勝俣宣夫の名言 一覧

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勝俣宣夫のプロフィール

勝俣宣夫、かつまた・のぶお。日本の経営者。大手商社の丸紅会長。東京出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、丸紅飯田(のちの丸紅)に入社。印刷用紙部長、紙パルプ本部副本部長、紙パルプ本部長、取締役物資・建設部門統轄役員補佐、取締役物資・建設部門統轄役員、常務取締役物資・建設部門統轄役員、常務取締役秘書部人事部経営企画部担当役員、資材・紙パルプ部門管掌役員、投融資委員会副委員長・委員長、などを経て社長に就任。社長時代には5年連続最高純利益を達成し、ハーバード大学が選ぶ「業績・株価の向上に貢献した世界のCEOベスト100」に選出された。また、経済同友会副代表幹事、日本経団連副会長なども務めた。

丸紅では、経営戦略、経営管理システムを全員に浸透させています。それらを頭に入れながら、自らのビジネスモデルをつくりあげ、実行できる人材が必要なんです。


現在、モノづくりの世界でもヒトが非常に注目されていますが、とくに商社は様々な仕組みの組み合わせですから、ヒトと信用力がすべてといってもいい。信用力をベースに、ヒトがどれだけチャレンジできるかが、経営の要諦です。一人一人が将来を見据えて、自分たちはどういう構造改革をして、どう進んでいくのか、自ら抗争を持つことが重要です。


印刷用紙は、白色度という意味では数値は同じでも、じつは、国によって好まれる色味がわずかに異なります。欧米では青みがかった色が好まれるのに対して、日本では黄色がかった色が好まれました。そのため、フィンランド・メーカーの既製の印刷用紙は、当初、日本ではなかなか売れませんでした。そこで、フィンランドの工場を回り、色味や紙の厚さ、質感などを提案し、日本人好みの紙をつくりあげました。7~8年も試行錯誤を繰り返しましたが、その過程で、新しい品種も生まれましたので、成果は大きかったですね。


丸紅に入社したとき、上司は私と歳がひとまわり違う新任の課長でした。何でも先頭に立って引っ張っていく鬼軍曹のような人でした。ときには怒鳴られもしましたが、仕事の仕方をいちから教えてもらった印象が強いです。


新入社員のときは、自分で自由にできる時間がまったくありませんでした。当時は週休1日で土曜日も半日出勤でしたので、勤務時間が終わったあと午後もそのまま残って、腰を落ち着けて仕事をする時間にあてていました。休日に出勤することもありましたが、残業や休日出勤をすることについて、格別おかしいという認識はありませんでした。いまの時代からからすると非常におかしいことなんでしょうけれど、我々の時代はそれが当たり前だったんです。


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