出雲充の名言 一覧

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出雲充のプロフィール

出雲充、いずも・みつる。日本の経営者。ユーグレナ社長。東京大学文科三類に入学。在学中にスタンフォード大学で開催された「アジア太平洋学生起業家会議」に日本代表として出席。3年時に東京大学農学部に転部。東京大学農学部農業構造経営学専修過程卒業後、東京三菱銀行に入行。その後、株式会社ユーグレナを創業。ユーグレナ(ミドリムシ)の食用屋外大量培養に世界で初めて成功。ミドリムシで世界の食糧問題、エネルギー問題を解決するために活動した。著書に『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』『東大に入るということ、東大を出るということ』ほか。

本当に正しいことであれば、必ず共感してくれる人がいる。これが今までの仕事を通して得た教訓です。


考えるより、まずは行動。机に座っているよりも、動いた方がアイデアは湧くし、人との出会いも期待できる。運を引き寄せたいと願うなら、とにかく動いた方がいい。


ひたすらの行動が人の縁を引き寄せてくれた。


「この世にくだらないものは、ない」。私が最も大切にしている言葉です。どんな仕事にも喜びは見いだせる。


何を成し遂げたいかという夢を語る時、誰に対しても一貫していることが大事。


起業志望者に伝えたいのは「先輩のアドバイスを真に受けるな」だ。既に成功している先輩の話はすべて過去のもの。環境が日々、変化を続けている現在には全く通用しないと思っていい。


「やってダメなら大学に戻ろう」とか「試しにやってから就職活動しよう」といった緩い起業動機でも全然構わないと私は思う。


私自身そうだったが、完璧な経営計画を立ててからベンチャーをやろうなんて若者はいない。


本当に新しい発想やアイデアは、何もない場所でこそ生まれる。


途上国は総じてインフラが弱いがゆえにそれをカバーしようと、時折、様々な分野でブレークスルーが起こる。


仕事をしていくうえで大切なことはいくつもあるでしょうが、私の中核にあるのはつねに「アタマ」、つまり「明るく、楽しく、前向きに」ということです。


「クリエイティブだ」とか「アイデアマンだ」と評価される人は、共通して同じことを言います。降ってきたアイデアを絶対に書き留める。どんなことをしても書き留めるのです。


全部は無理でも、「すごい!」と感じる人がいたら、その人の真似をするのが一番。


メンター(師)は得ようとしないで得られることは絶対にない。自ら探し、会いに行く。その努力によって得られるのがメンターです。


できるかぎり明るく楽しく前向きに取り組むこと。これがすべての前提です。


人は誰でも、自分の未来を自分で決めることができる。運命は変わるのです。変えられるのです。


本当は育った街や家庭に関係なく、誰だって自由に夢を持って挑戦していい。


銀行員時代、平日は神保町支店で働き、土日にミドリムシ研究をしていた先生のところに相談に行っていたのですが、どうも先生方に思いが伝わらなくて。「銀行員の週末の楽しみとしては熱心だね」という程度にしか受け止めてもらえなかったのだと思います。思い切って退職したら、メチャクチャ協力してくれるようになりました。


新しいことに挑戦するときには、いくら考えても、準備をしても、やってみないとわからないことのほうが圧倒的に多い。


当社がうまくいったのは、要するに、試行回数が多かったからです。トライする回数が多いから良い結果が出た、というだけなのです。


これまで私は、「試行回数を増やす」以外の努力は何もしていません。諦めずに何度もやる、それだけです。


つらい時期も、「数回の試行で成果が出るわけがない」と私は思っていました。500回くらいはやらないといけないだろうし、成果が出るかどうかは確率の問題だ。ミドリムシを山ほど買ってくれる会社と、いきなり明日出合えるかもしれない。明日ではなく、百社目かもしれないし、千社目かもしれない。もしかしたら、一万社目かもしれない。そんなことは私にはわからないのだから、とにかくやるしかない。


私はリコーの創業者である市村清さん、日清食品の安藤百福さん、ヤマト運輸の小倉昌男さんの著作や伝記を愛読してきました。私がこのお三方から学んだ一番大きなことは、苦難に遭遇しても諦めないことです。


起業を志す学生さんなどにお話をさせていただくとき、私からのアドバイスはとてもシンプルです。やってみないとわからないのだから、先輩起業家のアドバイスをいくら聞いても役に立たないということ(笑)。あとは、とにかく諦めずに試行回数を増やすこと。それだけです。


私は起業など考えたことがありませんでしたから、会社を経営することがどれだけ大変なことか、まったくわかっていませんでした。もし、起業の大変さを知っていたら、おそらく起業していないと思います。知らなかったからできた。そして、いつの間にか経営者になっていたということです。


私が自信を持って「ミドリムシで地球を救える」と言い続けられるのは、ミドリムシの可能性を見出だせたからです。そして、ミドリムシの可能性を見出だせたのは、腹を決めて、本気でミドリムシと向き合ったからです。


国際公務員にあこがれたのも、ミドリムシで起業したのも、根底にあったのはサプライズヘの飢えだったと思います。普通にやっていたら面白くない。劇的に世の中が変わる、劇的に世の中が良くなる、なんでもいいからそういうサプライズを起こしたいと思っていました。


私の同世代のなかには「仕事がつまらない」と感じている人もいるようですが、この世にくだらないものはない。くだらない仕事、くだらない会社、くだらない友達、そんなものは絶対にない。これは、私の信念です。世の中のあらゆる物事は必要だから存在している。それをくだらないものにするかどうかは当人の姿勢次第。ここが抜け落ちてしまうと、「仕事がつまらない」と言い続ける人生になってしまいます。


人の頭の良さなんて、誰でもそれほど変わりません。仕事がスムーズに進まないのは、余計な情報を増やしてしまうから。だから私は、どんな案件でも4人の取締役の誰かに振ります。メールは来た順にその場で処理しますし、通話はガラケーでしてメールはスマホで処理する、といった仕事の型を決めています。余計な情報が入って迷うことがないようにしているのです。


もともと起業家になりたくて起業したわけではないので、私の経営者としてのモチベーションは普通の起業家とは少し異なるものでした。まず、自分が優秀な経営者になろうとは考えませんでした。意識したのは、私よりも優れた人に仲間になってもらうことです。実際、今のユーグレナは、私より営業ができるマーケティング担当、私より研究ができる研究開発担当、私より組織のマネジメントに精通した総務人事担当、私よりもファイナンスや企業の戦略に詳しい経営戦略・経理財務担当と、4人の取締役を揃えています。少し傲慢な言い方になりますが、この体制ができた時点で、当社がうまくいくことは決まった気がします。私がすることは、どんな事案でも、この4人に振ること。あとは、私より優秀な4人が動いてくれます。


迷ったときは、人に意見を求めます。ただし、誰に意見を聞くべきかは、入念に調べます。「この人が言うのなら間違いない、従うしかない」という人に話を聞きに行くのです。


私が仕事のうえで効率よりも大切にしていることは、明るく、楽しく、前向きに仕事をすることです。


朝礼でいつも「ベンチャーはアタマを使わなくてはいけない」と言っています。これは勉強しろといった意味ではありません。「明るく、楽しく、前向きに」の頭文字をとって、「ア・タ・マ」を使おうということです。


ミドリムシとの遭遇、頼れる仲間との出会い。そして、迷いの中で起業に踏み切り、先人の知恵を継承して大量培養へとブレークスルーできた。試練が次から次へと行く手に立ちはだかり、その克服の過程でいつも小さな可能性に目を向けてきた結果、「この世に、くだらないものなんて、ない」と思うようになった。


自分のことを意志が強いと思ったことはない。どちらかというと弱いほうだと思う。仲間の二人と、このミドリムシで世界を救う仕事をしようと約束をした。ミドリムシの大量培養があまりに難しいので途中で投げ出したかったのは正直なところだが、二人が一所懸命やっている。仲間として一緒にやろうと決めて始めたのだから、一人だけやめるとは言えなかった。


ミドリムシのビジネスをやっていて、ダサイね、と言われることだけは納得がいかない。世の中にダサイとかくだらないというものが本当にあるのか。くだらない、しょぼいと言われようが、この本(『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。』)によって、何か「小さなチャレンジ」に取り組もうとしている方が少しでも勇気づけられれば、これほどうれしいことはない。


多種多様な生物が存在する。それらはいずれもそれぞれが強みや面白さを持ち、命をつないできた。その特質が応用されて、フクロウの静かに飛ぶ羽は新幹線のパンタグラフの風切り音を少なくする工夫に使われ、デジカメのCCD(電荷結合素子)イメージセンサーは格子状からミツバチの巣の構造から学んだハニカム状に形を変えて、受光量を増やすことができた。そういう応用事例は山ほどある。


本当にくだらない生き物だったら、それが現在まで生き残っているはずはない。46億年の地球の歴史があって、人類はたかだか100万年。ミドリムシはそれをはるかに上回る5億年の歴史を生きてきている。


コメも小麦もあふれるほどあるにもかかわらず、子どもたちは栄養失調、大人たちは貧困にあえいでいた。このときの経験によって、自分の敷いた人生のレールから自ら降り、それからは自分でも予想がつかない方向へ人生が転がり出した。
【覚書き|18歳のときにバングラデシュに行ったときを振り返っての発言】


動物と植物の両方の特徴を併せ持つ「ハイブリッド」ともいうべきこのミドリムシは、なんと59種類もの栄養素を生み出す。光合成により二酸化炭素を吸収し、しかも「バイオ燃料」を取り出すこともできる。つまり、食料・栄養問題、地球温暖化問題、そしてエネルギー問題という世界を悩ませる大問題を一気に解決する微生物なのです。


ミドリムシという絶好の素材が見つかって、いよいよ、どうしたらバングラデシュの食卓に上らせることができるか、を考えている。食生活はそこの文化と結び付いているから、お母さんたちが使いやすいように、工夫したい。


オープンイノベーションの必要性も、リスクを取ることの大切さも、経営トップの多くは、頭では十分に理解していると思う。だが、これからは掛け声だけではなく実行に移して成果を上げていかないと、いよいよ日本は世界の潮流から取り残されかねない。


ベンチャー企業の海のものとも山のものとも知れない技術へ投資するのだから失敗はつきものだ。むしろ、成功する方が稀だと思った方がいい。そして、失敗してもチャレンジしたことを称える文化を育んでいる企業は今もって少数派だ。


どんな大企業であっても、研究の自前主義はもはや限界にきている。グローバル競争が激しくなる中、破壊的なイノベーションが企業の生き残りには必要だ。そのためには、既存の技術や製品の延長線上にはない際立った特徴を持つ研究が不可欠だが、日本に限らず大企業にはなかなかこれができない。尖った技術は大学やベンチャーに求める、というのは今やグーグルのみならず世界の常識だ。


「東大が開発した世界最高のロボットだ」とアピールしても多くの企業が投資を見送る。こんなおかしなことが起きてしまう原因は2つある。ひとつは、「オープンイノベーションは恥」と考える企業風土がいまだ日本の産業界にあることだ。「名だたる大企業が、ベンチャーに教えを請うなんてみっともない。自前主義を貫くべき」という考え方である。


社員に安全・安心の意識を浸透させたければ、「仲間に言えるのか」「家族に言えるのか」「社会に言えるのか」と自問自答させることが大切です。仲間のためになっても、家族には胸を張って言えないことはあります。また家族には「生活のためだ」と言い訳できても、社会には同じことを言えないかもしれません。そうやってスクリーニングしたほうが、コンプライアンスを強調するよりずっと効果的です。


いまは、人を疑うことがあたりまえの社会です。「子どもから電話がかかってきても、振り込め詐欺かもしれないから気をつけよう」とテレビ放送が流れる。注意喚起は必要かもしれませんが、人を疑うことを前提にした社会が、本当に成熟した社会といえるのか。私には、そう思えません。


見かけの因果律に囚われるのではなく、世の中をどうしたいのかという目的から出発することが大事です。


本来は何も関係がないのに、さも重大な関係があるように見える見かけの因果律は、いろいろなところに潜んでいます。


日本では大企業を説得するのはドミノ倒しのようで、1枚目を倒すのがとにかく大変だ。1枚目を倒してしまえばあとは右へ倣えとばかりに商談が舞い込んでくる。大企業1社と取引が始まれば「あの会社が取引しているのだから」と評判が立ち、あとは順調にいく。だが、そこへたどり着くまでに力尽きるベンチャーも多いのが現実だ。


元祖ミドリムシ企業としてこの十年、日夜研究に励んできて、私たちよりミドリムシについて知っている人はいないと自負しています。私は顕微鏡を覗けば、ミドリムシの気持ちまでわかります。


当社はミドリムシの市場を切り開いています。強い信念がなければとても続けられない厳しい道のりですが、「これを届けたら喜んでくれる人が必ずいる」。そう思えるからこそできるんですよね。


私自身、アドバイスを求められれば「前提が違う人のアドバイスは意味がないですよ。あなたが自分でこれから見つけるものの方が、はるかに素晴らしいはずです」と答えている。


例えば飲食店を開いたとする。客が来なければ「ビラをまこうか」「どこでまこうか」「いやメニューを変えるか」「価格を安くするか」と試行錯誤するに違いない。そうした過程で悔しい思いをすればおのずと行動力も湧いてくるし、斬新なアイデアだって生まれてくるかもしれないのだ。それをのっけから「あなたのメニューは平凡だ。周囲の店と差別化できない」「大手チェーンが近所に出店してきたらどうする」など意地悪な質問をして志を潰してしまうのは身もふたもない。


起業をサポートする方にお願いしたいのは、もっと優しくファシリテー卜してほしいということだ。「大いにやりたまえ」と背中を押したら後は本人が勝手に勉強していくはずだ。


やるべきことはむしろ、失敗しても再チャレンジできる環境を整えること。そして、起業しようとする若者に余計なアドバイスをして志をくじくようなことをしないこと。


小中学校に呼ばれて子供たちにミドリムシの話をする機会も少なくないのですが、「なら、僕はダンゴ虫で会社を作る」などと言ってくれています。あと、子供たちにミドリムシの話をすると、なぜだかすごく元気になる。不登校や引きこもり、いじめと今の学校生活は大変でしょう。でも私の話を聞くことで、きっと「ミドリムシでさえ社会に役立っているのだから、自分も頑張ろう」と思ってくれているのではないでしょうか。


今は様々な場で起業志望の方を相手に話をすることが多いのですが、「ミドリムシでさえこんなに成功したんだから、俺にだってできる」と、みんな目をギラギラ輝かせていますよ。


もし私がこのミドリムシの事業を一人で始めていたらとっくに止めていたと思います。毎日営業の電話をして、ミドリムシの説明をして回る日々が続きました。営業の度に「他に採用実績がないのなら帰れ」と言われる。毎日3年間これがずっと続くのですから。ユーグレナは私を含む3人で始めた会社です。3人だと、「ここまで来たのだからあと1週間頑張ってみようよ」とへこんでいる仲間を励ますことができました。1人ではなく、3人でやるとチームになるのです。ですから、難しい事業を始めるときは、1人ではなく、チームで仕事を始めるのが大切です。


大学1年の夏、私はバングラデシュ旅行で栄養失調の人たちを目の当たりにしました。とにかく栄養のあるものと考えた時に、動植物両方の栄養素を持つミドリムシならば栄養失調を解決できるのではないかと考えついたのです。最初はどこかミドリムシを扱う会社があれば、就職してバングラデシュの担当になることを考えていたのですが、よくよく調べてみるとそういった会社もないし、培養する技術さえ確立されていませんでした。「ミドリムシで地球を救える」という論文はあったのですが、生産方法が確立されていなかったのです。まさか自分が起業するとは思いもよりませんでしたが、ミドリムシの会社がなかったので自分で成し遂げるしかないと決心しました。


創業したての頃、営業の際によく言われたのは、「他の会社が採用しているならばうちも囲います」という言葉でした。最初の一社目になってもらいたいとお願いしても、「それはダメだ」と断られてしまいます。最初の一社がベンチャーにとってはとても難しいのです。


きっと誰もが心のどこかでは「自分も地球を救いたい」「やるときはやるぞ」と思っているはずです。すでに、金持ちになりたい、といっただけの動機で人が動く時代ではありません。けれども、何をやるかというのがなかなか難しい。自分に何ができるだろう。そんな思いを持っていた方々が、ミドリムシに期待し、応援してくださっているのではないでしょうか。


具体的に研究の詳細に踏み込んで、「いつまでにならできそうだ」などと考えるのは私の仕事ではありません。私の役目は「このときまでにできていなければダメ」という目標を設定すること。それに対して社内の研究部門や共同開発しているパートナー各社の皆さんが「それまでには大丈夫」と言ってくださる。


一番印象に残っているのは、09年に初めて単月黒字を達成したときのことです。黒字になって初めて「世の中に受け入れていただいた」と感じました。それまでは、自分がミドリムシが好きだから、個人でミドリムシを推しているようなものだったのが、「世の中にミドリムシが必要とされている。もっと頑張らなくては」と考え方が変わったのです。このとき、私は「ミドリムシのファン」から「経営者」にはっきりとジョブチェンジしたのだと思います。


ベンチャーはそもそも経営資源が乏しい。だから、一緒にやる相手に力を貸してもらおうという発想が大切です。自分たちにわからないことは日立さんや新日石さんなどに素直に聞けばいい、と。その意味で、私は単純にリソース不足で困ったことはないと言えるかもしれません。


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