北城恪太郎の名言 一覧

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北城恪太郎のプロフィール

北城恪太郎、きたしろ・かくたろう。日本の経営者。日本IBM社長・会長。茨城県出身。慶應義塾大学工学部管理工学科卒業後、日本アイ・ビー・エムに入社。システムエンジニアとして働き、カリフォルニア大学バークレー校に留学。同大学大学院修士課程修了。米国IBM Corporation会長補佐、日本アイ・ビー・エム取締役、常務、専務、副社長などを務めたのち社長に就任。そのほか、IBMアジア・パシフィック代表、経済同友会代表幹事、国際基督教大学理事なども務めた経営者。

本社が命令した通りにやれという組織は、決して上手くいきません。


企業も「より効率の高い事業をつくる」発想が必要です。そのときイノベーションが非常に重要になります。


改革はもう終わったという慢心が怖いのです。


日本の更なる経済成長では、規制緩和が重要な柱になります。守るということは確かに響はいいですが、非効率を温存するということにもなります。


日本は発明・発見から事業化に持っていく力が弱いのではないかと思います。事業化して製品を出し、社会に大きな価値をもたらしてはじめてイノベーションです。


いくら優れたことでも、海外に伝わらないことには意味がありません。私たちの考えや行動を理解してもらうコミュニケーションにも、もっと力を入れるべきでしょう。


ご承知のように、日本は問題山積です。人口は減少する、高齢化社会になる、巨額な財政赤字がある、その上に環境に配慮した国づくりをしなくてはなりません。しかし見方を変えると、課題先進国の日本がこれらの問題を解決し、高い教育水準を維持し、経済を成長させていければ、これから高齢化社会を迎える他国のモデルになれます。


人間はそれぞれみな才能、長所を持っているのだから、それを活かしなさい、という意味の聖書の一節が、社会に出たばかりの私の背中を押してくれました。学生時代から好きだったコンピュータ関係の仕事が自分の進むべき道であると確信できたのです。


「自分に与えられた賜物で全力を尽くせばいい。結果はどうあろうと神様によって与えられた道なのだ」と考え、常に心に平安を持ちながら働くことができました。


社長に就任し、すぐに直面した課題は「撤退」でした。大型コンピュータなど主にハードウェアを売る会社から、コンピュータを動かすシステムの提案などソフトウェア、サービスを中心とした会社への事業構造を抜本的に変えるために、いくつかの事業から撤退することを決めました。撤退は負の異動なども伴う一番難しい決断なのですが、「自分は全力を尽くして最善の決断をした。その先は神様が用意されている」と思えたことで、心の平安が守られました。


20人ほどのチームで2年頑張ったのですが、情勢は厳しく、ときには部下も「選ばれないのでは?」と不安を露わにし、チームの士気が下がったこともありました。しかし、私は「必ず道は開ける」と自分に言い聞かせ、前向きに仕事に取り組みました。最終的にはお客様に選んでいただきました。これが私のキャリアが開けるきっかけになりました。
【覚書き|管理職となってはじめての仕事、大手都市銀行にオンラインシステムを売り込んだ際を振り返っての発言】


一度しかない人生を自分の考えだけで生きることもできるが、変わることのないものに支えられて歩んでゆくべきではないだろうか。
【覚書き|若いころキリスト教の洗礼を受けたときを振り返っての発言】


「重要な仕事が回ってこない」「同期より出世が遅れている」という声を聞きます。そういう時こそ今の仕事をしっかりやるべき。くさらず成果を上げていればチャンスは巡ってくる。


7階層あった営業部門を3階層に減らしました。私もそうでしたが、いちいち上の了解をとりながら進むより、自分の責任で走ったほうが早いし、達成感もある。すると社員の意思決定が速くなり組織の中で埋もれていた考える力が芽を出した。ミドルが思い切ったことに挑戦し始め、会社全体の活力になりました。


英語で「ドント・シュート・ザ・メッセンジャー(情報をもたらす人間を撃つな)」というんですが、現場の正確な情報が欲しかったら怒ってはいけない。怒られると分かっていたら社員は悪い話を上げません。


1990年代初頭、当時の日本IBMは売り上げの7割近くがハードウエア。これをサービス中心に変えなくてはならない。「モノではなく人材で勝負する会社に変わるんだ」と繰り返し説明しました。


ある日、ジョン・オペル会長に呼ばれて言われました。「提案の中身はいい。だが、これが成功したらウチの社員の意欲はどう変わるのかね」。一つの判断を下すとき、そこまで多面的に考える。それが経営なのだと知りました。


IBM米国本社には社員がトップに直訴する「オープンドア」という仕組みがあって、その返信を会長補佐が清書するんです。私が書いた返信は「冷たい印象を与えるから書き直せ」と上司に突き返されました。「社員は思うところがあって訴えてくるわけだから、回答には最大限の配慮が必要」という理屈です。「表現が冷たい」と言われても日本人にはピンときませんよ。でも面白いもので、半年も返信を書き続けていると「冷たい」「温かい」といったニュアンスの差が出せるようになりました。


システム技術者は客先の拠点に常駐し、自分の会社にはほとんど顔を出しませんから、だんだんお客様に近い目線になる。システム技術者の目で自分の会社の営業担当者の仕事ぶりを見ると、なんだか釈然としないんですね。お客の前でコンピューターの性能を一方的にまくし立てるばかりで、どう役立つかは説明しないのです。


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