北方謙三の名言 一覧

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北方謙三のプロフィール

北方謙三、きたかた・けんぞう。日本の小説家。佐賀県出身。中央大学法学部卒。『明るい街へ』でデビュー。主な受賞作に『眠りなき夜』で日本冒険小説協会大賞・吉川英治文学新人賞、『渇きの街』で日本推理作家協会賞、『武王の門』で柴田錬三郎賞、『楊家将』で吉川英治文学賞、『水滸伝』で司馬遼太郎賞を受賞。

本屋の平台の上ではベテラン作家だろうが20歳の新人作家だろうが、誰もが平等。まだまだ、若いやつらに負けるわけにはいかない。駆け出しの頃のように、生き残るためには書き続けるしかないと、いまも思っている。


若い頃は未来なんてまるで見えていなかった。大学時代に純文学で作家デビューしたものの、その後の10年は書いても書いてもボツ。編集者には「才能がない」と言われ、周囲からは「人生を棒に振ってる」と言われた。大企業に就職した友人からは、「おまえはエライ!」と肩を叩かれた。が、そのエライという言葉の中にあるのは、蔑みと哀れみだった。それでも「俺はただの石だが、磨けばいつかは光る」という一途な思いと青春特有の熱量で書き続けた。やっと作家になれたのは、自分の背丈を超えるボツ原稿の山を築いたときだった。


まだ傑作を書き上げたなんて夢にも思ったことはない。もしそう思ったら、僕は小説家をやめてしまうだろう。


小説は面白くなきゃいけない。


僕の志は、125歳まで生きて、小説を書き続けることだ。書きたいテーマを数え上げて、年を取って書ける枚数が減ってくることも計算に入れると、その年齢まで生きなければいけないとわかった。でもそれは無理だから、毎回「この一作で125歳までの仕事をしたな」と思える充実感のある作品を書きたいと机に向かっている。


水滸伝を書こうとしたのは、人が志を持って生きるとはどういうことなのかに尽きる。とはいえ、そもそも志とはいったい何なのか。果たして人間の幸不幸を志で測ることができるものなのか。僕自身も書きながら、答えを探している。


先が見えない下積み時代だったが、ずっと「真実を見よう」とする意志は持ち続けていた。見たかったのは、小説の真実。いい小説とは何か、という問いへの答え。「自分の原稿が受け入れてもらえないのは、観念的すぎるからだろうか。では、観念を取り除いたら真実が見えるかもしれない」。そう考え、模索の上に見えてきたのは「小説は描写である」ということだった。


世の中の事象に目をこらし、見えるものを頭に入力しておく。そして、頭の中に醸成されたものを言葉に置き換えていく。だから、ぼんやりとしか見えなければ、頭へのインプットもままならない。


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