南淵明宏の名言 一覧

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南淵明宏のプロフィール

南淵明宏、なぶち・あきひろ。日本の心臓血管外科医、医学博士。奈良県出身。奈良県立医科大学医学部卒業後、奈良県立医科大学第三外科(心臓血管外科)に入局。国立循環器病センターで研修したのち、オーストラリアへ渡りセント・ビンセント病院で心臓血管外科の修行を積む。シンガポール国立大学病院、新東京病院、湘南鎌倉総合病院などで経験を積んだのち、大和成和病院に心臓病センターを開設。大崎病院東京ハートセンター・センター長などを務めた。著書に『僕が医者を辞めない理由』『心臓外科医の挑戦状』『心臓外科医 僕が医療現場をあえて世間にさらけ出す理由』『心臓は語る』など。

ネガティブな考えから目をそらしたら、平常心にはなれません。目をそらしたら、不安は見えないところでどんどん膨らんでいきます。


怠惰でいい加減で、信用できない、でたらめな自分をいかに奮起させるか。それは職業を問わず誰でも考えることだと思います。私の場合は、自分を追い込むという方法が向いていました。


どんな職業でも、いろんな経験をして、地獄の底を見ること。難局の最たるものは何なのか、その先にある破局までを実際に目で確かめるという経験は重要だと思います。


私は、人間の行動の基盤は不安だと思います。ネガティブな状態に落ちていく自分を嫌悪する心理です。12万年前、南アフリカの海岸べりの洞窟を出て歩き出したのが人類の繁栄の始まりでした。なぜ歩き出したかといえば、不安だったからでしょう。「ここにとどまっていたら、明日の食事がとれないんじゃないか」「子供が餓死してしまうんじゃないか」と。現代人が勉強して東大を目指したり、つらい仕事を頑張ったりするのも、不安だからでしょう。ですから、難局に当たっても、不安から目をそらしてはいけない。不安を正視するだけでなく、凝視すべきだと思います。


人間は緊張を捕食してエネルギーに変える動物です。


私は以前から、手術の様子を撮影し、すべてに患者さんにビデオをお渡ししています。医療の透明性を確保する、患者さんに安心していただくという意味はもちろんあるのですが、一番の目的は自分を追い込むということです。


私が本格的に心臓外科手術を始めたのは30代半ばのことです。当時、心臓外科手術といえば大学病院でやるもの、という認識が一般的でしたが、私がいたのは一般の民間病院です。つまり、権威の後ろ盾がまったくないところで、評判を聞いてやってくる患者さんたちを相手にするわけです。当然要求水準は高いし、失敗すれば守ってくれる組織もない。難局に徒手空拳で立ち向かわざるを得なかった。一見不利なポジションのようですが、反面、自分の立ち位置が極めて明確になりました。よくわからない不安ではなく「手術で失敗したらおしまい」というわかりやすい崖っぷち。草一本ない崖っぷちです。それがよかった。


不安との接し方は断崖絶壁を登っていくようなものです。落ちたら嫌だなと怯えながらも、登り切ってしまえば、見晴らしがよくて風が気持ちいい頂上にたどり着くものです。


手術中に不都合な事態が起きたらどうなるか、結果が思わしくなかったらどんな非難を浴びるか、もし失敗したら自分はどうなるのか。あらゆる不安を直視してみる。そして、思いっきり緊張して、思いっきり怯えるのです。すると、その先に「なんだ、最悪でもそんなことか」「全力を尽くしてダメだったら土下座して謝るしかない」という境地が訪れます。場合によっては「俺はここで死ぬことになるのか」と覚悟することもあります。しかし、もう自分の心に弄ばれることはなくなります。


難局においては、ネガティブな考えしか浮かんできません。「失敗したらどうしよう」とか「ご家族にどう説明しよう」とか。そういうことは考えない方が平常心を保てるでしょうが、考えまいとするほど考えてしまう。基本的に、人間の心はコントロールできるものではありません。そこで、私はあえて不安を直視し、状況をしっかり見据えます。ネガティブなことを考え抜くのです。


長い間、手術中に平常心を保つにはどうしたらいいか考えてきた挙句、達した結論は「思い切り緊張しろ。死ぬほど緊張しろ」ということでした。究極まで緊張感が高まると、次なるフェイズが見えてきます。「解脱」とでもいうべきでしょうか。


普通、現役で難しい手術をやっている外科医は、メディアには出られません。怖いからです。もし手術で失敗したら「テレビで偉そうなことを言っていたのに」と非難されますから。でも僕は出る。怖いからです。怖いからこそ、自分を追い込むために出るんです。


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