れない壁を造っているのです」と答えました。3人目にも同じく尋ねると、「後世まで残って、みんなの役に立つ教会を造っているのです」と答えました。この3人の中で、誰が一番良い仕事をするのかは明らかでしょう。志の大きさが仕事の質を決めるのです。


「名選手、名監督ならず」とよく言われるように、管理職やリーダーといった、人に対して影響を与えていく立場は、現場担当者の延長線上にあるわけではありません。ですから、現場担当者としてはパッとしなかった人でも、管理職になってから活躍できる可能性は大いにあります。逆に、現場担当者として優秀だったからといって、管理職になって安心してしまうと、リーダーとして伸びていきません。


仕事はインプットとアウトプットのバランスが大事になると思います。時々、非常に勉強熱心なのに、せっかく学んだことを実践していない人がいます。40代には、30代までに学んだことを実行に移すべきです。アウトプットするからこそ、さらに新しいことが学べます。そのサイクルが回るようになれば仕事が上手くいくし、人生はハッピーになると思います。


謙虚に学びつつ、同時に粘り強く提案を続けていくことで、私の話に徐々に耳を傾けてくれる人が増えていきました。
【覚書き|ホリプロ時代を振り返っての発言】


提案はタイミングもとても重要で、私は「報告をするついで」が一番だと思います。本題の報告を終えたあと、「ところで、まったく関係ない話なのですが」と切り出す。報告を受けて、聞く態度ができているところに自然と提案できるわけです。


私は改革というミッションを与えられていたので、納得できない点については提案しました。ただ、「1回言ったくらいでは聞いてくれないだろうな」と初めから覚悟していましたし、実際提案もなかなか通りませんでした。リスクマネジメントについて提案したときには、「うちでそんな大変なことが起こるわけがない」と一笑に付されました。それでもめげずに何度も角度を変えながら提案しました。
【覚書き|ホリプロ時代を振り返っての発言】


転職するときには、自分を採用してくれた人以外からは、「なんだこいつは」という目で見られていると考えた方がいい。まったく違う世界から来たわけですからこれは当然なことです。ホリプロでもまずは柔軟に、謙虚に学ぶことを心がけました。


仕事はもちろん大変でしたが、私は人との出会いに恵まれていました。とくに、情報産業本部長だった島田精一さんに出会えたことは大きかった。島田さんによく言われたのは、「前向きに、明るく、逃げず、知ったかぶりせず」です。まず後ろ向きでは仕事はできないし、暗くては士気が上がらない。もちろん失敗もあるけれど、そのときには逃げずに「私の責任です」といえと。そして、新しいことをやるには知ったかぶりをするのが一番いけない。とくに情報産業のように日進月歩の分野では40歳過ぎの人間は若手に後れを取ることも多い。相手が部下だろうとお客様だろうと、頭を下げて教えを請いなさいということです。
【覚書き|三井物産時代を振り返っての発言】


まったくの新規事業ですから、社内に相談できる人もいません。海外の映画を買い付けて配給会社に売る際など、どんな契約をしたらいいのかわからない。仕方がないので、お客さんに「いつもはどんな契約をしているんですか。契約書を見せていただけませんか」と教えてもらっていました(笑)。とにかく、何もないところからやるしかなかったのです。
【覚書き|三井物産時代、コンテンツ事業をゼロから立ち上げる仕事に携わったときを振り返っての発言】


三井物産時代、公募による異動制度の選考試験を受ける直前になると、やはり迷いが出てきました。17年間やってきたエネルギーの仕事には愛着があるし、人脈もある。飛び出していくのは仲間を裏切るような気もする。異動したら知っている人はいないし、仕事もわからないことばかりだろうと。そこで、前年に公募制度で異動した友人がいたので、相談してみました。彼のアドバイス「いまやって失敗するのと、やらずに将来後悔するのとどっちがいい?」その言葉が胸に響いて決断しました。これはいまでも大事にしている言葉です。


三井物産からホリプロに転職する際に、考えたのは「10年後に後悔しないように」ということでした。


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